カップ焼きそばの作り方

亜済公

カップ焼きそばの作り方

 そこには焼きそばがあったが、カップ焼きそばはなかった。なぜなら、カップがなかったからである。カップ焼きそばをカップ焼きそばたらしめているのは紛れもなくそのカップであって、カップなき焼きそばはただの焼きそばに過ぎない。であれば、私の目の前にある剥き出しの固形物--カップを剥奪された元カップ焼きそば--は、カップ焼きそばでは決してあり得なかったのだ。

 それでは……と私は考える。カップ焼きそばの本体は、そのカップであるとは言えないだろうか。カップ焼きそばの本体がカップであるならば、カップは即ちカップ焼きそばということになる。つまり、焼きそばは不要なのだ。空の容器……カップだけで、それはもう、カップ焼きそばなのであった。

 黄色っぽい固形物を、崩れないようつまんで、丼に移した。それから満遍なく湯を注ぐ。立ち上る湯気が親指を濡らし、冷えた体がわずかに暖まったような気がした。

 蓋をして数分が経過し、湯を切る。箸で丼の縁を押さえながら、慎重に……ゆっくりと。この工程が、カップ焼きそばを作る上で最も重要だ。たった一度のミスが、生死を分けることさえあるのだから。

 やがて、緊張から解放された私は、ほっと息をついた。

 そこには、ただ静寂とカップ焼きそばだけが存在している。……否、それはカップ焼きそばではない。

 --あとは、ただソースをかけるだけ……。

 と、その時。私は先ほどの思考を反芻し、一つの結論を導き出すことに成功したのだった。悟り……と言っても、構わないだろう。

 カップ焼きそばの本体がカップであり、カップこそがカップ焼きそばであるならば。

 焼きそばが全く不要なのであるとしたら。

 私はシンクに、湯気の立つ焼きそばを放り込み、それからごみ箱に手を突っ込んだ。湿り、ねっとりとした感覚に歯を食いしばって、ようやく目的の物を発見する。

 それは、ほんの数分前に自分自身が廃棄した、カップ焼きそばのカップであった。私はそれを目の前にまで持ち上げて、電灯の灯りにかざして見る。

 実に美しい。その造形は、あらゆる名工、あらゆる画家、あらゆる小説家を凌駕し、軽々と飛び越えて、人間の感覚全てに訴えかけていた。

 私は、カップにかぶりついた。

 うん、うん、と私は頷く。

 実にうまい。

 カップ焼きそばは最高だ。

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