中編 罠
アンゴント大蛇を倒し森の中を少し進むと、村に続く細い道があった。俺達は休憩がてら寄ることにした。ついでに魔物退治の御用聞きも出来るわけで。こういう情報収集が、収入の糧にもなる。
木の柵が巡らされた村に入って行くと、慌ただしく人が移動したり、大声で何かを訴える声が響いていた。
「何かあったみたいね」
これは金の匂いがする。行くしか選択肢はないだろう!
「行こうジェスタ、エラルド! 皆が困ってる」
「アシュトンの考えてる事、よく解る気がするよ」
鋭いな、エラルドは!
アイツは貴族のボンボンだから、余裕なんだよな。
「どうしました?」
ジェスタの黒い瞳が、一人の村人を捉えて声をかけた。
「間の悪い時に……、大丈夫か? さっきとてつもなくでっかい蛇が村の近くに居て、皆で協力して森の中へ追いやったんだ。会わなかった?」
「それなら僕たちが退治したよ。黒っぽいアンゴント蛇だろう」
自慢げに頷くエラルド。村人の男性は瞠目して俺達を見た。
「たった三人で! 強いんだな、アンタら……! 助かったけど、それだけじゃないんだ。何人かが急に具合が悪くなって、肌の色も青紫で」
「……まさか、あの蛇に触れたの? 皮膚に毒があるのよ、解毒薬を早く!」
「毒だって!?」
俺はすかさず空間収納から、二つの薬を取り出した。
「そんな時こそグロシン商会の、この解毒薬! 皮膚なら軟膏を塗ってしっかり布をかぶせて。ヤママンリョウの根を配合した解毒の粉薬もあるぞ! さあ、使ってくれ! 置き薬もすると便利、どんな時でもグロシン商会、薬も武器も、グロシン商会!」
……決まった。
村人の男性はポケッと間抜けに口を開いて見ていたけど、受け取って毒で苦しんでいる人のもとへ走った。
「病を振りまくし、熱や腹痛も出るんじゃないか? 他のもあげたら?」
「あ、バカ!」
冴えてるな、エラルド! ジェスタはこの口上が恥ずかしいらしく、嫌がるんだよな。商売とは些細な感情に左右されるものであっては、ならないのだ。
「この薬! 体ぽかぽか、熱はスッキリ! グロシン商会
と、まあこんな感じで薬を売り込み、お昼ごはんと携帯用の水を貰って村を後にした。いい仕事したなあ。
森を更に歩いていたら、犬型の魔物が途中で襲って来た。走って来たのを躱し、すれ違ったそいつは既に真っ二つだ。単純な動きの奴は斬りやすい。
視線を感じた気がして振り返ると、一羽の鳥がこちらを見ているだけで、何もしてこない。グリフォンに似た翼を持ち、体は犬っぽいし魔物だろうけど、危険のないものはわざわざ排除する必要はない。
「ジェスタの家って近いかな?」
「まだ何日もかかるわ。山の中の盆地にあるの。わりと都会よ」
遠くの山を見ながら尋ねると、別の山に視線を移したジェスタが懐かしそうな眼をした。見るべき方角を誤ったようだ。そうか、あっちが西だったか。
彼女が出てから家を取られて引っ越したけど、親戚が住む町だから、場所は覚えているみたいだ。
「この森を抜けると平野になる。それから山を二つくらい越えたところだっけ?」
「詳しいのね、エラルド。確かそうよ」
「僕は地理もそれなりに教わってるからね」
貴族の余裕か。クッ。俺は計算なら二人に負けないぞ。金勘定も、誰より早い自信がある!
「キャアア!」
「女性の悲鳴だ、急ごう!」
フェミニストのエラルドは、女性が絡むと動きが早い。俺たちが駆けだした頭上を、さっきのグリフォンの羽根の犬が飛び越えて行った。
女性の冒険者グループを襲っていたのは、キュクロプスだった。一つ目で青黒い肌をした、凶暴な巨人。知能は少なく、背は針葉樹より高いが、巨人の中では小さな方だ。
手には体に見合った巨大な棍棒を持ち、女性三人が散らばって逃げるのを誰を狙うのでもなく振り下ろす。
「ドリロン、レドリロン、レディリロン! 敬虔なるものに救いをもたらしたまえ。慈悲深き御手にて花びらの如く掬いあげ、盾となりて守りたまえ!」
ジェスタが魔法を唱えて杖をくるりと回すと、女性たちの前に壁が出来て巨人の棍棒をガチンと弾いた。すごいな、完全に防いでまだ余裕がある!
「テトラグラマトンの示される御方、いと高き万物の主。矢に焔を与えたまえ、破魔の力にて敵を貫け!」
ある程度近づくとエラルドは、止まって弓を引いた。矢が黄金色の火に包まれて飛んでいく、必殺技だ。巨人に当たってボウッと紅い火を噴き、キュクロプスを炎が覆う。二発、三発と続けたところで、俺が巨人のすぐ近くまで辿り着いた。
「グギャオオオゥ!」
「しゃッああ!! 行くぞ!」
痛みと熱さで暴れる足を避け、振り回された棍棒を握った手の反対側まで振りきるのを待って、跳んで肩に乗った。一つしかないその目がこちらを向く前に、剣を掲げて天を示す。
「偉大なるテトラグラマトンの示す御名において! 剣よ、闇を裂く光となれ!」
さらに跳んでキュクロプスの頭に乗った時には剣身がまばゆく発光し、銀のミスリルが透き通る白になる。後ろに跳び降りつつ、背中を一気に切り裂いた。
巨人の断末魔の咆哮が空に響く。
地面に降りたら、次にするのは避難。どこに倒れるか解らないからな。
膝をつき大地に倒れた巨人は、もはや息をしていなかった。討伐終了だ。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございました……!」
彼女たちはランクの高くない冒険者で、別の依頼で来ていたのに運悪くキュクロプスに遭遇してしまったそうだ。本当についてないな。でも、このグロシン商会の武器と防具で安心、と言おうとした時だった。
「来ないで!」
後ろからジェスタが叫ぶ。
エラルドと二人でバッと振り向くと、巨大なロック鳥がジェスタを掴み、羽ばたいた所だった。
巨人に気を取られてしまった!
なんてことだ、上空から彼女に狙いを定めて降りて来たんだ。落ちるよりもはやい速度だ、存在に気付いた時にはジェスタには逃げる暇もなかったのだ。魔法なんて使う余裕もない。
彼女を掴んだ巨大な灰色の鳥は空に舞い上がり、撃ち落とすにも遅すぎた。地面に落とされれば、ジェスタが死んでしまう。空を自由に飛べる魔法なんてないんだ!
一度神殿で啓示が来る日に、神様に空を飛ばせて下さいと願ってみたら、羽根を授ける事になるから天使になるぞ、と返答があった。さすがに遠慮した。融通が利かないなあ。羽のある人間でもいいじゃない。
啓示は勇者になると数年に一度おりるよ。それで最後に勇者辞めていいよ、ってくるんだ。そしたら終了。継続確認なのかな、アレ。
ちなみに勇者じゃなくなると、
俺達は女性グループと別れ、二人でロック鳥が向かった方向へ急いだ。途中の町で馬を借り、出来る限りの速度を出した。勇者だ、緊急の要件だと言えば、返さなくていいって言ってもらえる。助かるな。途中の馬の乗り換えも、そんな感じでオッケー。
国境を越えると、そこは魔族領。もともと悪魔の領域だったから、ギリギリまで領地を伸ばしたんだけどね。突然おどろおどろしい雰囲気になる、という事もなく、進むとちょっと暗くなって変わった植物が生え、魔物も多くなるくらいだった。小悪魔らしきものがウロついているけど、こちらに手出しをしてくる様子はない。悪魔にも戦闘職とか、あるのかな。
森がきれて開けた所に岩場があり、岩で出来た大きな山が
罠だとは解るけど、ジェスタを見殺しにはできない。エラルドの意志も確認したが、やはり罠でも助けに行こう、という事だった。
固い土の道を歩くと、林のように何本も立った岩の間に二人の姿がある。ジェスタだ。腕を縛られて、角の生えた悪魔らしき男が、彼女を掴んでこちらを見ていた。杖は地面に落ちている。
「……よく来たな、勇者。わざわざ来たなら解るだろう。この女かお前か、どちらかが死ぬんだとな」
「ジェスタ! 待ってろ、今助ける……」
「……来ないで、逃げて!!」
泣きそうなジェスタの声が響いた。
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