微笑みを数える日

新巻へもん

ヒーローの憂鬱

「ゴメンね。杉崎くん。別に君のことは嫌いじゃないよ。でも……」


 うん。知ってた。僕の元から足早に歩み去る愛梨ちゃんの後姿を見送り肩をすくめる。そう、彼女は僕みたいなのを相手にするタイプじゃ無い。元カレと別れた今ならチャンスがあるかもと思った僕が馬鹿だった。彼女はそう……、もっと華やかなタイプが好みだ。


 駅へと続くペデストリアンデッキから見えるイルミネーションは相変わらずキラキラと美しいきらめきを放っている。この時期の街は明るく眩い光に溢れていて、世のカップルたちを祝福しているかのようだ。真っ赤なコートを着て男の腕にすがって歩く女の子とすれ違いながら僕はそっと溜息を漏らす。


「おい、スギ。励ます会やってやる。行こうぜ」

 赤石、本田、木村たちがちょっと離れた所から呼んでいる。同じサークルに所属する友人たちだ。

「わりい。用事ができた」


 僕は手を挙げて別れを告げる。

「なんだよ。振られたからってつれなくしなくてもいいじゃねーか。奢るぜ」

「いや、悪い。本当に急用ができたんだ」

 僕は走って繁華街の脇の路地に入る。左手の腕時計を模したチェンジャーにチラリと目を走らせると緑色のランプが小さく光った。準備完了。僕はその横のスイッチを押して跳ぶ。


 ◇◇◇


 揃いの真っ黒なタイツ姿に菅笠の下っ端戦闘員が奇声を発しながら、どこかの研究所に押し込もうとしていた。詰所の側には警備員が倒れている。こめかみから血を流しており意識を失っているようだが、一応まだ息はあるようだ。ここがどこだかは良く分からない。とりあえず僕は僕のできることをしよう。


 白いエナメル靴に包まれた両足を揃えるようにして、下っ端戦闘員の後ろからドロップキックをかます。吹っ飛んだ戦闘員はまた別の戦闘員にぶつかりもつれあうようにして地面に伸びた。

「何奴っ?!」


 研究所の敷地から、赤い鎧をまとった奴と黒い鎧をまとった奴がガシャガシャと飛び出してくる。

「貴様……」

「悪事はそこまでだっ!」


 真っ赤な鎧マンが腰の刃を鞘走らせ切りかかってくる。その音速を超える斬撃を僕の左手、正確には左手の先に具現化した物体が受け止めていた。

「厚さ10センチの鋼鉄さえ切り裂く我が刀を受け止めるとは。それはまさか……」


 シンカンセンスゴクカタイアイスの白い表面がほんの少し削れている。真っ赤な鎧マンが刀を引こうとする動きに合わせて僕は右手に握った物を振り下ろした。ごんという鈍い音が響き、相手の兜だかヘルメットだかの一部が陥没した。

「それはスゴクカタイアズキバー! 貴様は……バロン・ドルチェ!!」


 僕は無言で相手を叩きのめす。赤が終わったらとおもったら、黒いのは姿を消していた。覚えてろよ、との負け犬の遠吠えを聞いていると、上下真っ白なランニング姿の連中が現れて、俺が倒した相手を連行していった。その途端に全ての景色がぐっと自分の目の前に集まってくる感触がして軽い吐き気を覚えたと思ったら先ほどの路地に居た。


 ◇◇◇


 僕は止めていた息を吐きだすと、路地を出て駅に向かって歩き出す。もう、何十回と繰り返された行為に何の感慨も無い。僕の行為が世界を救っているというけれど、その実感も無かった。事実としては、間の悪いタイミングで呼び出されて、その都度、ナントカ怪人だとか、ブラック〇〇だとかいう愉快な連中と戦う羽目になるということ。


 左腕に装着した装置を見ると30分ほど時間が経過していた。いつものように。この呼び出しのせいでアルバイトも満足にできず、ちょっと雰囲気の良くなった女の子からも振られっぱなしだ。一度、呼び出しを拒絶したら、翌日飛行機が落ちた。俺を呼び出す連中曰く、あっちとこっちは繋がっているのだという。向こうの世界での事象は形を変えて、僕の住む世界に悪影響を及ぼすらしい。


 僕はお菓子、それも甘いものを自由に取り出す能力を持っている。その能力で悪と戦ってくれと褐色の肌をした10センチほどの小人が現れた時は、知らずにドラッグでもきめたかと狼狽した。だいたい、甘いもので戦うとかどうやるんだよと思ったけど、そっちは意外と上手くいっている。ただ、その行為自体にあまり意味を見出せないというだけで。


 僕はトボトボと駅前に戻ってくる。まだ、誰かが残っているか、ひょっとすると愛梨ちゃんの姿が無いかと期待するが見知った顔は無い。不意に頭上から音楽が流れ出し、一層煌びやかな明かりがあふれ出した。僕の目の前にいる大勢の人たちが一斉に目を上げて、クリスマスツリーの中ほどから現れた機械仕掛けの人形たちの動きを追う。


 華やかな光のシャワーを浴びて人々の顔は幸せそうに輝いていた。カップルが親子が、真っ赤な顔をしたサラリーマンのおっさん達が、一様に穏やかな微笑みを浮かべて人形たちの動作を見ていた。サンタの工場で働く妖精たちがクリスマスに間に合わせようと一生懸命に作業をしている場面のはずだ。


 僕は見上げる人々の間を縫うようにして駅へと向かう。一つ一つの顔を数えながら。その全てを僕が守っているのではないのだとしても、その内の一つぐらいは僕が守ったのかもしれない。ちょっとした自己満足にすぎないけれども今日のところはそれでいいじゃないか。僕はほんの少しだけ心が温かくなって家路についた。

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