第四話
一年後。8月20日。
飛び込み台の上。
水しぶきがこちらに向かってくるのをじっと見る。
その体一つぶん。壁面へ僅かにたどり着くその前に体をしならせて。
前泳者の泳ぎを信じ、そのまま前に飛び込んだ。
体が水に包まれて、細胞一つひとつが奮い立つ。
音が絶える。世界には俺と水だけみたいに研ぎ澄まされて。
前に出た。
-◆-
8月24日。
病院を抜け出してしこたま怒られたというのに、今年も島に帰省できたのは本当に幸運だったと思う。
数日前までは島に嵐が来ていたそうで、フェリーが出るか心配だったけれど、突然雨雲が吹き飛ばされたみたいに晴れたらしく、そういう意味でもラッキーだった。
両親に行き先を告げるとともに、携帯のGPS機能をオンにして外に出て。神社の裏から浜辺を訪れた。
久しぶりのその場所は、記憶の中と少し様変わりしていて、否応にも時間の流れを実感する。
夜を過ごした洞穴に荷物を置き、持ってきた水着に着替えて外に出て。
そして、一人で。
砂浜を踏みしめるように歩いて。
崖下まで全力を出して泳いで。
岩肌に隠れた少しグロい貝を捕まえた。
どこに行っても何をしても。
ここには陽子との思い出が溢れていた。
けれど今は隣に誰もなく、何かの反応が返ってくることもない。
陽子はいない。
当たり前のことを再認識してやはり寂しい。
ここに来て良かった。
時間とともに記憶はモノクロになっていって、泳ぐ楽しさを忘れそうになるけれど。
楽しかった思い出とともに溢れる寂しさは、誰が俺を俺にしてくれたのか、鮮烈な痛みとともに知らしめた。
そう、だから。
俺はまた、俺でいることを頑張れる。
「最後に、最後の場所に行こう」
誰に聞かせるでもなく呟いて、崖の先まで歩いていって。
そこから入り江を見渡した。
「ああ……」
つぅ、と涙がこぼれる。
不意打ちだった。
陽子がいないことを確かめるためにここに来たのに。
嵐が吹き飛ばされて。
存分に陽光を受けてきらめく水面は、陽子が立ち昇るときに見たものと同じ輝きに満ちていた。
陽子はいるのだ。
もう会えないとしても、遥か空、天を泳いで。
そうやって、俺たちふたり。
違う場所で、同じ夢を見る。
海が太陽のきらり さいか @saika-WR
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