6. 社に祈りを捧げる女性の絵

とーちゃんのためなら エーンヤコリャ」

かーちゃんのためなら エーンヤコリャ」

菅公かんこーのためなら エーンヤコリャ」

 たくさんの労働者が声を揃えて巨大な岩や大木を運んでいる。

 それは再現映像で見たピラミッドの建設現場のようだ。

 つまり、彼らは奴隷だろうか。

 それにしては、彼らの顔は疲れているように見えない。

 むしろ――


「これって」

「ああ。天満大自在天神を祀る社を造っているのさ」

 いつの間にか隣に男性が立っていた。

 ちなみにこの長ったらしい何とか天神というのは菅原道真の没後の尊称で、北野天満宮の由来にもなっている。

 今では天神さんの愛称で親しまれているが、その北野天満宮がまさに造られようとしているのだ。


「でもさー、思うんだよね。……おいそこっ、休まず働け!」

 どうやらこの男、現場監督の立場らしい。

 身なりもちゃんとしているし、納得。

「ここに立派な社を建てたってさ、誰もお参りに来なかったら意味ないじゃん、って」

「それは確かに」

「天神さまを祀ったってさ、誰も信仰しなきゃ逆に怒られちまうよ」


 神様が死ぬときは人々に忘れ去られたときである。

 それくらい信仰というのは尊い行為なのだ。


「だからさ、思うわけ。建物だけじゃなくて、道も整備しなきゃならないなって。京の都からこの北野の地に至るまで、長い長い道のりだけど。竹や草木をかき分ける獣道じゃマズイって思うわけよ」

 確かに山の上などにある寺社もあるが、祀るのは元学者の天神様だ。

 人の世に近い場所で信仰を集めることにこそ意味がある。


「なんていうかさ、都から北野まであっという間に行けるような牛車でもあればいいんだけどね。貴族だけじゃなくて、誰でも乗れるような。誰でも参拝できるように」

「ああ、それ、あります」

「えっ、マジで? いつの間に?」

「千年後ですけど」

「へぇ、遠い未来じゃそんなことができるのか」

「電車っていうんですけど、京都から北野まで、大体30分……一刻もあれば」

「おいおい、どんだけ素早いんだよ未来の牛」


「だから、叶ってます。その夢は」

「ほほう、それじゃ千年の時を超えて完成するってわけだ。無駄じゃないってことだな」

「千里の道も一歩から、ってやつです」

「つまり千年王国ってやつか?」

 それは違う。

 それキリスト教の考え。

 平安時代に伴天連の宣教師は居ない。

 それを言うなら弥勒の世のほうが馴染みがあるだろう。

 56億7千万年後だっけ。

 長っ!


「じゃあさ、未来の北野はどうなってんだ。こんなわびしい原野じゃなくて、もっと色んな花の咲き誇る素晴らしい場所になってんのか?」

「ええ。梅に桜、紅葉もあって、毎年たくさんの人が訪れています」

「そうか。そいつぁ良かった。いやここに居るのはみぃんな生前から菅公を慕ってた奴らでさ。皆喜んで社を建てているのさ」

 だからみんなやる気に満ちた顔をしているのか。


「ああ、そろそろ地鎮とこしずめの儀がはじまるぞ」

 御幣ごへいを持った少女がゆっくりと歩いていく。

 台座のような場所で棒を左右に大きく振りかざす。

 紙垂しでがひらひらと舞い、清祓が終わる。

 皆一同に礼拝するので、思わず真似てしまう。



 ――そして顔を上げたとき、目の前には凛とした顔で御幣ごへいを持つ少女の絵があった。

 その少女が願ったのは千年の平穏。

 そして社を建設していた人々の願いもまた同じく。


 彼らが現在の北野天満宮を訪れた時、一体何を思うだろう。

 この景色は果たして千年先まで残るのだろうか。


 ま、そんな遙か先のことなんて知らない。

 ボクはボクの見たものしか信じないのだ。

 いかに三千世界が広くとも、ボクが行き、見て、生きた世界が全てなのだ。

 それで良い。


 ああ。

 だからこそ。

 きっとまた訪れよう。

 次は春の花咲く頃に。

 そして記し、次の誰かへと紡ぐのだ。

 千年先の、遥かなる先へ。

 ボクが信じない、ボクが信じたい未来に向けて。


 物語る。

 あの日の続きは、異世界で。



「でも今は、紅葉を楽しむときだよねっ」

 ああ、だから今日も。

 異世界には

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あの日の続きは異世界で -京都夢想案内絵巻- いずも @tizumo

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