最終話 辿り着いた未来と、移り変わる世界 ②

 大学の敷地内に入り、部活やサークルの勧誘競争の喧騒やキャンパス内にも植えられている桜を横目にゆっくりと歩いていく。できるだけ人混みを避けつつ、講義の行われる棟を目指した。

 その途中で同時に二人は足を止めた。


「ねえ、今日の講義やなんかの情報は見た?」

「いや、僕は見てない。りこは?」

「私も忘れてた」

「じゃあ、ちょうどいいね」


 足を止めた二人の視線の先にあったのは、講義の休講や教室変更などの情報や、奨学金や就活、その他ガイダンスの案内など学生生活に関する告知や伝達に使われる大きな掲示板があった。

 学生ならだれでもアクセスできるウェブでも、チェックできるので今のように掲示板を直接確認するということはあまりしないし、している人間も少ない。

 だけれど、なんとなく足を止めてしまったのだ。

 ただそこに気になる情報がないのはさっと見渡せば分かることだし、ウェブで確認する方がピンポイントで欲しい情報を確認することができる。例えば、受講登録した講義の休講情報があれば一覧で出てくるので、そっちの方が便利なのだ。

 だけど、立ち止まった理由は――。


「ねえ、ジャンプした方がよく見えるかな?」

「きっとね。だけど、バランスを崩して支えるのはどのみち僕なんだ。だから、好きにすればいいさ」


 そんな投げやりにも聞こえる男の子の言葉に女の子は楽しそうに笑い声をあげる。男の子も隣で一緒に笑い、その波が収まると、女の子は男の子に向かって目で合図を送る。

 

「せー、のっ!」


 その声とともに女の子は左足と杖を器用に使い、自分の右側に立つ男の子にぶつかるように小さくジャンプをした。男の子はそれをさっと抱きかかえるように受け止める。女の子はそのまま男の子に体重をかけ、男の子はそれを受けながら腰に手を回して支えた。


「ねえ、運動神経よくなった? 少し前から思ってたけど、反応よくなったよね?」

「そりゃあ、誰かさんが無茶ばかりするからね。それなりに筋肉も体力も付いたし、何があっても守れるようにって思ったら機敏にもなるさ」

「さすが、私の杖は優秀だね」

「それはもういいだろ?」


 女の子は楽しそうな笑みを浮かべたあと、ゆっくりと体勢を元に戻していく。それを男の子は自然に当たり前のように支えた。

 その支えるために腰に回した男の子の左手に女の子の左手がそっと重ねられる。

 その重なった手の同じ指には、あの日買うことができなかった指輪が輝いていた。

 それから、二人は何事もなかったかのようにまたゆっくりと並んで歩き出した。

 この世界の二人は一つの幸せの形を手に入れ、いつか歩けなくなったとしても、一緒に人生を歩んでいく未来を選び取った――。












 そして、世界は廻り、巡り巡る――。



 

「ここからじゃあ、見えないなあ。ジャンプでもすれば見えるかなあ?」


 男の子の隣からそうぼやく女の子の声が聞こえた。その次の瞬間、「うわっ!」という情けない声が聞こえると同時に、男の子は自分の体に寄りかかる重みを感じた。

 どうやら女の子がバランスを崩したようで、男の子の腕にしがみつくようにして体を支えているようだった。男の子は不思議とその重みに嫌悪感を感じず、むしろ大事なものとさえ思えた。

 そう無意識に思えたから、普段は適当に対応するか、そそくさとその場を離れようとするはずなのに、


「あの、大丈夫ですか?」


 と、怪我がないかをさっと確認しながら気遣う言葉を自然に掛けていた。女の子は寄りかかっていた体を離しながら、


「はい、キミのおかげで。……って、ごめんなさい。名前探すためにジャンプしたら、着地でバランス崩したみたいで」


 そう口にしながらも女の子はどうしてかもう少し話していたい気になった。そんな不思議な気持ちが嬉しくて、謝るべきはずの場面なのに、口元は緩んでしまう。

 そのまま向き合って視線が合うと、二人はしばらくの間、無言で顔を見合わせた。

 そして、女の子は男の子を真っ直ぐに見つめながら、不思議なことを口にした。


「今、キミと未来で幸せに笑っている姿が見えた、なんて言ったらキミは信じる?」


 そう言う女の子の表情は少しだけ悪戯っぽくて、だけど何かを期待するような視線を向けてくる。男の子は最初こそ戸惑うような表情を浮かべていたが、一つ息を吐きだすと、少しだけ困ったような、だけど柔らかな笑みを浮かべる。


「信じるよ。僕もそういう未来が見えたんだ。それにキミのことを信じないわけがないだろう、りこ」


 男の子の返答に女の子はその場にいる全ての人を魅了しそうなほど満面の明るい笑顔を浮かべた。


「よかった。じゃあ、あっくん。私たちの教室に行こう」


 女の子はそう言いながら男の子の手を引いて歩き出した。

 そして、すぐに二人はいつものように並んで同じ歩幅で歩き出した。



 二人の恋の話はこうしてまた始まりを迎えた。

 そして、二人が辿り着く未来は――――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何度でもキミと恋をする たれねこ @tareneko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ