第18話

 先川原は息を切らせて神社の石段を駆け下り、細坪が後に続く。


「どこに向かってるんですか?」

「……とりあえず……チョコちゃんと兼政くんに合流する。アユネは持久力がないから……」


 時間が経てば経つほど卯辰が不利になっていく。だから早く、残りの仲間と合流したいということなのだろう。

 西吉の能力は戦闘向きではない。戦いでは卯辰の負担がかなり大きいはずだ。自分の想い人が追い詰められていく中で自分だけが逃げている状態を細坪は苦々しく思うが、疲弊している自分が戦いに加わっても役に立たないことは十分に理解している。

 チョコちゃんという人がどのくらい強いのかは知らないが、兼政の能力はかなり戦闘向きだ。合流さえできれば戦力になるはずだと細坪は思う。


「ところで、ハルカって戦えるの?」


 先川原の問いに細坪は首を横に振る。


「ハルカ?……ああ。西吉は触れたものの動きを止める能力しか持っていないので、戦いには向いていないですね。その分、話術や詐術といった分野にはめっぽう強いですが。」

「へえ……友達からもそう思われてるんだ。」


 先川原は口元を押さえてにやりと笑い、嬉しそうに呟く。


 会話をしながらときどき動きを止めて中空を眺め、先川原はまるで進む道を今決めたかのように曲がりくねったルートで住宅街を歩き回る。

 合流地点を決めているものかと思っていた細坪は、その動きに不信感を覚える。


「今はどこに向かっているんですか?」

「チョコちゃんたちがどこにいるのか、探しながら歩いてる。」

「探すって……電話すればすぐに場所が分かるものなんじゃ……」


 先川原が驚いた顔で細坪の方に振り返る。


「名案だよ。ああ、なんで思いつかなかったんだろう。」


 先川原が成岡に電話を掛けるとワンコールで繋がり、電話口から成岡の焦った声が聞こえる。


「リオネ!?歩祢はどうなったの?」

「神社で知らない人と喧嘩してる。神社の場所は分かる?分かるなら直接向かって欲しい。兼政くんと一緒に。」

「神社は……えっと、兼政くんが今調べてくれたから行けるよ」


 そういうと成岡は電話を切った。

 

 兼政は携帯の画面を見ながら進む道を指さす。


「あっちの方に向かうと神社があるはず。今はどういう状況になってるって言ってた?」

「よく分からない。歩祢が神社で誰かと戦ってるから手助けに入って欲しいって言われた。

 西吉を呼んだ方が良いかな。」

「西吉は……あんまり喧嘩とか好きじゃないと思うし、呼んでも来ないだろうな。時間に余裕があるなら連絡くらいしてもいいとは思うが。」

「歩祢は持久力が無いから」

「なら急いで神社に向かった方がいいか。走ってもいい?」


 成岡が頷くと兼政は走り出す。


 神社はかなり近く、2分もすれば石段の下までたどり着く。走ってきた勢いのまま2人は石段を駆け上がり、喧嘩をしているはずなのに不思議なほど音がしないことに疑問を抱きながら神社の中に踏み込む。

 そして、地面に倒れ込む西吉と、驚いた顔で2人を目にするやいなや走って逃げようとする山廣を見た。


「おい、西吉に何をした!」


 兼政が山廣を追いかけ、腕を掴むと急に体が動かなくなる。明らかに能力によるものだと察しはつくが、かなり強力な拘束能力で、口を動かして成岡に能力のことを教えることすらできない。

 しかし、これだけの能力を長時間保つことは難しいだろう。経験則からそう考えた兼政は能力が解除されたときに思わず手を離してしまわないように右手に意識を集中させ、山廣の動きを待つ。


「俺はただミキタカと連れを勧誘しに来ただけなのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ。はあ。」


 山廣としてはただ疲れたから帰りたいだけなのに、なぜこうも邪魔が入るのか納得がいかない。

 友人同士であれば普通に殴り合いくらいすることはあるだろう。それが友情のきっかけになったりもするし、ミキタカはそれを理解していた感触があった。しかし後から来たミキタカの仲間みたいな奴らはそれを理解もせずにいきなり攻撃を仕掛けてきた。

 まじでネタにマジレスしてくる奴が一番面白くないんだ。しかもそういうやつに限って厄介な能力を持っている。透過に、白の能力のくせに手を触れずに物を止める奴。やっと能力が解除されたと思ったら緑の……おそらく足が速くなる能力の奴。


「なあ、俺は逃げないから事情だけは聞いてくれないか。お前ら全員勘違いしてるだけなんだ。事情を聞けば俺を逃がしてくれるんじゃないかと思うんだが。」


 山廣は能力を解除し、兼政の反応を見る。兼政は腕を掴んだまま首を縦に振った。


「さて、どこから説明しようか。まずは……西吉とやらのことだな。結論から言うと、俺は西吉に何もしていない。」


 兼政が理解できないという顔で西吉を見ると、ちょうど地面から立ち上がり砂利を払っていた西吉は兼政の意図が読めず、首を傾げた。


「どうしたの?」

「こいつから何かされなかったか?」


 西吉は山廣を見てやや口角を上げる。


「されたよ?」

「なるほど……」


 兼政が山廣の手を離す。山廣は何を考えているのかと困惑する。


「西吉は物事を厄介にするのが趣味なうえに常に嘘ばかりついてる変な奴だからな。俺の経験からして今の発言は話をややこしくするための嘘だと判断した。つまり、確かに君は西吉に何もしていないらしい。その点だけは信用することにした。」

「それはありがたい。あと、ありがたいついでに助言しておくが、友人は選んだ方が良いぞ。」

「ああ、心の端の方に留めておくよ。」


 意気投合している兼政と山廣を見て西吉が不満そうな顔をする。

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