勘違いされやすい師匠 ~世界を裏から牛耳る組織を作り上げた師匠が実は~

鬼影スパナ

勘違いされやすい師匠

「師匠、と、呼べ」

「はい、師匠」


 俺の、いや、俺達の師匠は古代エルダーエルフだ。

 銀髪の長い髪、頭の後ろで結べそうなほど長い尖り耳、そして、何百年と変わらない美貌。師匠は、ただ『師匠』とだけ俺達に呼ばせる。本当の名前は知らない。


 師匠は、裏の世界では『魔女』と呼ばれることもある。実際、師匠は魔法も使えるが、それだけの話ではない。


 世界中のあらゆる場所には師匠の弟子が潜り込んでおり、毎日のように機密情報の報告書が師匠の下に届く。

 前に師匠から報告書を見せてもらったが、そこには「敵組織を壊滅させた」とか、「クーデターに成功した」とか「潜入先でこういう事があった」とか書かれていたものだ。そんな物騒な内容をみて、師匠は怪しく笑うのだ。きっと、報告書の内容は師匠にとって都合の良い事なのだろう。


 こうして、俺達弟子を使って、師匠はこの世界を裏から支配していた。それゆえに、『魔女』と。そう呼ばれているのだ。



 師匠は、≪孤児院≫と呼ばれる施設に俺のような孤児を集めて、特殊な訓練を施している。


「119、遅い。まだやれる」

「は、はい、師匠!」


「265、残すな、食べろ」

「うぐ、でも、この毒……ううう、が、頑張りますぅ……」


「91、死にたいか、立て」

「ま、まだやれます……!」


 番号で呼ばれ、走り込み、毒物鍛錬、戦闘訓練……そして師匠は俺達が疲労困憊していようと、怪我をしようと容赦しない。

 例えば、転んで擦り傷を負ったとしよう。


「来い」

「い、いや……いやだぁああ!」

「いいから、来い」


 泣きわめく兄弟。無理もない、師匠に連れていかれた先で何が行われるのか、それを俺達は皆体で知っている。師匠の『拷問魔法』による、拷問訓練だ。

 ……この『拷問魔法』の恐ろしい所は、俺達の体力・気力を激しく消耗させ、代謝を活発にし、傷がや病気が治るまでの痛みや苦しみを一瞬で味わわせてくれるのだ。俺も初めてこの魔法を食らわされた時には、小便を漏らし、白目をむいて気絶したもんだ。

 副作用で傷等も治るが、気休めみたいなものでしかない。なにせ、翌日からはまた変わらない訓練漬けの日々が待っているのだから。


 ああ、魔獣の解体訓練なんてのもあったな。ナイフ一本で生きてる魔獣相手に立ち向かわされるヤツ。本当に危なくなるまで師匠は助けてくれない。これと拷問訓練のセットは本当に何度死ぬかと思ったことか。傷ひとつ付けられずに魔獣をナイフ一本で斃し、解体できるようになるまで続くのだ。

 そして魔獣の血肉は、毒が豊富で晩飯にも出てくる。腹を壊せば拷問訓練。無駄がない。


 そんな風に死ぬほどの訓練を受け、15歳になると俺達は≪孤児院≫を卒業する。これは訓練の終わりであり、長い任務の始まりでもある。


「……クロウ。行け」


 その際、名前コードネームを貰える。カラス、もしくは爪を意味するクロウ。それが俺の名前だった。

 師匠はただ『行け』とだけ命じる。

 そして俺達は、大恩ある師匠のために。ただそのために生きるのだ。




 そんな中、俺は師匠ともっと話したいと思った。

 師匠は片言でしか喋らない。会話を不要だと思っているからだろう。余計なことは何も教えてくれない。だが、俺は師匠のことをもっと知りたいと思ったのだ。


 そして、とある国で筆頭魔術師をしていた古代エルフに教えを乞い、習得した。『古代エルフ語』を。

 『古代エルフ語』はまさに俺達の知る言語とは一線を画した代物であった。

 なんだよマナの波長パターンで会話するとか。普通の人は魔法を使えないからその時点でアウト。俺達は師匠の訓練により魔法の才能を開花させられているが、それでも波長を認識し、操るなどという繊細な魔力操作は才能がモノを言う。

 まさに古代エルフの古代エルフによる古代エルフのための言語であった。


 しかしこの波長パターンというのが俺達の組織で使っている暗号に近く、おかげでなんとか習得することができた。

 きっと師匠はこの古代エルフ語を元に暗号を作り、俺達に教えたのだろう。


 俺は数年ぶりに≪孤児院≫を訪れた。

 師匠は、いつものように院長室で報告書を読み、邪悪な笑みを浮かべていた。


「クロウ、何か?」


 俺の顔を見て、怪しく笑う師匠。労いの言葉も何もない、簡素な挨拶。数年ぶりでも変わらない、いつもの師匠がそこに居た。

 師匠、俺が『古代エルフ語』を習得したって知ったらびっくりするかな。いや、きっと師匠の事だ。俺が何をしに戻ってきたのかも検討が付いているのだろう。


 そして、俺はついに師匠に『古代エルフ語』を披露した。


  *


 翌日、俺は同期で実力トップ1、2だった兄姉に連絡をつけ、緊急会談を開いていた。


「どうしたクロウ。緊急で話したいことがあるとは」

「確か昨日は師匠に会いに行ったんじゃなかったかしら。ということは、師匠になにか異変でもあった?」


 俺の用意した部屋に、時間通りにどこからともなく現れる兄と姉。コードネームはカイトとレッド。俺が一番信用できる2人である。


「カイト兄貴、レッド姉貴。……俺、師匠と話したんだ」

「そういえばクロウは古代エルフ語を習っていたな。ふむ、それで?」

「あ、わかった! きっと師匠のことだし、思ったより話してくれなかったんでしょ! 昔から余計な事は言わない人だったもの」


 俺は、何て言ったらいいか、頭を掻く。


「いやその、驚かないで聞いて欲しいんだが……いや、それは無理か。ありのまま話すから、最後まで聞いたうえで冷静に対処してくれ。決して早まったマネはしないで欲しい」

「ああ。拷問されても冷静さが大事とは、師匠にも徹底的に叩き込まれたからな」

「当然でしょ、誰の弟子だと思ってるのよ」


 そして俺は、昨日師匠と話した内容を、2人に伝え始めた。


 *


『師匠! 俺、古代エルフ語が話せるようになりました!』

『……え? クロウ、あなた、今、エルフ語を? まぁまぁ! 嬉しいわ、まさかまたエルフ語で話せる日が来るなんて!』

『は、はい、師匠と話がしたくて』

『クロウ、貴方は最高の息子よ! 母さん、嬉しいわ!』


 予想外におしゃべりな師匠。そして、師匠は俺のことを抱きしめた。


『この国の言葉は難しくて、母さん全然わからないの。年寄りはダメね、新しい事が全然頭に入らなくて』

『え?』


 しかし師匠の手元には、報告書が。それは兄弟たちから送られてきた、戦果報告のはずだ。


『その、じゃあ今読んでたのは?』

『巣立って行った子達から貰ったお手紙よ。エルフ語以外はなんて書いてあるかは分からないけど、頑張ってるって気持ちが伝わってきてつい笑顔になっちゃうわ』


 そう言って師匠は、ニヤリと笑った。え、笑顔? つい出る笑顔がそれなの?


『その、師匠。ひとつお聞きしたいんですが、師匠の本当の名前、ってなんですか?』

『あら? 私の名前なら皆にも言ってるでしょう』

『え?』

『小さな紫、という意味で、シショーっていうのよ。生まれた時は髪の毛が紫色だったの。100歳の頃にはもうすっかり白くなっちゃったけどね。というか師匠ってなぁに? ごっこ遊び? それより母さんって呼んで欲しいわ』


 *


「まて。まず師匠が実はおしゃべりだった、そこは良い。だが、え? 報告書……え?」

「そ、それより、師匠って、『シショー』って名前だったんだ……? え?」


 ここまで話した段階で、カイトとレッドは目を見開いていた。無理もない。


「ああ。師匠は俺達のことを普通の子供のように思っているぞ。それでな、師匠なんだが……共用語はさっぱり分からないらしい。単語を片言でしか喋れないし、文字に至っては数字すら壊滅的。師匠から暗号習ったろ? あれ、実は古代エルフ語なんだ……しかも赤ちゃん言葉的な」


 つまり、暗号部分で「我、敵壊滅成功」とか書いても、精々「わるものやっつけた!」程度にしか師匠には伝わっていないのだ。しかも師匠への手紙って普通に共通語で書いてたし。


「つまり、そのな?」


 毒物訓練かと思ってたけど普通に手作りご飯(のつもり)

 戦闘訓練かと思ってたけど普通に生活のために必要な訓練(古代エルフ基準)

 拷問訓練かと思ってたけど普通に治療(回復魔法下手)

 報告書を見て邪悪な微笑みを浮かべてるのは、普通に近況報告だと思ってた(読めない&笑顔下手)


「ということなんだ……!」

「つまり、俺達のことは……ただの孤児を、本当にただの孤児と思って育ててただけ、と?」

「15歳で成人したときに初めて名前貰うのも古代エルフの風習なんだって」


 カイトは頭を抱えた。優秀な兄は、俺の伝えたいことを正確に理解してしまった。


「まって。色々まって。あの毒がご飯って。魔獣の肝入りの毒ご飯が」

「古代エルフでは普通に食べてた代物で、食べ続けてたら耐性がつく。つまり師匠にはただのご飯だし俺達にも既にただのご飯」

「食べられなかったらものすごい怖かったじゃん!」

「あれ『好き嫌いしないでちゃんと食べなさい』って言ってたんだぜ」

「なにその……普通の子供の好き嫌いを諭すみたいな……!」

「レッド、師匠にとってはまさにその子供の好き嫌いの話なんだ……!」

「なんてこと!」


 レッドも頭を抱えた。うん。


「ところで俺、これからはチョイチョイ顔出して通訳してほしいって頼まれてんだけど、どうしたらいいと思う?」

「……黙ってよう! な!」

「で、でも弟たちに申し訳なくね?」

「これはもうこれで回ってるんだ。師匠の元に見込みのある子を送って、育ったら組織の一員として働いてもらう……そういうシステムになってるんだ! 今更止められん!」

「でもその師匠が本心じゃないってのは」

「それでもだ! 組織は≪孤児院≫から新人がくる前提で運営してるんだよ! これで新人が送られてこなくなったら瓦解する! というか『魔女』がただの『お母さん』だったと知られるだけでもヤバい!」


 組織が瓦解すると、いやむしろ『魔女』がいることで抑えられていた悪い奴らが暴れまわることになり世界がヤバい。ただでさえ世界には魔獣の脅威もあるというのにそんなことになろうものなら、人類滅亡もあり得る話。

 『魔女』のような大きな存在は、良くも悪くもこの世界に必須なものだった。


「私……知りたくなかった、こんな事実……!」

「しっかりしろレッド! 俺だってアイデンティティーがヤバいんだ!」

「お願いカイト、私の記憶を消してっ!」

「バカ言うな、俺の記憶の方が先だ!」

「兄貴ー、姉貴ー。……残念ながら道連れだ。俺は2人が記憶を無くしたら懇切丁寧にまた話してあげる気満々だぞ」


 俺がそう言うと、カイトとレッドは膝から崩れ落ちた。


「くそぉ! クロウめ、俺達をハメたな!?」

「なんでこんなっ……! ひどいわクロウ!」

「2人を信頼しているんだよ。こんな事実、俺一人で抱えきれるはずないだろ。マジどうしようかこれ。」

「黙っているしか……ないだろうがッ! 隠せ! 世界のために!」

「……師匠をうまくごまかすしかないわよクロウ。私たちは古代エルフ語喋れないから頑張ってね」

「……だよねー」


 しかし俺達はまだ知らない。俺という通訳ができた師匠が、世界各地の卒業生たちに会いに行きたいと旅支度をしていることを。

 真実を知ってしまった俺達の、真実を隠す孤独な闘いが始まってしまっていることを。

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