5. 地獄を見返る美しき鬼の絵
あなたは しにました。
▼
……
…………
……………
いやいや、冗談じゃない。
次にボクが見た光景は熾烈で悲惨なものだった。
真っ赤に燃え上がる空、天まで届きそうな火柱、厳しい岩山。
ここ、本当に異世界?
死んじゃったまま、転生せずにゲームオーバー的な話じゃないよね。
「なんだ、また次の客か」
低い女性の声がしたので振り返ってみると、そこに居たのは女の鬼だった。
二本の角に赤褐色の肌、素足で足首には二つの鉄輪を付けている。
その姿は美しく、鬼と呼ぶのがためらわれるほどだ。
「人間というのは不思議な生物じゃ。
怪訝そうな表情でこちらを睨む。
思わず目を背ける。
その顔があまりに美しすぎるからですよという勇気はない。
「のう」
いつの間にかかなりの距離まで近づいていた。
「う、うわっ。え、えっと。そう、その角が」
しどろもどろになりながら言葉を続ける。
言って地雷だったかもと後悔したが、時既に遅し。
「ふむ……まぁ珍しくもあるだろう。なるほどのぅ」
ボクの答えに納得した様子で頭の角をさすっている。
もしかしたら話のわかる鬼かもしれない。
「ええっと、ここは」
「何を言っておる。ここは六道が最下層――すなち、地獄なり」
――思考停止。
あーあー聞こえない。
なんで? 異世界転生ってそんな修行するような話って聞いてないんですけど!?
「やれやれ。ここ最近はなぜか地獄へ行きたがるものが多くてのう。やれ閻魔様の元に行かせろだとか、冷徹な補佐官に会わせろだの、鬼は美男美女揃いかチクショウだの、わけのわからん奴らが増えおった」
あ、それは某作品の影響でしょうね。
主に女性人気の高いあれ。
「なんじゃ、お主は違うのか。ああ、ではお主は日蔵じゃな。こんな可愛らしい幼子であったとは意外じゃが、まぁ良い。ほれ、付いてくるがいい」
日蔵というのは真言密教の修験者で、若くして死の淵をさまよい蘇った。その時に六道を巡り天神になった道真公を見たとされる。
……ん。
ボクが日蔵ってことは、つまり――
「ほれ、行くぞ。『ドキドキ! 湯けむり地獄ツアー 全部体験コース☆☆☆彡』への参加申込はお主だけじゃ。何度死んでも蘇るから、安心して地獄を堪能するがいいぞ」
めっちゃニコニコ顔で言ってくる。
営業スマイルどころか本心で言ってるな、これ。
「い、いやいやそんな結構で――」
「さぁさぁ!」
ぎゃあ、力強い!
流石鬼!
さすおに!
とんでもないツアーに申し込んでくれたな日蔵上人。
心臓がバクバクで動悸が収まらない。
あ、死んでるんだっけ。
「まずは裸足でこの針山の上を歩いてもらおうか!」
「……」
針山……?
生花の剣山っていうか、足つぼマットっていうか。
「えいっ」
あっ、普通に気持ち良い。
「馬鹿な、大の大人が痛いと泣き叫ぶほどの針山じゃぞっ!?」
大の大人ほど内蔵を悪くしているからでは。
「――ふふ、しかし余裕な態度もこれまでじゃ。針山の行き着く先に恐れ慄くが良い!」
足つぼマットの伸びた先、ゆらゆらと視界が揺れている。
湯気の立ち込める、まさしく血のように赤い池が広がっていた。
「これぞ地獄めぐり名物、血の池地獄なりぃっっ!!」
マグマのようにボコボコと気泡が浮かんでは消え、ということは全然なく、とてもいい温度だった。
具体的には41度くらい?
「あー気持ちいい」
「なんと!? 熱湯をもろともせず湯浴みまで!? お、お主は何者じゃ……」
えー。
またボク何かやっちゃいましたか?
「ええい、こうなったら直接炎の中に入れてしまえい!」
彼女はボクを湯船、いや血の池から引っ張り出したかと思えば、今度は岩で囲われた小部屋のような場所に投げ入れられた。
「どうじゃ。流石にこれは耐えられまい」
暑い。
暑いけど、体から悪いものが出ていってるようなデトックス的な効果があるような。
うん、サウナだねこれ。
「くっ、こうなったら、灼熱地獄の後に
「……」
プハーッ!
湯上がりはキンッキンに冷えたコーヒー牛乳に限るね。
「ぐぬぬ……こうなったら力づくじゃい!」
「なっ」
彼女はうつ伏せで押さえつける。
身動きがとれないまま、彼女は体を密着させて、背中から腕やら足やら、全身をもみほぐしツボを押してくる。
「これマッサージだぁ~。はぁー気持ち良ぃ~」
思わず蕩けた声を出す。
「っ! 効いて、はおらぬな……。ぐぬぬぬ、ここまでの地獄を耐え抜く輩が存在するとは思わなんだ!」
これ地獄なんですか。
むしろ天国では。
「ええいっ、こんなやつを地獄に置いては他の奴らに示しがつかぬ! さっさと出てゆけいっ!」
ボクの両足を掴んでジャイアントスイングをかます。
こういう力だけはあるんだよなぁ!
遠いお空の彼方へ飛ばされる。
やったねパパ、明日はホームランだ。
これ元ネタ何なんだろうね!?
ボクが絵の前で再び意識を取り戻したとき、その絵の鬼は心無しか怯えているようにも泣いているようにも見えた。
一体原因は何だろうか。
ああ、もう一度訪れてその原因を突き止めた――
「お客様、作品にお手を触れるのはお止めください」
怒られた。
いやぁ、よくわからないけど無性にお風呂に入りたくなった。
早く帰って湯船に浸かろう。
あの瞬間が一番極楽に近いんだよなぁ。
ああ、だから今日も。
異世界には行かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます