第19話

 西吉の件について理解が得られたと感じた山廣は、今ちょうど成岡に助け起こされている卯辰を指す。


「あいつは話をしている途中に急に俺に殴りかかってきた。それに、俺の能力が弱いことを馬鹿にしてきた。」

「へえ……卯辰さんってそういうタイプの人だったのか……」


 おしとやかそうに見える人も中身は分からないものだなと、兼政は意外そうな顔で卯辰を見る。


「一応聞くが、何か卯辰さんの気に障るようなことを言ったとかいうことは無かったのか?……もちろん、それが卯辰さんの行為を正当化することにはならないが。」


 山廣は、話してもよいものかどうか逡巡する。卯辰の気に障った発言ということは、卯辰の仲間である兼政の気に障る可能性も充分にあり得る。


「あー……暴行って犯罪だよな。それを前提として聞いて欲しい。」

「分かった。犯罪に関わる話という事だな。」


 兼政の反応に山廣は一瞬身構えるが、何もしようとしない兼政に安心して続きを話し始める。


「実は、ミキタカを犯罪に誘おうとしていたんだ。」

「なるほど……それは、ミキタカが特に嫌いそうな話だな。喧嘩をしたとは聞いていたが、なんとなく喧嘩の理由が見えてきたな。」

「まあ、だいたいお前の予想通りだと思うぜ。」


 山廣の発言を兼政は奇妙に思う。


「ミキタカを良く知った風に言うね。君とミキタカは今日が初対面じゃないのか?」

「ミキタカ自身がそう言ってたんだよ。犯罪は嫌いだってね。自分は家出に逢引まで、社会的にまずいことをいくつもしているくせに犯罪は嫌いらしい。けど、俺からは方便みたいに聞こえたなあ。実際のところ、周りの環境に辟易していて何かしら刺激的なことをしたいんじゃないかって感じがしたぜ。

 まあ、周りがネタにマジレスする奴ばっかりだと嫌になるよな。」


 山廣はあからさまに西吉と卯辰の方に目を向ける。兼政は普段の西吉のイメージと食い違いを感じるが、きっと西吉が山廣に対して何か気に障ることでも言ったんだろうという点は納得した。

 しかし卯辰さんについては事実の確認をしておいた方がいいだろうと兼政は思い、卯辰と成岡に向かって手招きをする。


 しばらく卯辰と兼政が話をした。兼政は状況をおおかた理解し、山廣の方を向く。


「結局のところ君、別に悪いことしてないよな。」

「だろ?……いや、まあ腹パンについては悪いと思ってるけどな。女を殴るのはあまりいい気分じゃねえし。」

「私も……悪口言ったのはごめんね。それと、ぶっちゃけ喧嘩楽しそうだなと思って殴りにいってたことも否定しきれないから。その点もごめん。」


 互いに謝り合うとか、小学生同士の喧嘩に先生の仲介が入った時みたいでつまらないなと西吉は思うが、それを言ったところで自分にとって面白い展開にはならなさそうなので口には出さない。

 山廣は笑顔で4人に手を振り、神社の石段を駆け下りて去っていった。


「あの笑顔、さっきまで喧嘩していた人に向けるものとは思えないわね。」

「結局、犯罪に協力しないよってことは理解してもらえたのかな?」

「それは伝え忘れてたな。まあ次誘われたときにでも伝えておけばいいんじゃないか?」


 満足した顔の兼政、成岡、卯辰に対して西吉は不満げな顔をしている。その頭を兼政がくしゃくしゃと混ぜる。


「なんだよ。」

「言いたいことあれば言えよ。」

「せっかく一時的には心配したんだから、もっと大事おおごとになってれば良かったのにと思ったんだよね。けど、別に構わないよ。彼関連で何かまた刺激的なことが起きそうな予感がするし、その事実だけで僕は満足だ。」

「俺はハルカのことがさっぱり分からん。……さて、帰りますか。門限は完全に超えているけど、多少のお叱りは甘んじて受けますかね。

 ところで卯辰さん。ミキタカとの馴れ初めはどんな感じだったんです?……」


 すっかり日が暮れた夜の街を、4人は談笑しながら帰路につく。


 ◇


 街はずれ、某所の空き家。


 割れた窓から差し込む月光の中でしゃがみ込み、ぶつぶつと呟く男に山廣が近づく。顔を上げ、暗闇の中に山廣の姿を捉えた男は小さな声で山廣に話しかける。


「首尾は?」

「前に言っていた赤目と、青緑の目のペアはどちらも仲間には加わりませんでした。」

「あ、そう。それは何とも……」


 落ち着いた口調で話していた男は拳を地面に叩きつける。雷鳴のような音が空き家に響き渡り、壁や天井がぎしぎしと揺れる。


「ごめんね。今日は気分が落ち着かないんだ。怖がらせてしまったかな。」

「いいえ。」

「ヒロキ君。君は上手くやっている。けどまだ少し協力者が足りないみたいだ。僕もちょうど今日勧誘に失敗してしまったんだよ。

 これから勧誘は全て君たちに任せても良いかな。」

「もちろんです。」

「ありがとう。君には期待している。では、下がってくれ。」


 山廣は男に大きく頭を下げると、再び暗闇の中に姿を消した。

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