第2話 導入シークエンス

○導入シークエンス

・神(交換手)


 目の前にギャルがいた。


 舞台背景設定の検証による裏付けが必要だが、無視してギャルを認識の固定化に置く。

 外見設定だけでギャルだ。


 そう思うと、僕は少年になっていた。青年かもしれない。

 パーカーを着た、スニーカーを履いた、髪の色は茶色に近いモンゴロイド。


 おそらく目の前にあるのはいわゆるハンバーガーショップの店内だろう。

 目の前には丸められた包み紙と成形された芋の加工品。

 あまり認めたくないが、これが推奨インターフェイスということらしい。


 視線を眼前の「ユーザ」に戻す。正面の一人掛けの席に座っているのは、ギャル。旧現代日本世界観の一様態だ。様々なスタイルがあるものだと感心する。

 染色されたストロベリーブロンドの金髪。化粧の多数工程による顔面の改変、不自然に白い。灰色の瞳もカバーリングによるものか。

 手には何か飲料らしきものを持っている。持ったまま、だったのか。


「誰?」

 声がかかる。声は強いが怯えが目にはっきりと出ている。それはそうだろうね、本人としては、


「その前に、」

 僕は軽く答えて、スマートフォンを取り出す。

 何故そんなものをと思われるかもだけど、ユーザ認証のシークエンスまで世界観に準じているんだからしょうがない。


「これと同じようなものを持ってるよね?出してくれないかな?」

 スマートフォンをギャルに見せながらお願いする。


「は?」

 あからさまに不審げにギャルは聞き返してきた。面倒だな。


「それを出してもらった方が説明が早いの。お願いだから」

 もう一度丁寧にお願いすると、僕と自分の周りをしばらくキョロキョロ見渡したあと、「意味わかんない全然わかんない…」と口から漏らし出しながら、上着のポケットからスマートフォンを取り出してくれた。一苦労である。

 僕は自分のスマートフォンを起動して必要な動作を確認して、目の前のギャルにさらに続けた。


「いまあなたの端末に数字の羅列が送られたはずだよ。その番号をそのまま教えてくれればいいからさ」

 二段階認証とか呼ばれる一般的な認証手段のはずだからこの説明でわかるかと思ったが、ギャルはさらに眉を潜めて口から文章になっていない言語を吐き始めた。


「は?は?は?どこ?は?は?は?は?どこ?は?」

 僕は一度目を閉じた。

 これはかなりやばいプレイを選択したユーザに違いない。


「***に送ってあるよ」

 量子言語で伝える。ギャルにはギャル自身がもっとも身近に使用していたコミュニケーションサービスで聞こえたはずだ。


「あ?言えよ…」

 端的な表現で悪態をついたあと、ギャルは目当ての数字の羅列を発見したみたいだ。

 ギャルに数字を読み上げてもらって、僕は自分のスマートフォンにそれを全て入力する。これでやっと本来のシークエンスラインに立てるはずだ。


 入力が終わった直後、ギャルのスマートフォンから強烈な光が放出される。

 間近でその光を全面に浴びたギャルは野獣のような悲鳴をあげて激しく音を立てながらテーブルにぶっ倒れた。


 大げさなリアクションだな。


 僕は呆れながら加工芋の載ったトレイを安全なテーブルに移して、自分のスマートフォン画面を表示させる。

 スマートフォンには続々とユーザ情報が表示されるようになっていた。ギャルのユーザが元に戻る意識を取り戻すまでしばらくかかるはずだから、その間に目を通していく。


 第一遭遇では厄介なユーザだと構えたところもあったが、とは言ってもここまで来てしまえばあとは既定のシークエンスをなぞっていくだけ。慣れたもんだ。

 僕はほっと一息ついて、炭酸飲料に口をつけた。ストローをくわえたまま、スマートフォンに表示された情報を流し見していく。


「ん?」


 ふと、とある一文で手が止まる。


「……」


 見間違いと思い一度目をつむる。


 もう一度目を見開いて、じっと目を凝らした。


「…………………!」


 目に映る情報が見間違いでないことを結論づけた瞬間、口に含まれていたものは全て勢いよく外に吹き出された。


「ヴ、、、、、、ヴァウター!? 嘘だろ!?」


 信じられない記述だった。





 新世代退廃思想の尖兵と呼ばれた積極的選択死主義者の中でもさらに先の倒錯を行くと言われるヴァウター。

 ヴァウターとは、ヴァウトを行う人、もしくはヴァウトに主義的価値観を持つ人のことである。


 もともとヴァウトとは、プレイヤーの人格とユーザの人格の交換を狙う行為を指していた。もちろん正規の手段ではないため成功することはないと言われていたが、サービスの開発者の中からヴァウターが現れてからは状況が一変した。ヴァウト行為が条件付きで成功するようになったのだ。その条件とは人格の交換が不可逆であるということ。つまり一旦交換してしまえば現実の人格は現実から去り、仮想上の人格(倫理化されたAIとも呼べる)に現実の肉体が支配され、元に戻ることはないということだ。


 これらの事実はすぐに積極的選択死主義者の知るところとなった。彼らは実際の肉体死だけでない、ありとあらゆる死の種類を望んでいる。「現実の主体人格のみが現実から消失する」というヴァウトの側面は、それまでにない死の形態を提示し積極的選択死に新潮流を生み出した。


 また、ヴァウトによる「死」には、倫理化されたAIとは言え肉体の運用者が継続して存在するという特異点があった。これはヴァウト行為の事実をユーザが隠した場合、実際の死が観測されず本当の人格なのかAIがいるのか実害がわかりにくくなるという結果をもたらした。

 それだけでなくヴァウトが実際に行なわれて現実の人格が現実世界から消滅していても、仮想上には現実のユーザ人格がその人格のままプレイングしていることが多く、仮想上からもその人格が消えるまで客観的な死を観測できないため、死の確定までに大きく時間を要した。

 これらの要因によりヴァウト行為による死は曖昧で迂遠なものとなり、新機軸の死の形としてヴァウトは積極的選択死主義者の中で隆盛を誇ったのである。


 状況が変わったのは「他染」という犯罪技術が発生してからだ。「他染」の発生には複雑な要因が絡んでいる。


 リアルプレイングという名前の「現実の人格のまま」プレイするスタイルがある。これは立派なプレイスタイルのひとつなのだが、「現実のユーザ人格を仮想アバターに焼き付けることが可能な技術」という側面があった。

 まずこれを利用して、現実の同一人格をアバターに多数コピーすることによって同一性破滅主義的なプレイスタイルが生まれた。多数の現実の自分の人格に囲まれた世界というやつだ。

 でも、そこまではまだよかった。


 問題は、同一性破滅主義的なリアルプレイングとヴァウトの技術を悪用することで「アバター人格を複数ユーザの現実人格に焼き付ける」という凶悪なウィルスが開発されてからだ。これが「他染」である。

 外部の力でこれが無差別に行使されれば人格の大量虐殺が行われてしまう。「他染」の発生は、サービスそのものを根幹から揺るがす事態を起こしてしまったのだ。


 すぐに世界的な対策が徹底的に行われた。ヴァウト行為がいったん全て禁止となり、最終的には現実のユーザ人格を塗り替えるタイプの技術自体が葬り去られた。

 また現実人格を仮想の複数アバターに転写させる同一性破滅主義的リアルプレイングについても禁止技術となり、リアルプレイングは主体として単独プレイする場合のみに限って許されることとなった。


 ヴァウトに関しても徹底的に技術的な問題要素が洗い出され、アバター人格を現実に移すことはもちろん、現実の自分の人格を「人格交換のために」仮想アバターに焼き移すことも禁止技術となった。

 ただ積極的選択死主義者の抗議もあり、ヴァウトによる死の新概念そのものについては取り締まりの対象とはならなかった。そのため積極的選択死主義者は、法律の可能な範囲内の新しいヴァウト行為を探ることとなるのである。

 苦しい模索の結果、現在においてヴァウトは以下の内容を指す行為となった。


"現実の人格を放棄して仮想世界においては仮想上のアバターの人格を自身の人格として上書きし、一つのプレイングが終わったのちの別のプレイングについての判断も、アバター人格となった新しい自分自身が判断する"


"ヴァウトを行使するとした場合、選択的精神自死と判断され、プレイが終了したのち速やかに脳死状態とカテゴライズされ、肉体も社会も死亡したものという措置となる。"


 つまりヴァウトは人格の交換ではなく、現実においては自身の人格を放棄して廃人となり、仮想世界においても自身の人格は放棄して全く別のアバターの人格(AI)を自身の人格に上書きしてプレイを行い、一つのプレイが終わった後についてはそのAI人格に判断をさせる、という狂気の行為となったのだ。簡単に言うと現実世界を捨て仮想世界のアバターそのものになって、そのアバターがプレイングの継続の可否を判断するのである。


 まさに積極的選択死の極致にある倒錯だ。


 ヴァウトは新しい厳密なルールが決まって合法に戻ったのちも、上記の騒動のイメージが強いのか世界からは危険思想だと警戒視されて今に至っている。

 それこそ積極的選択死主義者ですらも「ヴァウトは一つの思想であって実践向きのものではない」と捉える者がほとんどである。


 ヴァウターは異端中の異端となった。




 ここまで説明すれば僕の驚きも理解してもらえたかな!


 僕の交換手としての客体的体感キャリアランクはハイシニアだけど、その僕にとっても「他染」事件以降にヴァウターに接したのはこれが初めてなのである。



 こわい。


 ただのヴァウターってだけでもビビるのに。



 今回は本当にヤバい。



 このユーザは、確実に正気じゃない。





 なぜなら……。










 わざわざヴァウトしてまで、「ギャル」になってるってとこ!!







 ギャル!!



 正気の沙汰ではない。






 正気の沙汰ではない!!




 私はテーブルに上半身いっぱいを使って突っ伏したままのギャルを見つめて、これまでにない緊張で体が麻痺していくのを感じていた。

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ギャル、死゜る @oococco

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