第16話

 足音を完全に消し、さらに姿を限界まで透明にした先川原に、卯辰は全く気づく様子が無かった。


「はあ。何で見つかっちゃったかなあ。」


 卯辰が何気なく溢した独り言に、先川原は悪戯っぽく返事してみる。


「それは、探していたからだよ。」


 驚いた顔で先川原を見る卯辰に、先川原は言葉を続ける。


「犯罪に巻き込まれたんじゃないかと思って、結構心配したんだよ。」

「そんな笑顔で?説得力ないなあ。」


 先川原の満面の笑みに、卯辰もつられて笑ってしまう。


「うん。心配したんだよ。」


 先川原は急に真面目な口調になり、同じ言葉を繰り返す。


「だから、今まで何してたか教えて?」


 卯辰は口を噤み、やや困った顔をして顎に指を置く。先川原は静かに卯辰の返事を待ちつつ、商店街から自分の方へゆっくり向かってくる聞きなれた1つの足音に耳を澄ませた。


「ちょっとね。なんというか男と女の秘事というか……」


 少し顔を赤らめてそんな古風な表現をする卯辰を見ながら、やっぱり恋愛は人を変えるんだなと先川原は思う。以前の卯辰はさっぱり恋愛に興味なくて、異性より同性と一緒にいたほうがよっぽど楽だし楽しいと言っているのを先川原は聞いたことがあった。


「まあ、実は歩袮が第二高校の男子と一緒にいるのはもう知ってるんだけどね。」


 先川原の言葉に、卯辰はあからさまに驚いた顔をする。


「何で……」


 先川原が卯辰の視線を促すように左を向くと、そこにはちょうど先川原を探して歩いてきた西吉の姿があった。

 西吉は初対面の卯辰とどう接すればいいのか分からず、少し気まずそうにしているが、先川原は躊躇無く話を振る。


「じゃあ、ハルカ。残りの説明よろしく。」

「リオネって僕に対してちょっとサディスティックなところあるよね。」


 西吉は苦笑しながら卯辰に歩み寄る。


「えと、ミキタカの友達の西吉遥と申します。噂によると、卯辰さんは家出したミキタカと一緒にいるとか。」

「ええ。」


 西吉は勢いで話しだしたのは良いが続けて話す内容が思いつかず、とりあえず話を逸らすことにする。


「まあ……えっと……そうですね……今までの流れを説明するとなると少し時間が掛かりますので……そうですね…………えっと……とりあえずミキタカに会いたいので居る場所まで案内していただけないでしょうか。事情は歩きながら話します。」

「ええ。」


 卯辰は特に悩むこともなく首肯する。卯辰としても、このあと事情を説明することになるのなら細坪が一緒にいたほうが気が楽だったので、内心では細坪のもとに戻りたいと考えていた。

 先川原は西吉を指で軽くつつく。


「ハルカ、めっちゃ敬語だったね。同学年なのに。」

「リオネだって初対面のときは敬語だったじゃん。」

「それは言いっこなしだよ。」


 卯辰は楽しげに話す先川原と西吉の関係が少し気になったが、今はまず細坪と合流すべきだろうと思い、無言で歩き出した。


 ◇


 歩くこと10分弱。特区の端にある小さな山の登り口にはコンクリート製の大きな鳥居がある。


 西吉はことの経緯を既に話し終え、3人が互いの学校での話などで盛り上がっているとその鳥居が見えてきた。

 卯辰は鳥居から続く石段の上の方を指差し、そこの神社の裏で生活していると言う。


「こんな場所に神社なんてあったんだ。」

「私も、歩き回っててやっと見つけたんだ。まさか先生も警察もこんな場所まで来ないと思って。」

「誰か、戦ってるみたいな音がするね。」


 先川原の言葉に西吉と卯辰が耳を澄ますと、まさに卯辰が指差した辺りから怒号のようなものが聞こえた。

 卯辰は焦ったように石段を駆け上がり、西吉と先川原が後ろに続く。


 石段を登るにつれて細坪と、知らない誰かが口論をする声がはっきりと西吉の耳に聞こえ始める。


「人殴るのに躊躇無さすぎだろw」

「そんなことはない!」

「能力の使い方は下手だしよ!おらっ!」

「ぐふっ」


石段を登り切った卯辰の目の前で、山廣と細坪が殴り合っている。

細坪は息が切れ、今にも膝をつきそうな様相だったが、山廣はまだ余裕があるらしい。にやけながら拳を握り、細坪に向けていた目を卯辰に向ける。


「おう、仲間候補2人目じゃん。」

「仲間候補ってどういうこと?」


西吉と先川原が石段を上りきり、細坪が今更気付いたように卯辰を見る。


「こいつ……俺らを……仲間に、したいらしい。」

「ああ。そういうことだ。」

「じゃあ何で殴り合ってるの?」


山廣は、一向に分からないという風に肩をすくめる。


「こいつ、何か悪いことをしようとしているらしい。それで、俺に協力を求めてきたんだ。で断ったら煽ってきたからこうして喧嘩になっている。」


西吉は呆れた顔をする。


「じゃあ先に手出したのはミキタカなのか。」

「…………うん。」

「ところでその、悪いことってなに?」


山廣は既に上がっていた口角をさらに上げる。


「言えるわけねえだろ。警察にバレたら計画が台無しだ。」

「つまりは罪に問われる類の犯罪ってわけね。その“悪いこと”によっては協力してもいいかなと思ったけど、犯罪には加担できないなー。」


卯辰は残念そうに首を横に振る。そして大きく地面を踏みつけると、タンッという音とともに卯辰は山廣の後ろに現れる。


「ってことでお引き取り願います。」


背後からの声に反応して振り向きざまに殴り掛かった山廣の拳は卯辰の体をすり抜け、山廣はバランスを崩して地面に突っ伏す。


「ミキタカくんはリオちゃんと一緒に逃げて。西吉くんは私のサポートお願いします。」


卯辰の真剣な声に細坪はすぐ行動を始めるが、西吉は全く動こうとせずに首を傾げる。


「なんで戦う流れになってるの?」

「後々絡まれても厄介でしょ。私たちと関わっても良いことないって今のうちに理解させないと。」

「それは……ずいぶん乱暴な発想だね。」


西吉はそんな理由で喧嘩するなんてばからしいと思い、静観を決め込んだ。

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