硝子細工の映し出す先は

うさぎ

第1話

 カランカランと鈴の鳴る音が部屋の中に響き渡る。その音はこの部屋に来客が来た事を告げる音のはずが部屋の中を見渡してもそこには誰もいない。

 『またか』と、小さくため息をついて着ていた着物の着崩れを手早く直すと手を合わせて小さな声で言葉を発した。


「おいでませ、お客人。今宵は何をお悩みか」


 ゆっくりと瞳を閉じて、目に魔力を流して瞳の色を赤く染め上げて、ゆっくりと瞳を開ければそこには可愛らしいお嬢さんが立ちはだかっていた。


「座敷わらし?」

「ち、違います・・・。あ、あの・・・ここに来たら“悩み”を聞いてくれるって、聞いたんですけど・・・」


 真っ黒な髪色に方までのボブで、和服を着た幼子を見たら頭に思い浮かぶのはやはり座敷わらしなのだが、どうやら違ったようで俺は少し残念と首を捻ったが、この部屋に訪れるということはこのお嬢さんは何かしらの悩みを持って訪れているのだ。

 ふんわりと優しく微笑んで膝を曲げて床に膝をつけると、お嬢さんの視線の高さまで視線を下ろしてその顔を覗き込んだ。


「今宵のお客人は大層可愛らしい。それでは、貴女のお悩みをお聞き致しましょう」


 カツンとつま先で床を軽く蹴ると部屋の中が一瞬で移り変わる。

 小汚かった小さな小部屋は、見る見るうちに色を形を変えてひとつの部屋を形成していった。

 天井から吊り下ろされているガラス細工には深い青色で装飾が施されていて、それらが綺麗に床に文字を表していた。


『ここは何処で、君は何を求めている』


 その部屋の真ん中に古い木でできた小さな机が浮かび上がり俺が立ち上がりお嬢さんの手を取ってそこへ向かうと、机の上にティーポッドとティーカップが何もない所から出てくる。それに驚いた様子のお嬢さんは目を輝かせてその光景を見ていた。


「すごい!ここは本当に聞いたとおりの所だわ!貴方は本当に私達の悩みを解決できるのね!」

「はは、まぁ・・・一応それを生業にしていますが、絶対と言う言葉はないんですよ。さぁ、その椅子に座って。お話を聞かせてください」


 指を鳴らすとお嬢さんの後ろに彼女が座るには少し大きめの椅子が一つ出てきた。

 その椅子に座るのを見ながら、机の上に出てきたティーポットに茶葉を入れてお湯を注いだ。


「どんな悩みでもいいのよね・・・?」


 椅子に座ったお嬢さんは俺の顔を覗き込んでそう聞くとじっと瞳を覗き込んできた。

「えぇ、俺にできるかどうかは置いておいて。貴女が今悩んでいる事をここではなんでも話してください。勿論この部屋で話したことは誰にも話しません」


 お湯を注いだティーポッドを片手にそう言うと、机の上に置いてあるティーカップにお茶を注ぎ始めた。

 こぽこぽとお湯がカップに落ちて空気が蒸発していく音が部屋に静かに響いていく。

 注ぎ終わったカップをお嬢さんの目の前において、影の中から引っ張るように自分の椅子を取り出して座った。


「さぁ、どうぞ」


 ニッコリと微笑む俺に警戒を一切していない様子のお嬢さんは差し出されたカップを手に取ると小さな声で「いただくわ」というと口をつけた。

 ごくんと喉をお茶が通って行くのを見ていた俺は、天井から吊るされているガラス細工の色が緑色に変わったことに気がついた。


『悩みは、現世にあらず。』


 床にそう書き出された事に小さく首をかしげた。

 あのお茶は悩んでいるお客人の悩みをガラス細工に投影して、悩みを床に書き表すと言ったものだった。


 『彼女の悩みは現世にない。となると、過去か・・・?』

 自分の魔力を込めてガラス細工へ言の葉を念じて飛ばせば、またその色は緑から青へと変わる。


『悩みは過去にあり。貴殿に行くことが出来るのならば、この悩みは解決するだろう』


 コロコロと色の変わる装飾にも気がつかずにお茶を飲むお嬢さんへと視線を戻して、机の上を指でたたくとそこにはお茶請けのお菓子がゆっくりと出てきた。


「こちらもどうぞ。貴女の居た時代にはまだないかもしれない。クッキーと言うお菓子です」


 色とりどりにアイシングで装飾を施されたクッキーを目の前に差し出すと、お嬢さんの目がキラリと輝いた。

 その瞬間だった。

 この部屋への干渉が行われた。


「なんだ・・・?」


 部屋の持ち主以外はこの部屋への干渉権を持っていないはずだ。クッキーを持っているお嬢さんへと視線を戻せば、この源氏上にも気づかずに無垢な笑みを浮かべてクッキーを食べていた。

 なにかがおかしい。

 誰かが、意図してこの部屋へと干渉を試みている。と同時に持ち主である俺へとも干渉をしてきている。

 徐々に強くなる干渉を抑えきることは出来ずに俺は部屋の維持が出来無くなってその場に倒れ込んだ。


「ごめんね」


 消えいく意識の中でぽたりと温かい雫が頬に落ち、さっきまで楽しそうな笑顔を浮かべていたはずのお嬢さんが涙を堪えて立っていた。

 それで俺は納得してしまった。

 このお嬢さんはナニカを犠牲にさせられていて、この部屋へと誘い込まれただけだと。

 ぐるぐると巡る思考がぷつりと途切れた瞬間に俺は自分の身体の中にナニカが入ってくる感覚に襲われた。


「・・・ッ!!」

 戻ってきた意識に、瞳を開ければそこは見慣れた部屋ではなく高いビルひとつない大草原の中だった。

 遠くに小さな村が見える。

 その村の形から言って近代的なものではないな、とどの時代に飛ばされてしまったのかと自分の魔力を瞳に込めようとした瞬間だった。


「あれ・・・」


 一切魔力が感じられなくなっていたのだ。

 集中してみるけれども、意識を飛ばすその前まで確かに感じていた自分の魔力が一切関知できなくなっていた。

 はぁ、っと大きなため息を吐き出して自分の足元へ視線を落とした。

「は?」


 見覚えの無い足のサイズに、自分の今の姿が小さな子供になっているのでは?と嫌な予感がしつつも、走り出して村へと向かっていった。

 一歩一歩がすごく短い。

 やはりこの姿は子供なのか。だとしたら、自分はどうしたらいいんだ?

草むらをかき分けて走る自分の息が段々と乱れていく。

 

『くっそ、こんなの久しぶりじゃないか』


 はぁはぁと息が上がって行く。

苦しさに走る足を止めようとも思ったが、それでは今の現状を確認できない。

 苦しいけれどもあそこから見えた村へと向かえば何かがわかると思って、走る足を止めることはなかった。


「はぁ・・・つ、いた・・・っ、はぁはぁ・・・」


 ぜぇぜぇと乱れた呼吸を直すことも無く、村の入口へとたどり着いた瞬間にそれまで保っていた緊張の糸がぷつりと、途切れて土の上へと転がり込んだ。


 ぴちゃんと冷たい雫が額に落ちる感覚に瞳を開け勢いよく身体を起こして起き上がった。


「あ、起きた?も~ダメじゃない。明日が儀式だからって、倒れるまで走ったら儀式に支障が出ちゃうよ?」

「儀式・・・?」

「も~!何を寝ぼけたこと言ってるの!明日、巫女の儀式があるじゃないの!りな、貴女そんな事も覚えていないの?」


 目の前の女の子は俺を見てりなとそう確かに言った。そして明日は身に覚えのない巫女の儀式があるらしい。

 とぼけてもダメだろうな、なんて思っていたら身体が勝手に動き出した。


『え?』


「ごめんなさい、アイナ。私・・・村を目にしっかりと焼き付けておきたくて・・・」

「なによもう・・・。私だって寂しくないわけじゃないんだから」

 なんだ、何が起こっている?

 俺の身体は俺の意思を無視して動いている。

 そこで意識を失う前に入り込んできたナニカの感覚を思い出して、自分の意識の中へと潜っていった。


「おい、勝手に何してんだ」


 深層意識の奥深くに、先程見たお嬢さんの姿がそこにあった。

 大方この座敷わらしみたいなお嬢さんが先程会話に上がっていたリナと言う女の子なのだろう。だからといって、自分の身体の所有権まで渡す気は無いと少しずつ意識の奥に留まっているお嬢さんとの距離を詰めていった。


「ま、待って!」

 大きな声で俺を拒んだ瞬間、お嬢さんと俺の間に大きな壁が出来上がった。

 チッ、と小さく舌打ちをした。

 それもそうだ、この能力は間違いなく俺のモノで、それをこのお嬢さんがちゃっかりと使っているのだから。それは不快でしかなかった。


「ソレは俺のだ。返してもらおうか」

「待って欲しいんです・・・、明日、明日まで!」

「巫女の儀式ってやつか?生憎俺を騙してこの力を使おうとしてる奴をお客人とは思えない」


 この時代に飛ばされる前には確かにこのお嬢さんは俺の中ではお客人だった。

 けれども、こんな仕打ちを受けてなお、お客人と思えるほど俺は心が出来上がった人間ではなかった。


「虫のいい話だとは思います・・・でも、アイナを助けたいんです・・・お願いします・・・」


 壁の向こうでぼろぼろと涙を流しているのが伝わってくる。この距離だと魔力が感知できるらしく見えないはずのその光景が見えてきた。


「明日、だな」


 その光景にこのお嬢さんは嘘偽りをついている様子は感じずにこれは本心だろうと、壁に背をつけて座り込んだ。

 

「明日、お嬢さんがどうするかは分からない。俺はその結末をただ見るだけだ」

「ありがとうございます・・・。私、わたし・・・」


 壁の向こうで何度もお辞儀をしているその姿を直に見ることはできなかったけれども、自分の魔力を通して感じているその誠意に免じて俺はお嬢さんに身を任せることにした。

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硝子細工の映し出す先は うさぎ @usagi0880

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