終章

終章

「でも上浜さん、やっぱりあなたのしたことは、許されるべきことじゃないと思う。どんなときだって、人を殺めてしまうというのは間違っていると思う。其れは、どんなに正当化しても、許されることじゃないと思う。」

と、咲は、そう上浜富子に言った。

「そこだけは、シッカリとみて、反省してほしい。其れは、あたしからのお願いよ。」

「そうね。」

上浜富子は、そっと頷いた。

「其れはいけないかも知れないわね。きっとあたしは、わるいことをしたのよ。でも、きっと、社中の人たちは、これをきっかけに、考え直してくれると思う。それに、森下さんだって、本当に必要とされるということが分かって、良かったんじゃないかしら。あたしは、そう思ってる。」

「そうだけど、君は、森下君を、犯罪少年と呼ばれるように仕向けてしまったんだぞ。其れは、決していいことではない。其れよりも、シッカリと、生きるようにもっていくのが、大人というものだ。」

と、華岡が、ちょっとじれったいような顔をして、すぐに言った。

「そうかしら。しっかりと生きていって、果たしてその通りになるのかしら。」

上浜富子は、そう疑い深く言った。

「みんな、幸せなのね。確りと生きようとしたって、果たして何になるの?すればするほど、学校では成績が悪いとして馬鹿にされるし、社中では古臭い古典箏曲弾いて客が来ると思うのか、なんて、バカにされるだけじゃないの。偉い人なんてそんなものよ。みんな、演奏なんてさほどうまくないのに、容姿がいいからとか、売れそうだからとか、そういう事で、上になっていくの。一生懸命何て、どこに行っても、踏み台にされるだけよ!それが、名を残すためには、こういう形で名を残すしか、方法もないのよ!」

そうだよな、と思う節は確かにあった。咲も、音楽学校時代に、いくら一生懸命やっても、体調に結果を盗られてしまって、優秀な学生という称号はどこかに行ってしまった事があった。たぶん、上浜さんもそれを感じていたのだろう。それを強くし過ぎたために、上浜富子は、犯罪という道へ行ってしまったのである。

「でも、あたしは、やっぱり、人であれば人であるって、そういう風に生きていくべきだと思う。いくら、酷いことを言われたとしても、恵まれない環境であったとしても、それは、やってはいけないと思う。そういうことをしないで、生き抜いて行けた人が、本当に幸せと言えるんじゃないかしら。」

と、咲は、そういった。

「そうかしら。人であればって、人って何なのかしらね。人なんて、相手の事を思いやろうとか、一緒に助け合おうとか、そういうことは、子ども時代の悲しい置き物よ。もう、大人になってしまえばね、誰かを蹴落として、自分が一番になる事しか、考えない、そういう風になっていくわよ。誰でも、年を取ればそうなるの。そういう風になるのよ。だから、それを止めるには、悪事に身を染めていくしか、方法もないのよ。」

上浜さんは、すごく傷ついている。そういうことを、否定して生きてきているから傷ついているのだ。あたしは、それで良いわ、で、片付けていくことができなかったんだ。それでは、いつまでも、大人にならないという事になるが、それは同時に、人間の汚さも否定して生きていけるという事になる。

「上浜さん、そのことは、もうわかったから。あなたのそう言う所、別な場所で生かしていくことができたら、良かったのにね。」

と、咲は、そこだけを強調していった。

「きっと、あたしは、こういう分野に向いていなかったのかもね。ただ、お箏が好きというだけではやっていけない、世界だから。何でも、すきだからというだけではやっていけないってことに、あたしは、気が付くのが遅かったのよ。馬鹿よねえ、何でも、すごいと思ったものに、やり続ければ、必ず願いは叶うって、偉い人は言うけれど、そんなこと、大間違いだった。そんな子供だまし、何も効果はないってことに、教育者も早く、気が付いてくれればいいのにねえ。」

そう自虐的に言う、上浜さんは、なんだかかわいそうな人だなあと、咲も思ってしまったのだった。

「上浜さん、あたしも、そうだった。いくら一生懸命やっても報われないときはあった。でも、あたしは、一生懸命にやっている。いつか報われると思って。確実にそうなるか、は分からないけど。でも、必ずいつかはと思って。でも、、、それでいいんじゃないかしら。そうやって生きてるのが人間だと思うもの。そうやっているうちにみんなで助け合ってとか、そういうことをしていくんじゃないのかしら。そういう事が一番人間らしいんじゃないかな。」

咲がそういうと、富子は、自信を持って言った。

「いいえ!人間は助け合うものじゃないわ!自分の事しか考えないで、自分を一番に考えて、ただ自分の順位を上げるために、東奔西走しているだけの事よ!」

「きっといつかわかるときは来ると思います。」

と、二人の間に入って、華岡が言った。

「きっといつか、人間のやさしさというものを感じることもできるでしょう。若しかしたら、犯罪を犯すという事は、それをすることによって、そこへ行くための第一歩という事になるのかも知れません。変な話ですが、そういう例は意外に、たくさんあります。それを学ぶためにも、上浜さん、罪を償っていってください。」

華岡のセリフは、上浜富子に届いただろうか。

「そして、戻ってきたら、また人生やり直していけばいいわ。あたしは、其れで良いと思ってるわ。知らないことを知るというのも、結構また、楽しいものよ。」

と、咲は、華岡さんに続いていう。

「その時を、楽しみに待っているわ。それができるようになったら、あたしのところに、また報告に来て。あたしは、上浜さんが戻ってきてくれることを楽しみに待ってるから。」

「待ってる、、、。」

富子は、悲しい顔ではあるが、でも何か気が付いてくれたような顔をして、接見室のガラス越しにこういった。

「待ってるって、何を待つのよ。」

「あなたをよ。あたしは、あなたがこっちへ帰ってきてくれるのを、いつまでも、気長に待っているから。それでは、いけないかしら。」

と咲はにこやかに笑って、彼女の顔を見る。

「もう一回言うわね。あなたが、あなたの間違いに気が付いてくれて、こっちの世界に帰ってきてくれるのを、あたしは何時までも気長に待つわ。」

「咲ちゃん、、、。」

富子の顔に動揺が現れる。

「そんな顔しないで。あたしは、いつまでも待っているから。あなたが、刑期を終えたら、必ず会いに行くわ。」

「咲ちゃん、、、。」

「そうよ。何回でも言ってよ。あたしは、あなたが今まであってきた人間とは、違うんだって、態度で示すから。」

富子は、その目に涙を浮かべた。

「いいのよ。人間、報酬も何もなく、同意しなきゃならないことは、なんぼでもあるからって、みんな言ってるわ。」

以前、杉ちゃんに言われた言葉を思い出して、彼女にそういった。富子は、ガラス越しに、顔を下に向けて、泣きはらした。やっと気が付いてくれたというか、気が付き始めてくれたのだろうか。そのまま、気が付いて、静かに生きていこうと、思ってくれればそれでよかった。これからはもっと、優しい心をもって、生きていこうと考え直してくれますように。咲はそう願った。

「じゃあ、今日の接見はここまでにしましょうか。」

と、華岡が言ったため、咲も、富子も、それぞれの椅子から立ち上がる。この先、二人は、どんな人生を歩んで行くのだろうか。そう思いながら、咲と富子はそれぞれの部屋を出て行った。


「いいだろう。外の世界は。」

「ええ、全くです。」

杉ちゃんと一緒に、病院の中庭を散歩しながら、花村は、にこやかに笑った。

「良かったな、久しぶりに起きれた感想は?」

花村は、自分が乗っている、車いすを見て、一寸変な顔をした。車いすを押している看護師が、あら、そんな顔しちゃダメでしょう、と言いたげな表情をしている。

「ははあ、まだ物足りないか。そうだよな、もともと僕みたいに歩けない奴じゃないもんな。やっぱり、自分で歩けたほうが、何十倍もうれしいよねえ。」

杉三がそういうと、花村はちょっと苦笑いする。

「そうですね。早く歩けるようにならないと、足も退化してしまうんじゃないかと、そう思いまして。」

「大丈夫だ。足が悪くとも、生きられないことはない。僕は、バカで足も悪いけれど、こうして生きていられる。」

杉三は、周りを眺めてカラカラと笑った。

「まあ、そんな明るいこと言って。」

と、咲も、思わず笑ってしまうこの一言であったが、杉ちゃんのような明るさがあれば、上浜さんも殺人なんかしないで生きていられるのではないかと思った。杉ちゃんのような明るさというか、楽観的なところがあれば、あいまいなところでも、うやむやしないで生きていけるだろう。

「あ、そういえば。」

と、花村は、ふいに何かを思い出すように言った。

「上浜さんが、正式に逮捕されたそうですね。病院の中のテレビで知りました。と言っても、看護師にすぐにチャンネルを変えられてしまったので、あまり詳細は、教えられませんでしたけど。」

「ま、そういうこっちゃな。お前さんの社中が、くだらない音楽ばっかりやっている社中になるのを、阻止したかったんだって。」

と、杉三は、そういった。花村は、そう言われて、ふっとため息をつく。

「花村先生、お箏教室、どうなったんですか?」

咲は、そう聞いてみた。

「ええ、とりあえず、続けていこうかと思います。まだ生徒さんは居ませんが、家元制度をとらない、非営利活動法人という事にして。」

そうか、じゃあ、生徒さんは全員出て行ってしまったわけか。

「そうだよ、それが一番いいよ。家元制度なんて、今の時代には合わないもの。其れよりも、お箏っていう楽器が、なくならないように、何とかするほうが大切だ。勿論、古典箏曲も大事だけどさあ。それに凝り固まっていたら、時代から、置いてけぼりにされちゃうからな。」

「そうですね。私も、今回の事件ですごく反省しているんですよ。時代にあった対応をしていなかったんだなあって。だから、今度作る社中は、もうちょっと、時代にマッチしたものにしようと思います。」

と、花村はにこやかに言う。

「そうだよ。例えば、着物を販売するやつが、新品の着物を売っていると売れなくなっちまったんで、リサイクル着物屋に変貌したという例も結構あるだろうがよ。其れだって、やり方は違えど、着物を売るというスタイルは変わってないんだからな。其れで良いじゃないか。」

杉ちゃんは、またはははと笑った。

「そうですね、本当の事だけ、逃さなければね。」

と、車いすの上から、そういう事をいう花村も、何か吹っ切れたような顔をしている。

「何か、心の重石も取れたような気がします。」

そうか、そうなってくれたなら良かったわ。と、咲も、なんだかにこやかになった。

「まあ、とりあえずは、ここから出ることを目標にすることだな。体が悪かったらもとも子もないぞ。其れは、誰でも基本だもん。元気が一番、勉強は二番。これを忘れないようにな。」

「ええ、わかりました。其れだけは肝に銘じておきます。」

杉ちゃんと花村はそう言って笑いあっている。咲は、このやり取りを聞きながら、上浜さんもこういう関係が持てれば、良かったのかな、と何となく思った。




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追憶 増田朋美 @masubuchi4996

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