草食系オオカミさんと肉食系赤ずきん〜赤ずきんがオオカミさん襲っちゃ駄目ですか?〜

リーズン

オオカミさんと赤ずきん

 むかしむかし、あるところにとても可愛らしい女の子がいました。


 ある時、その女の子のおばあさんが赤いビロードの布で、女の子のかぶるずきんを作ってくれました。

 そのずきんが女の子にとても似合っていたので、みんなは女の子の事を、『赤ずきん』と呼ぶ様になりました。


 ・・・・・

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 ・


 ある日、お母さんは赤ずきんを呼んで言いました。


「赤ずきん! 赤ずきん! あっ、居るじゃない。居るなら居るでちゃんと返事をしなさい!」


 返事をせずに寝ながら本を読んでいた赤ずきんは、お母さんにそう怒られ仕方なさそうに本を置きそっぽを向きながら反論します。


「だって、赤ずきんなんて子供の頃に貰った物だし。流石に十六でその呼ばれ方はどうかと思うし。と、言うよりも私もちゃんとした名前あるんだからそっちで呼んでよ」


「別に良いじゃない。もうずっとそうなんだし」


「それがおかしいんだよ! ずきんだって子供の頃の話だし! 流石に実の両親に赤ずきんとか呼ばれるのある意味虐待だよ。DVだよ? 言葉の暴力も在るんだよ」


「まったく何言ってるの。お母さんそんな横文字わかりません! そんな事より、お婆さんが病気になってしまったのよ。お婆さんはお前をとっても可愛がってくれてたんだから、お見舞いに行ってあげなさい。きっと、喜んでくれるから」


「そんな事!? いま結構深刻な話をそんな事って言いましたお母様ぁ!?」


「聞こえなかったかしら赤ずきん。お見舞いに行って来てくれるわよね?」


「はい、了解ですお母様!」


 言うことを聞かず反論しようとした赤ずきんの頭を掴んで、ミシミシ音を立てながらニッコリと笑うお母さんに、赤ずきんは敬礼しながら返事をします。その返事に満足したお母さんはキッチンに行くと、見舞いの品を持って戻ってきました。


「それじゃあ、このケーキとテキーラを一本持って行きなさい」


「えっ? テキーラってお婆ちゃんこんなの飲むの? だ、大丈夫なの? お婆ちゃん今年七十だよね!?」


「しょうがないでしょ。お婆さん、四十%以下はお酒じゃないって言うんだから」


「えぇ~」


 年の割にはあまりにも元気過ぎるお婆ちゃんの格言に赤ずきんは本気で引いてしまいました。


 そんな赤ずきんを見ていたお母さんは、赤ずきんがおばあさんの所へ一人で行くのは途中で放り出しそうで、心配でたまりません。


 でもお母さんには用事があって一緒に行けないのです。


「いい? 途中で道草をしては駄目よ。それから、拾い食いも怪しい人に付いて行くのも、途中でお使いを放り出のも駄目よ」


「お母様? 人を何だと思ってるの?」


 あんまりにもあんまりなお母さんの心配に赤ずきんのやる気はみるみる下がっていきます。


「それから最近この辺りによく出るらしいから人狼、オオカミには用心するのよ。オオカミはどんな悪い事をするかわからないから、話しかけられても知らん顔するのよ」


「うん、大丈夫だよお母さん」


 人狼はこの世界に居る化け物でした。オオカミが人に化ける力を得て生まれた種族です。見た目はあまり人と変わりませんが、人を襲い食べてしまう恐ろしい存在でした。


 お母さんは赤ずきんに色々と道具を渡して、何度もオオカミに気を付けてと念を押しました。


「……もう、本当に大丈夫だから」


「いいえ、貴女はまだ恐ろしさを分かって無いわ。良い、オオカミは本当に危険なの。もういっそ男は皆オオカミだと思っていいわ」


「お母様、それだと話が変わってるし十六の娘に切々と語る事でも無いよね?」


 その後も話は続き、ようやくお母さんの男はオオカミ談義が終わりました。


「うぅ、まさか両親の馴れ初めを玄関で聞く羽目になるとは、聞きたく無かったその事実。マジ萎える」


「じゃあ気を付けてね。って、貴女ずきん忘れてるわよ」


「もう流石にいらないよ」


「もう。お婆さんの所に行くんだからちゃんと着けて行きなさい。その方がお婆さんも喜ぶし、何よりもずきんが無いと貴女キャラがブレるでしょ?」


「それはあまりにも酷くありませんかお母様? 私、実の娘だよね!?」


 赤ずきんはお母さんの言葉に少し傷付きながらずきんを被り「いってきます……」と、言って、出かけて行きました。


  おばあさんの家は、ここから歩いて三十分ぐらいかかる森の中にありました。


 その日はとても天気のよい日で、キャラがブレると言われた事を気にして、ずきんを脱げずにいる赤ずきんは、ずきんのせいで暑さにやられながらトボトボと歩いています。


 そんな赤ずきんのは前方の木の影に誰かが居るのを見付けました。


(あの耳に尻尾。間違いないオオカミだ)


 赤ずきんは面倒な事に関わりたく無いと、大きく迂回する為に来た道を戻ろうとしました。けれどその行動は少しだけ遅く。


「こ、こここ、こんにちは! あ、赤いずきんが可愛い、お嬢さん!」


 オオカミは顔を真っ赤にしながら、盛大に台詞を噛みつつ赤ずきんに話しかけました。


「人違いです!」


 面倒な。そう思いながら話し掛けられてしまった赤ずきんは、容赦無くオオカミを無視してスタスタと歩き出します。


「えっ? ま、ままままって!」


 そう言って赤ずきんの前に回り込んだオオカミの顔を見た赤ずきんは、お母さんに言われた事が全て吹き飛び見惚れてしまいました。


「こんにちは、オオカミさん! 彼女とか居ますか!」


「えぇ! な、何! いきなりどうしたの!?」


 赤ずきんが予想外の返事をした事で、オオカミは驚き思わず尋ねました。


「いえ、重要な事なので。フリーですか? どうなんですか? でも、その感じだと彼女とかいなそうですよね? なんかヘタレっぽいし。生まれてこのかた彼女とか居ない感じですよね?」


「何この子初対面なのにすごく失礼!?」


「もう、でも声を掛けてくれたのはオオカミさんじゃ無いですか。そこは加点して上方修正しておきますね」


「い、いや。ボクはただ何処に行くのか聞こうとしただけなんですけど……」


 赤ずきんのあまりの勢いにオオカミは完全に主導権を握られてしまいました。


「なんだそんな事ですか。お婆ちゃんの家に行くんです。お婆ちゃんが病気だからお見舞いに」


「そ、そうなんだ。偉いね。……じゃあ、そのバスケットの中は見舞品とかかな?」


「ケーキとテキーラよ。お婆ちゃんの病気が早く良くなる様に持って来たの。でもオオカミさんが欲しいなら全部あげますよ?」


「えぇ! お婆さんのお見舞いの品だよ!? 渡したら駄目でしょ!」


「大丈夫です。おばあちゃんもきっと分かってくれますよ。最悪その辺の果物摘んで行けばバレないですし。……きっと」


「……いや、それ駄目でしょ」


「そんな事よりもオオカミさん! オオカミさんはこの革製の首輪とパンクロック風のトゲ付き首輪どっちがいいですか? 今は無いけど小型犬用のカラフルなのもオススメです! あとあと、首輪に付けるのは紐が良いですか? 格好よさげなチェーンも良いですね!」


「え、えぇ!? な、何で君はいきなりボクにそんな物を付けようとするのさ!?」


「あっ、そうですね。順序がおかしいですよね?」


「いやいや! どんなルートを辿っても普通は辿り着かないルートの筈だよね!?」


「まあまあオオカミさん。取り敢えずこの紙に名前書いて下さい。判子あります? 無ければ拇印でも──あっ、朱肉が無いですね。じゃあ血判でもいいですよ?」


「書かないよ!? 何で婚姻届け何て常備してるの!?」


「乙女の嗜みです! もう、それにしてもオオカミさんったら、涙目でそんなに震えちゃって、何ですか? 私を悶えさせたいんですか? ゾクゾクするじゃ無いですか」


 赤ずきんの勢いに押されっぱなしのオオカミは考えました。


(うぅ、いつも皆に「人を襲って食べた事が無い落ちこぼれ」って馬鹿にされて、群れからも追い出されたから何とか頑張って襲おうとしたのに、何かこの子凄く怖い。……よし、逃げよう。今日は日が悪かったんだ。きっと今日のこれは悪い夢なんだ)


 そう固く心に誓ったオオカミは、逃げる隙を作る為に赤ずきんの気を反らします。


「──それで、私、皆に赤ずきん何て呼ばれてるけど」


「あ、赤ずきんちゃん。周りを見てごらんよ。こんなにきれいに花が咲いているし、小鳥は歌っているよ。せっかくだから、楽しく遊びながら行ったらどうかな。た、たとえば、花をつむ……とか?」


 赤ずきんはオオカミのポエマーな言葉に、は? 何言ってんのこいつ。と、思いました。


 しかし、赤ずきんはそこでハッと気が付きます。

 このポエマーなオオカミさんを落とす為には、そんな乙女な女子力が必要なのでは……と。そして自分はそんな乙女を演じる努力が必要なのではないか。


「そうね、オオカミさん! あなたの言う通りだわ。私、お花をつみながら行くわ!」


 戦場に赴く兵士の様な顔をした赤ずきんは、オオカミの好みに合わせる為に、さっそく色々な花を探し始めました。


 それを確認したオオカミは、一生懸命アピールしているつもりの赤ずきんにバレない様にそうっと逃げだしてしまいました。


 花に興味が無い事をバレない様に一生懸命花を取っていましたが、オオカミが居なくなった事にようやく気が付いた赤ずきんは、暫く途方に暮れた後、やっとおばあさんの家へ行く事を思い出しました。


「……お婆ちゃんの家に行こう」


 夢中になりすぎてオオカミが居なくなった事に気が付かず、逃がしてしまった事に落ち込んだ赤ずきんが、お婆ちゃんの家に行ってみると入り口の所にお婆ちゃんが立っていました。


「どうしたのお婆ちゃん? 具合悪いんじゃ無かったの?」


「お前が来ると聞いていたのに、なかなか来ないから心配になったんだよ」


 そう言ってお婆ちゃんは赤ずきんを家の中へ入れると、部屋の奥のベッドに座り、落ち込んでいる赤ずきんの話を聞きました。


「そうかい。そんな事が」


「うん。色々忘れてごめんなさい。コレ一応お見舞いの品です」


 お婆さんは見舞品を受け取ると難しい顔をして目を瞑ってしまいました。やがて、お婆さんは目を開けると戸棚の中から地図を取り出して来ました。


「赤ずきんやよくお聞き。ここが私の家そしてここが──」


 そのままお婆さんは赤ずきんに地図を見せ説明していきます。


「じゃあ、ここにオオカミさんの隠れ家が? お婆ちゃんは何でそんな事知っているの?」


 不思議に思った赤ずきんがそう問い掛けると、テキーラを瓶のまま呑みながら。

 

「今度猟師と一緒にオオカミ狩りをしようと思って調べていたのさ。役にたったのなら良かった」


「お婆ちゃんありがとう! 私、行ってくる!」


「赤ずきん。家の掟は忘れてないね? 一度オオカミを獲物と決めたら最後まで諦めるんじゃないんだよ」


「はい!」


 こうしてお婆ちゃんにオオカミ達の隠れ家がを教えて貰った赤ずきんは、急いでオオカミの元へ駆け出して行きました。


 一方その頃、赤ずきんから何とか逃げだしたオオカミは、一人棲みかの洞窟の中盛大に溜め息を吐いていました。


「ああもう、ビックリした。大人しくて可愛い子だと思ったら、いきなり人に首輪付けようとしたり、婚姻届け書かせようとする危ない子だったなんて。やっぱり人間って怖いなぁ。もう、人を襲うの何て止めて一人で静かに暮らそうかな?」


 勇気を振り絞った初めての狩りで、危ない子を引き当ててしまったオオカミの心は完全に折れてしまいました。


「よし! これからは一人で強く生きよう! そうと決まればログハウスの一つも作ろうかな。まずは図面引きからだ」


 オオカミは心機一転、気持ちを切り替えて新しい生活に思いを馳せ始めました。その時、不意に誰かの気配を感じたオオカミが振り向くと、それと同時にダァン! と、いう音が森の中に響き渡りました。


「えっ? うわぁぁあ!」


「チッ! 外しちまっただか」


 タイミング良く振り返ったオオカミは、お陰で頬を軽くカスるだけで済みましたが、驚いて尻餅を付いてしまいました。そしてそんなオオカミを見て、猟師が銃を構えながら悔しそうに現れました。


(あのばあ様と一緒に狩りなんてしたら手柄取られっちまうかと思うて抜け駆けしただに。ここで仕留めにゃならん)


 猟師はもう一度銃を構えるとオオカミを狙います。それを見たオオカミは必死に逃げようとしますが腰が抜けて動けません。


「う、うわぁぁあ! 誰か助けて!」


「大人しく死──」


「ちょっと待ったぁぁー!」


 猟師が引き金を引こうとした瞬間、森の中から勢い良く飛び出してきた赤ずきんのドロップキックが、猟師の顔に綺麗に極まり「うごはっ!」と、謎の声を上げながら猟師は吹っ飛んで行きました。


「ふう。危なかったですねオオカミさん」


「えっ? あの、えっ? あの人大丈夫なの? なんか凄く聞こえたらダメない音がしてた気がするんだけど? しかもなんかビクンッビクンッってヤバそうな痙攣してるけど大丈夫なの!?」


「大丈夫です。私のオオカミさんを殺そうとした天罰が当たったんですね。悪い事はする物じゃ無いですよね?」


「天罰じゃ無くて確実に人災だよね!? そしてボクいつから君のになったの!!」


「もうっ、そんな事言わせようとするなんてオオカミさんって意外にSッケもあるんですね。因みにその猟師は良いんですよ。幾ら人狼が悪いからって勝手に狩るのは犯罪ですからね。赤ずきん一族以外の人間が、事前の申請も無くオオカミを狩るのは犯罪者です。なのでアレは既に犯罪者。ノープロブレムです。

 と、言う事でアレは後で国に届けて私達の結婚資金にでもなってもらいましょう。まあ、すでに人を食べていたりするのはその限りではありませんけど、どうせオオカミさんは人を食べて無いですよね? ヘタレですし。ヘタレですし」


「だから何でいちいちそんな失礼なの君!? まあ、食べて無いけどさ……」


「やっぱり。ヘタレで助かりましたねオオカミさん!」


「うぅ……もう良いよ」


 オオカミが諦めると、赤ずきんも自分の服に付いた汚れを払い落として身なりを整え始めました。

 そして、大きく深呼吸を始めると意を決してオオカミの顔を真っ直ぐ見つめます。


「オオカミさん! 好きです! 付き合って下さい!」


「ふえっ? な、なななな、何言ってんの!?」


「何って? 告白ですが? ハッ! まさかプロポーズの方が良かったですか!? それならそうと──」


「ち、違うから!! ボ、ボクたちさっき会ったばかりだよね! それなのにいきなりそんな……」


「はい。一目惚れですので」


「えっ、いや、その。そんな事いきなり言われても……」


 赤ずきんの告白を聞いたオオカミはモジモジしだして赤ずきんの顔を見られません。


「あっ、大丈夫です。返事は望んで無いので」


「えっ?」


「私がオオカミさんを気に入って好きになったんです。これはもう決定事項ですからね。逃がしませんよ♪」


 戸惑うオオカミさんに、いつの間にか手にしていた首輪を早業で付けた赤ずきんは宣言します。


「ふふっ、これから末永くよろしくお願いしますねオオカミさん♪」


「た、助けてーーーー!!」


 こうして赤ずきんとオオカミさんはなんだかんだと末永く幸せに暮らしましたとさ。


 続く?

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