SkyDriver in the Rain

沢鴨ゆうま

SkyDriver in the Rain

 それは、二人を繋いでいる。

 それは、二人を躍らせる。

 それは、二人にとって……。


「ツ~バ~サっ! こっち。危ないし水掛かるから」

「うふふふ」


 ライブ帰りの二人。

 まだ熱気が覚めないようだ。

 その熱気を冷まそうとするかのように雨が降っている。

 気にする人は傘を差し、気にならない人は濡れて歩いている。

 この二人の様に。


「今日のセトリ、ヤバかったよね! 神回だったよ~」

「うん、確かに。身体が勝手に限界超えてた」

「だよね! 関節ゴリゴリ動かしてたから怖かったけど、叫んだら忘れてた」


 汗なのか雨なのか。

 二人共ツアーTシャツを濡らしながら帰路を歩いている。

 ツバサは車道と歩道の境である縁石上をフラフラと。

 それを心配そうに見ているツバサの彼氏。


「ねぇカイト、また行こうね!」

「ライブ終わったばかりだよ。もう行きたいの?」

「だって始まるとあっという間なんだもん。いつも終わった時が一番行きたくなる」

「まあ、わかるけど」


 これはライブ後恒例のセリフ。

 ライブハウスを出ると、ツバサはライブへ行きたいとカイトを誘うのだ。

 カイトも毎度初めて聞いたかのように返事をする。


「今回も次のライブ告知してくれたし、また行こう」

「うん! カイトと一緒のライブは最高に楽しいの!」


 ライブだけが楽しいわけではない。

 ツバサは何をするにもカイトがいっしょならば楽しいのだ。

 その中でも恒例にしている二人のイベントがライブ参戦。

 二人一緒で何も考えずにはしゃいでいられるデート、ということだ。


 ツバサの提案により交通機関を使わず歩いて帰ることになった二人。

 傘など雨具は一切無い。

 ライブハウス開場前の行列に並んでいる時は降っていなかった。

 いや、手の甲や頬に一粒落ちる程度だったし、予報は夜遅くに降ると言っていた。

 二人はそれなら降らないに一票と、雨対策はせず。

 見事に外した。

 ツバサは肩に掛けていたグッズのタオルを頭に。

 カイトもツバサにならってタオルを頭に。

 まるでドジョウすくいでも躍るのかと尋問されそうな恰好。

 頭を覆い、顎で結んで。

 雨のおかげで変な目で見られずに済んでいる。

 しかしそれも絞れるほど濡れていた。


「たたん、たたんたん! うわっ、頭が重いよ」


 ライブを思い出しながら曲に合わせて頭を振る。

 水をたっぷり含んだタオルと共に。


「そりゃそうだ。これだけ濡れてりゃ被っていることに意味無いもん」

「あ、濡れているからか。それじゃあ絞ろう!」


 ツバサの案に従うカイト。

 いつもツバサが先陣を切りカイトが足軽の如く付いて行く。

 ツバサ将軍の采配次第でカイトの運命が決まると言っていい。

 二人共頭からタオルを外し、その場で絞る。

 既にグズグズになっている靴にダメージポイントが加算された。


「タオルって結構水貯められるんだね。非常用袋にいっぱい入れておこう」

「いや、折り畳みのタンクの方が良いでしょ」

「だってこんなに水が絞れるんだよ? 拭ける! 貯まる! 優秀じゃん」

「それでコマーシャルでもやってみる?」

「それいい! やってみる!」


 ツバサはバンド名のロゴが見えるように畳んでポーズをとる。


「みんな知らなかったでしょ! タオルって凄いんだよ!」


 熱弁するツバサを楽しそうに見ながら突っ込みを入れるカイト。


「売れないな」

「なんでよぉ。カイトがあたしに逆らったらいけないんだぞぉ」

「ツバサに逆らう気は無いんだけど。今まで一度も逆らったこと無いし」


 一瞬動きを止めた後、しばし俯くツバサ。

 ちらっとカイトを見る。


「カイトはそうやってあたしを茹でるからキライ!」


 暗いけれど濡れたもの全てに街灯の明かりが反射し、うっすらと火照った顔が浮かぶ。


「え? それぐらいじゃまだ茹で足りないでしょ」

「茹ってる! 茹ってるからそれ以上言わないの!」


 カイトは悪戯な笑みを浮かべ、畳みかけ始めた。


「ツバサはね、背が低くて軽いから抱っこしやすいよ」

「背が低いのは気にしているの! 知っているでしょ」


 タオルをヨーヨーの様にカイトへ向けてぶつける仕草をするツバサ。


「抱っこは好きだもん。あたしがカイトにさせてあげてるの」

「ライブ中、曲にノっているようにジャンプして、必死にメンバーを見ようとしているよね」

「だから! 背が低いんだもん、しょうがないじゃん」

「だから、ボクが抱っこして見せてあげるんでしょ?」

「子供みたいに言わないでよ! カイトにさせているの! 命令なの!」


 歩道だが、自転車が通り過ぎようとしていた。

 それに気づいたカイトがツバサの腕を引っ張り避けさせる。


「ライブ中にツバサの傍に居るのって結構難しいんだよ?」

「それでも傍にいなきゃなの! ――――今の、ありがと」

「どういたしまして。ちゃんと傍にいるでしょ?」

「当たり前でしょ。カイトなんだから」

「そう、だね」


 二人でいるのが当たり前。

 小さい頃から当たり前。

 同じ高校に進学したのも当たり前。

 たまにはペアルックを着るのも当たり前。

 お互いの家に自分の家のように帰ってくるのも当たり前。

 登下校を一緒は当たり前。


 二人を知る者は冷やかし一つしない。

 入り込む余地などないからだ。

 話せる距離に居れば途切れることの無い世界が形成される。

 周囲はその世界を眺めることが日課となっているほどだ。


「とにかく、水を染み込ませたタオルは売れるって話よ」

「そこへ戻すのか。誰も買わないよ? タオル本来の使い方ならするかもだけど」

「う~。カイトが優しくない」

「いや、ずっと優しくしているんだけどな」

「優しくないもん」

「まだ足りないの?」


 小さくて軽いツバサの身体をヒョイッと持ち上げ、お姫様抱きをする。

 ちらっとツバサの顔をみて笑みを返し、右肩へと担ぎ上げる。

 そのままおんぶへと体勢を変えた。


「あたしをモノの様に扱うな!」

「いや、お姫様な扱いをしているつもりだけど」

「お姫様抱っこは良かったけど、担ぎ上げるはないでしょ!」


 そう言ってツバサはカイトの頭をポカポカと叩く。

 カイトは構わずしっかりとツバサの脚を抱えて走り出した。


「あたしの抗議を無視するな!」

「あっはは! ツバサは軽いなぁ。ほらっ、こんなこともできるよ!」


 水たまりをヒョイヒョイと飛び越える。

 左右に振り返りながらグルグルと回して見せる。


「もう、カイト! 分かったから、あたしが軽いのは分かったから!」

「ごめん、調子に乗った。目が回っちゃった?」

「そうじゃない」


 カイトの首に両腕を回してツバサは耳元で囁いた。


「軽いなら、肩車してみて」


 悪い事をしたと思っていたカイト。

 まさかの追加注文に少し驚いて囁いたツバサの顔を見ようとした。


「これで、できるでしょ?」


 振り向いた所でツバサから抜き打ちキスをされる。

 照れてカイトの肩に唇を隠し、上目遣いで様子を伺っていた。


「なんだよ。姫様からのキスって言ったら騎士に死ねって言っているようなものだよ?」


 ツバサはまだジッとカイトを見つめている。


「はぁ。ツバサのお願いならちゃんと聞くのに。ボクはラッキーだから頑張るよ!」


 さらに鼻まで隠したツバサへカイトはウインクをする。


「上げるからしっかり掴んでいるんだよ」


 お辞儀の姿勢になってツバサの脚を肩の方へ移動させる。


「だ、大丈夫?」

「お願いしておいてそりゃないよ。ナイトじゃなくてカイトじゃ信じられない?」

「信じているよお」


 ズリ、ズリっと肩へと移動させる。

 脚を肩へ掛けさせるとそのまま姿勢を起こした。


「うわっ、うわわっ! 怖い」

「はいっ、肩車だ」

「高いよぉ」

「ボクの頭をちゃんと掴んでいてね」


 おんぶの時みたいに調子に乗らないよう気を付ける。

 バランス重視で歩き出した。


「電線とか街灯とか、手が届きそうだよ!」

「降ろさなくても大丈夫?」

「うん、段々慣れてきているから大丈夫。カイトは大丈夫なの?」

「姫様を抱えられて幸せですよお」

「んもう。ハイドー、ハイドー、行っけぇ!」

「あのさ、ハイは喝を入れていて、ドーは落ち着けのサインなんだけど」

「そうなの? それじゃあその通りに動きなさい」

「了解、姫様」


 了解の返事を合図にカイトは緩急をつけて歩き出した。

 カックンカックンと前後に揺さぶられるツバサ。

 カイトの髪の毛を手綱のように鷲掴みにし、落ちないようにと必死になる。


「あ、あの姫様? 髪の毛を引っ張ると痛いのですが」

「カイトが悪いんでしょ? 何よこれ。怖いじゃない!」

「だって、ハイドーに合わせて動けと」

「もういい! やめて普通に歩いて」

「かしこまりました」


 言わんこっちゃない、といった表情をしながらカイトは普通に歩き出す。

 ツバサは脚に力を込めてカイトにしがみつく。

 髪の毛はひっぱらないように気を付けているが、指に力が入ったままだ。


 そんなことをしていると広い芝生に覆われた公園が見えてきた。

 カイトは何かを思いついたらしく、そちらを目指す。

 カイトより随分上の視点で景色を眺めていたツバサもあるものに気付く。


「ねえカイト、空が」

「うん、面白いよね」


 雨雲にぽっかりと穴が開いたようになっており、そこには星空が見えていた。

 芝生の敷かれた丘へと登ってゆく。

 ここは以前、ゴミの処分場だった所だ。

 容量いっぱいになってから土で蓋をし、芝生を敷いて公園となった。

 芝生の外周には遊歩道が設けられていて、その所々にゴミのガス抜き口が立っている。


 広芝生の真ん中あたりでツバサは降ろされた。

 カイトがその場で大の字になって寝転がる。


「おお! いい感じ。ツバサもどう?」

「芝生濡れてるじゃん」

「服濡れてるじゃん」

「そっか」


 納得したツバサも寝転がる。


「うわぁ! 綺麗綺麗! う、嫌だ」


 カイトはツバサが何を嫌がっているのか気になって振り向く。

 目元を擦っていた。


「どしたん?」

「目に雨が入った。なんでピンポイントで目に入るの? わけわかんない」

「まだ真上には雨雲があるから止んではいないんだよね」

「空には絶対あたしの目を狙ったやつがいるんだ」

「さすが姫様ともなると狙われるんだねぇ」

「ふん! あたしを野放しにしていたら世界が終わるからね。狙われもするわよ」

「そりゃ大変だ。誰か見張っていないとね」

「あたしは大丈夫よ。ナイトがいるから、じゃない、カイトがいるから」

「そりゃどうも」


 改めて空を見上げる。

 丘を登る前に比べて随分と雲が去っており、星空の勢力が増して広がっていた。


「なんかさ、あたしが空を操縦しているみたいじゃない?」


 ツバサは両手を空へと伸ばし、ハンドルを操作するような仕草をしていた。


「また凄いことを思いつくね。地球を操縦じゃなくて空なの?」

「だってさ、空にあたしを狙う奴がいるんでしょ? 地球じゃ動きが遅いから雨を避けられない」


 両手をブンブンと左右に振って見せる。


「だからいっそ空を操縦してやるのよ。あんたたち、達? 一人かもしれないけど、好きにはさせないから!」

「ツバサの考えることはいつも大きくて驚くよ。空を、ねえ」

「名付けて、『SkyDriver in the Rain』。どう?」

「う~ん、SkyDriverってのがスカイダイビングなんかで空を自由に飛び回る的な……痛い」


 ツバサがカイトのすねを蹴った。


「うるさいなぁ。カッコ良きゃいいじゃん。あたしはスカイドライバーっ!」


 ツバサの大きな声が公園に響き渡るが、障害物が無いために大声も空に吸い取られたように思えた。


「やるわね、空。あんたの、あんた達かもしれないけど、好きにはさせないって言っているでしょ!」


 その時、ツバサの視界が暗転した。

 カイトがキスをしたのだ。


「何よ」


 真っ赤な顔をしてカイトに尋ねるツバサ。

 カイトはツバサの頭を撫でながら答えた。


「スカイドライバーが本気を出しそうだったから、カイトが止めました」


 ツバサの視界は改めて暗転する。


 ビニールバッグに入ったライブグッズ。

 数あるグッズの中にはライブでしか手に入らないシングルCD。

 そのカップリング曲の名は『SkyDriver in the Rain』。

 大好きなバンドは、ツバサと同じタイトルを付けていた。

 二人はまだそれに気づいていない。


 それは、二人を繋いでいる。

 それは、二人を躍らせる。

 それは、二人にとっての赤い糸――。

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