第17話

山廣は顔に付いた砂利を払いながら立ち上がり、怒りの表情で卯辰を睨む。


「交渉は、決裂だな。」

「ええ。」


卯辰は冷たい目で山廣を見つめ、静かに足を一歩踏み出す。途端、卯辰の体が一瞬で掻き消え、山廣の腹に白く小さい拳が突き刺さる。

激しく嗚咽し、膝をつく山廣を見て卯辰は小さく笑う。


「実力の差を感じますね。」

「…………ああ。」


そして立ち上がろうとする山廣の脇腹をつま先で蹴り上げる。


「じゃあ、負けを認めて頂けますか?」


激しく痛む脇腹を押さえながら、山廣は無言で卯辰を睨みつける。


「何か言いたいことでもあるんですか?」


山廣は小さく何かを呟く。その言葉に卯辰は怒りを覚え、屈み込んで山廣の頬を平手で打つ。


「生まれなんて関係ない。能力を使いこなせないのが悪いんです。」

「別に……そういうことが言いたいんじゃない。」


山廣は拳を握りしめ、卯辰の腹に向かって思い切り振りぬく。しかし卯辰の体には当たらず、拳は虚しく空を切る。

山廣の後ろに移動した卯辰は両手を組み、山廣の後頭部へと振り下ろす。


「俺は……」


山廣は勢いよく振り向きつつ立ち上がり、振り上げた足で抉るように卯辰の脇腹を蹴り上げる。

一瞬、卯辰の体が浮き、そして脱力して地面に座り込む。


「いくら強い能力を持ってたところで、喧嘩慣れしてないやつに負けるわけがないって意味で言ったんだ。」

「ごほっ……」


卯辰は何かを言おうとして苦しそうな声を漏らし、腹を押さえて砂利の上に体を横たえた。

そのまま動かなくなった卯辰を一瞥した後、山廣は西吉の方を睨みつけてまっすぐ指を差す。


「実のところ、俺はお前が一番気に食わない。」


西吉はきょとんとした顔で自分を指差す。


「僕が?」

「そうだよ。なんで、友人が傷付けられているのに助けようとしない。」

「なんでって……別に僕も友達が傷付いたことに何も感じないような人間ではないよ。けど、例えばだよ、今僕がここで卯辰さんと一緒に君と戦ったとする。先川原さんと僕は今日が初対面だし、互いの能力さえ見たことがない状態だから当然のことながら連携なんて全く取れないわけだ。特に卯辰さんがどこに移動するか僕らには分からないわけだから、場合によっては互いに互いのことを攻撃してしまう可能性だってある。

けど、卯辰さんひとりで戦えばもちろんそのリスクは避けられることになるよね。まあ、最初の動きから卯辰さんは結構強いのかと思ってたからこんな簡単にやられちゃうとは思わなかったけど、僕と2人で戦っていた場合よりも善戦したことは確かだと思う。」

「なら、なぜ俺に戦いを挑んでこない。お前の友達を2人も傷つけてるんだぞ俺は。」


西吉は苦笑しながら自分のこめかみのあたりを指差す。


「質問ばかりしてないで少しは自分の頭で考えてみたらどうです?」

「いやだね。俺にはお前のことが理解できる気がしない。」

「せっかくその白い瞳の遺伝子を持ち合わせているのに、頭を使うのを自分から拒否するなんてもったいない。」


山廣は拳を強く握りしめ、奥歯を噛む。


「お前さ、凄くムカつくってよく言われないか?」


西吉はまったく身に覚えが無いというように肩をすくめるが、何も言わない。


「お前のこと殴ったところでその性格は治らねえだろうし、俺はお前に全く興味が沸かない上に仲間にしたくもないからな。なんつうか……正直お前と関わりたくないから俺は帰る。」

「争いなんて無い方が良いですもんね。」

「なんだそれ。突っ込み待ちか?」


山廣は興味無さそうに西吉から背を向けようとしたとたん、嫌な顔をして動きを止める。西吉は口角が上がるのを抑えきれない。


「あ、気付きましたか。」

「白の魔法使いだってことは分かってた。けど、触れてないものの動きを止めるのは白の魔法の範囲外だろうが。」

「うん。どちらかというと黒の魔法って感じがするよね。引力と斥力のバランスを使いこなせれば触れてないものを固定することだってできる。」


西吉はそう言いながら上下の瞼を指で広げる。


「けど、僕は白単色の魔法使いなんだよね。だから君の考えは的外れだってことになる。」

「ああそうだな。で、お前は俺をどうするんだ?」

「僕自身は何もしません。とりあえず警察を呼んで対処してもらおうかと考えています。」


西吉はポケットから携帯を取り出し、見せびらかすように目の前で振る。

そして携帯を操作しようとしたところでつんのめって携帯を取り落とし、拾おうと屈み込もうとするがすぐに苦々しい顔をして山廣を見る。

山廣は自由に動くようになった手足を見て少し笑う。


「その能力がどんな能力なのかは知らないが、ずいぶんと脳のリソースを割くらしいな。」

「うん。そうなんだよね。ちょっと驚いただけで効果が切れてしまうっていうのが僕の技の欠点の一つで……けど、このくらいの工夫はしないと僕程度の能力で誰かと戦うのは無理だから。」

「急に隙を晒すようなこと言うじゃねえか。けど、それがむしろ怪しいんだよな。ってことでお前がなにかする前に俺は帰らせてもらうぜ。」


山廣が神社の出口に向かいながら西吉に手を振ると、西吉は顔から表情を消し、静かに目を閉じた。

神社の砂利がいっせいにザラザラと音を鳴らし、すぐに鳴り止む。


山廣は驚いて西吉の方を振り返ろうとした中途半端な姿勢でぴくりとも動かなくなる。


西吉は瞼の下で何度も何度も砂利の位置、大きさ、動きを捉え続ける。

西吉の能力は“触れているものの動きを止める”というだけのありふれた白の魔法だが、彼の生まれ持つ魔法への感受性の高さがそれを大きく化けさせた。

能力を使うときに感じる、能力の対象とのうっすらとした感覚の共有。それに意識を集中させることで、触れている対象から、対象の触れている対象、そしてその対象の触れている対象と、繰り返し“触れている”領域を広げることで擬似的に、触れていないものを止めることに西吉は成功した。

しかし、その代償として能力を使っている間、西吉は動けず、周囲の状況に影響されないように五感をほとんど無視するため能力の範囲外の状況を把握できなくなる。


相手を動けなくするだけなのに、僕に対するデメリットが大きすぎるだろと西吉は常々思う。

しかも“逸る”赤の能力によって簡単に突破される上に、集中力が保たないので放っておいても10分程度で効果が切れてしまうという弱点もある。


しかし、西吉が数分間の膠着状態を作り上げている間に状況は有利に動き始めた。

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