縫合線

安良巻祐介

 モリ・タオルという名前のその変な男は、古めかしい鳥打帽を目深にかむり、そのくせ服装はありふれたジャージ姿で、両手をポケに突っ込み、OGURA駅を毎日徘徊している。


 たまたま一度、疲れで下を向いて歩いている時にぶつかりそうになって謝り、それがきっかけで会話を交わして以来、朝に行き会うと挨拶をする仲となったが、彼のいう彼の仕事、駅の体を縦横に走る縫合線をなぞるように歩いて補修をするという「トレーサー」については、未だに半信半疑どころか一信九疑くらいである。


 とはいえ、いつだったか彼が南口の端っこの辺りで道路工事に阻まれてとうとうそこを歩けなかった翌日、地震が起きてその辺りに大きな亀裂が入ってしまったのを見かけて以来、森鴎外の子孫を自称するそのへんてこなジャージ男に逢う度に、私は、栄養ドリンクを一本、プレゼントしてやるようにしているのである。

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縫合線 安良巻祐介 @aramaki88

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