後編 一件落着!
ジェスタを捕らえる悪魔の鋭い長く爪が、彼女の喉元にあてられている。
「こいつの命が惜しければ、武器を捨てろ」
「捨てないで! お願い、逃げて……」
懇願するようなジェスタを、悪魔はせせら笑う。
「俺に協力して契約までしたのに、今更遅いんじゃないのか」
「契約……!? 悪魔と契約だって!?」
ただでさえ悪魔との契約は良く思われないのに、よりにもよって勇者に選ばれた者が!? エラルドも驚いている。
「バカね……、仲間の勇者を誘い出すのに協力するって契約よ。殺すのを手伝うなんて、言ってないわ!」
「同じ事だ!!」
悪魔は怒鳴るが、なるほど。人質になって俺達がここまで追って来た、だから契約は果たされたと言うのか。じゃあ……
「契約って事は、ジェスタは悪魔に何を願ったんだ……?」
ごくりと唾を飲む。人質になれば、殺される可能性もあるのに。彼女は何をそんなに、欲したんだ?
「お金よ。祖父が商売で失敗した借金が返しきれなくて、金貸しが妹を売れって言ってきてるの……。そんな事させられないわ」
「いくら!?」
俺に頼れって言ったのに! 金貸しより安全なのに!
「金貨五十枚、今月中に払えって。そんな大金、すぐには揃えられないわ」
「俺の命はそんなに安くねえ! 増額を要求する!」
違った、本音が出た。
「じゃなくてだな、前々からおかしいと思ってたんだ。家を売って、更にこの勇者の給料でも払い切れない借金? そこまで個人で金を借りられるかって」
「……借金の総額までは、聞いてないわ」
「お前ら、いい加減にしろよ」
「うるせえ!!」
悪魔が何か言ってるけど、知るか!
「解った、お前の家に行って借金の証文を見よう。それから今まで払った額と、利息とを計算する。それで多分解決する。絶対払いすぎてるからな、ソレ。騙されてる」
「え、ウソ! じゃあ私、何の為に裏切ったの……!?」
「……ジェスタ、先にアシュトンに相談すれば良かったね……」
エラルドも苦笑いだ。
「だって、アシュトンって金の亡者みたいじゃない!」
「失敬な、俺はお金に仕える信者だ! 敬虔なるものは、信仰する対象で誰かを騙したりしないのだ!」
誤解は解けた。次はこの人質になっている状況をどうにかしないといけない。考えろ、考えるんだ俺。契約……、そうか!
「てかそこの悪魔っ! さっき見た小悪魔より、少し上くらいにしか見えねえよ! 金と引き換えらしいが、そんな大金、持ってるのか!?」
「今はないが、勇者を二人も倒したとなると、その賞金で余裕で払える」
「はあ!? 今すぐ欲しいんですけどッッ!!」
ジェスタが恨みを籠めた目で悪魔を睨んだ。
「ク……、ははは。面白い解決方法だった。これはお前の負けだ。契約が果たせないのでは」
突然男の声が響く。森で見かけた、グリフォンの羽根に犬の体の魔物がスッと飛んできて、ジェスタの近くで男の姿へ変わり、地面に立った。この前町で会った、こげ茶の髪の男。
「ラボラス」
「グラーシャ・ラボラス様!」
悪魔が様付けで読んでる。まさか!?
「私はグラーシャ・ラボラス。悪魔の伯爵だ。君達の行動が面白くて、見させてもらったよ」
ほとんど人間と一緒だな。町では全然わからなかった。ラボラスは薄く笑い、俺を見た。
「悪魔だったのか……」
「その女性を離せ。お前の契約に不備があった、これは不履行になる」
指摘された悪魔は項垂れて、ジェスタを離した。
なるほど、悪魔は契約を大事にするようだ。
「ど、どうするんだ、アシュトン。準備もなく伯爵と戦う事なんて出来ない」
顔を青くするエラルド。走ってこちらに来たジェスタも、僅かに震えている。伯爵の近くに居た上、彼女は魔法使いだ。俺たち以上に怖さが解るんだろう。俺は悪魔とも気付けなかったわけだが。
「アシュトン君は私の領域を荒らす気はないと言っていた。信じるよ。早く借金問題を解決しなさい。勇者の名が泣く」
悪魔に諭されるとは思わなかったけど、解放されたのは確かだ。後ろからザックリ、なんてないだろう。俺たちは足早に来た道を引き帰した。去る後ろ姿に、ラボラスの声が降る。
「商売したくなったら、いつでも来るといい。商品によっては顧客を紹介するよ」
うわ、有り難い上客だ! 解決したら絶対来るぞ。
また馬を駆って、急いでジェスタの家に行った。妹さんが売られてからじゃ遅いからな。両親から話を聞いて証文を見せてもらうと、確かに払い過ぎてる。こりゃ返金でだいぶ暮らせる。
俺は彼女の妹のルフィナに借金取りに金貨五十枚を渡して、これで借金は終わりかと聞くように助言して、三人で家の押し入れに隠れた。両親が仕事でいない時を狙ってくる、とんでもない嫌な連中だ。
金の工面はついて良かった。俺とエラルドで出し、足りない分はグロシン商会の支店で、頼み込んで借りられた。
やって来た借金取りは乱暴にドアを開け、金を受け取るとチッと吐き捨てて去ろうとする。美人だからな、彼女が目当てだったんだろう。
「待って! これで終わりですよね?」
「まだまだだ。文句はお前のじいさんに言え!」
「でも、どのくらいかかるかだけでも……」
必死に聞こうとする彼女の肩を、中年の借金取りの男が押してルフィナがよろける。
「これは利息分だ。まだ同じだけ、かかるだろうよ!」
よし! もういいだろう!
「ふざけんな! もう払い終わってる! それを受け取ったうえ、まだかかると言ったな!」
「誰だテメエ、文句あるのか!?」
「あるに決まってる!!!」
胸ぐらを掴んできたから、引っ張られるまま頭突きを食わらしてやって、緩んだ手を外した。
もう一人いた男が反射的に殴ろうとしてきたので、先に足の裏全体で腹を蹴り飛ばす。気持ちいい倒れっぷりだ。
「やったあ! アシュトンやるじゃない!」
ジェスタが手をたたきながら出てくる。彼女の横に並び、借金取りどもに
「お前ら、誰の家か知っててやってんのか! 彼女の姉は、俺たちと一緒に勇者として啓示を受けてる。その妹を売り飛ばしたなんてなったら、そっちこそ破滅だ!!」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせてこちらを指さす。
勇者活躍のビラがまかれるんだよね、顏くらい知ってるだろう。
ジェスタの家族は住んでいた家を取られて、家賃の安い地方に越して来ていたから、周りの人も彼女の身内だと知らなかったようだ。家に帰れてなかったしね。
そのあとは憲兵も呼んで悪徳金貸しの店に乗り込み、ひと暴れして一件落着! ジェスタの家には払い過ぎた分が戻され、一気に生活は楽になった。他にも余罪はあり、調べてどんどん返金していくらしい。
「うーん、啓示って悪を倒せって事なんだよな。別に魔物とは言ってない」
「そうだったね、アシュトン。何か考えさせられるなあ」
ジェスタは家族と過ごしている。俺とエラルドは宿でちょっと一休み。
「こういう、人の間の悪も、人を襲う悪も、倒して行かなきゃな!」
「もうジェスタが報奨にこだわらなくて、いいからね。今まで以上に好きにやって行こう」
ベッドに大の字で倒れた。ツインだけど、なかなか広くていい部屋だな。
ちなみに対立構造としては、人と魔物、天使と悪魔が戦う事になってる。悪魔が人に害を成す時は、追い払ったり倒したりするのは俺達の役目だけどね。その時に天使の助力も得られるのが、勇者の特権のひとつ。
「悪魔との商売って、ありかな~」
「……それは、知られたら怖いんだけど……」
「ラボラスに来てもらう分には、バレなそうだったな。うひひ」
「僕は何も聞いていないからね。それより勇者には賞金がかかってるみたいだけど、関係して大丈夫なのか?」
「ラボラスやお前らみたいな支配階級は、賞金稼ぎじゃなくて、賞金首を作る方だろ」
気の弱いやつだな。まあ貴族は王に仕えるからなあ。
俺は商人、金に仕えるのだ。
まずはまた、魔物を倒して……
「さてお役立ち、山越えすら軽くこなす、このグロシン商会のブーツ! これは絶対必要だ、それにこの杖。魔法使いジェスタを支える、これしかないという逸品! 美人で有名な彼女の妹ルフィナが使っているのは、グロシン商会の最新アイテム、潤いアップグロス!」
「ちょっとアシュトン! 妹が美人はいいけど、私は!?」
すっかり元気になったジェスタは、口上にツッコミを入れるようになった。笑いも取れてる、いいぞ! チームワークはバッチリだ!
グロシン商会、今月の売り上げも期待できるな!
商人勇者アシュトンの討伐記 神泉せい @niyaz
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます