商人勇者アシュトンの討伐記

神泉せい

前編 選ばれちゃいました

「隠れろ」

「きゃああ、助けて!」

「どけよ、オイ!!」

 飛龍は通常のドラゴンより弱いけど、速度は速い。それが町に向かっているというので、町の中は大混乱だ。家や店の中に駆けこむ者、何処かへ向かって走る者、呆然と立ち尽くす者。

 翼を広げ深緑色の鱗に覆われた飛龍は、高度を下げて町に狙いを定めていた。


「ウェシシブ、アバビブ、ラプラピロン! 偉大なる名の御方、光と闇を作りし言葉の力にて、全ての悪を打ち払え。天の正義たる閃光の鉄槌を落としたまえ!」


 俺の仲間である女性、黒髪のジェスタが杖を天に掲げると、忽ち空には黒い雲の渦が何層にも巻き、中心から轟音と共に雷が落ちた。

 飛龍の背に当たり、町に辿り着くことなく地面にドオンと横から倒れる。


「さっすがジェスタ! 後は任せろ!」

 俺はミスリルで作られた剣を振り上げ、千年生きた杉のように太い飛龍の首を、一刀両断に落とした。

「僕の出番はなかったね」

 黄緑の髪のエラルド。構えていた弓を降ろし、矢を矢筒にしまった。


「おお、勇者様!」

「あの方々が、神様に選ばれた……」

 飛龍を簡単に倒した俺たちに、村人が祈るような視線を向ける。その中に逃げる途中、転んで怪我をした女性を見つけた。

「怪我をしてるね」

 俺はなるべく警戒されないような笑顔で近づき、空間収納からある物を取り出す。傷薬だ。


「これはなんと! どんな傷でも忽ち治る、グロシン商会の傷薬! さあ、これをあげよう、使ってくれ。グロシン商会の傷薬を使い、俺たちは今までこの冒険を続けられたんだ! この鎧もグロシン商会で買ったもの、丈夫で長持ち、保証付き!」

 集まっていた町民達は、ほおおと感心して傷薬に注目している。しめしめ。

「……ねえアシュトン。そのくだり、毎回やらなきゃダメなの?」

 ジェスタとエラルドは飽きれ気味だ。


 俺はもともと、グロシン商会の会長の次男だった。兄と一緒に、この冒険用品を手広く扱う商会を更に大きくしようと、幼い頃に約束していたのだ。

 このシュノール国の民は皆、十歳になった日に神殿へと挨拶に行く。そこで俺に、勇者となって悪を倒すよう啓示が来てしまった。神の啓示が降りたものを断ることは、許されない。なのでそれから剣の稽古にいそしみ、同じく啓示が降りた二人の仲間と、十八歳から冒険の旅を始めたワケ。町を襲う魔物などを倒しつつ、国から給料をもらっている身だ。

 だが一緒に店を盛り上げようと誓った、兄との約束を忘れたわけではない!

 なので、行く先々で商品を宣伝している。おかげで売り上げは右肩上がりだと、兄も父もとても喜んでいる。隣国にも支店を出せそうな勢いだ。


 町では歓待されて宴まで催され、宿も無料。

 いやあ、いいね。自分の金じゃない酒はうまい!

 ふと仲間の様子を見ると、エラルドは笑顔で楽しんでいたけど、ジェスタは考え事をしているようで、浮かない表情だ。

「どうした、ジェスタ? 嫌いな食べ物でもあった?」

「……違うわよ。……家族に会いたいなって」

 それだけ言って、黙ってしまった。もう一人女性メンバーがいれば相談しやすいんだろうけど、メンバーは啓示が降りないと増やせない。エラルドも会話が聞こえていたようで、俺の肩に手を置いた。

「アシュトン、その内ジェスタの故郷の様子を見に行こう。どこに行けとは決められていないんだ、仕事さえしていれば許されるだろう」

「そうだな、次の目的地はそっちにするか! で、どこ?」

「覚えてもないじゃない」

 黒い瞳が細められて、ジェスタが笑った。


 最近、彼女は考え込むことが増えた気がする。十歳から家族と引き離されて修行だもんな、選ばれたからって辛いよな。

 俺達より少し年下で、彼女は二十二歳。確か借金のカタに土地を取られて、家族の住む場所がなくなったから、この給料をほとんど家族に送っていると聞いた。苦労人だ。ウチに頼めば援助できるし、国からも補助してもらえると思うんだけど、これで皆が生活できてるから、と遠慮するんだ。ウチは金貸し業はしてないから、安全なんだけどなあ。


 なんだか酔いが醒めて、外に出た。町はまだ人が行き交っていて、笑顔で手を振ってくれる。


 町の塀の周りを歩いていると、背の高い男性が立っていた。

「飛龍を倒した英雄のおいでだ」

 さすがにみんな知ってるな。

「はは、ほとんど俺じゃなくて、魔法使いのジェスタがやってくれたよ」

「ああ、強い魔法だった。だがその剣もいい品だ」

「お目が高い! グロシン商会がお抱えの鍛冶職人に作らせた逸品で、竜でも玄武の甲羅でも斬れる。とびっきりの剣なんだ!」

 いつもの口上で剣を抜いて見せると、相手はこげ茶色の髪を揺らして笑った。肩につくくらいの長さだ。


「変わった勇者だ」

「俺はアシュトン、グロシン商会の会長の次男でさ。本当は商売したいんだよなあ」

「戦うより売り買いが好きか?」

「一度だって、戦いたいなんて言った事はないもんだ」

 俺の言葉を聞いた相手は、意外そうに問いかけて来た。

「その割に魔族の拠点に近づいてないか」

「え、こっちってそうなの? 俺、道はあんまり詳しくないからなあ。仲間に任せっきりだよ」

 魔族。悪魔達を指す言葉だ。魔物と違い、意思の疎通が図れる魔の者。彼らは人間が国を作る以前から、この世界に生息している、先住民族のようなもの……と思っているんだけど、教会とかにそんな考えを知られると矯正教育をさせられる。神の敵だからさ。


「悪魔を倒しに来たのかと思っていたが」

「教会に関係しちゃったからなあ。害をなす魔物は倒すけど、命がけで悪魔と戦うなんて柄じゃないよ。悪魔も金品を持ってるから、商売するならいくらでも伺うけど」

「悪魔と商売! 本当に面白い勇者だ」

「しまった、内緒だぞ。知られると、こっぴどく叱られる」

 話しやすい感じの男だったんで、つい本音がポロリと出た。仲間内以外には言わないようにしてたのに。両手を合わせて頼み込むと、相手は笑ったまま頷いた。

 まあ勇者らしくはないな。

「勿論。そちらも私の事は口にしないように。私はラボラス」

「サンキュー、ラボラス。縁があったら、またな!」



 次の日、俺は歩きながら仲間とこれからについて話をした。

「なあエラルド。昨日聞いたんだけど、俺達魔族の本拠地の方に向かってるんだって?」

「え? 君は気付いていなかった? 魔物が活発な地域って言ったら、やっぱりそうなるだろう。別に本拠地に踏み込むわけじゃないよ。ねえ、ジェスタ?」

「そうよ。倒した分だけ報奨金がもらえるんでしょ、一体でも多く倒したいの」

 ジェスタの家はまだ困ってるみたいだな。魔物を追って、こっちに来てたのか。


「ほら、今度は蛇だ!」

「皮膚に毒がある、アンゴント大蛇だ! 湿った場所に生息して、病を振りまく。触ったら危険だ」

 木が生い茂る間から顔を出した黒い巨大な蛇を見て、エラルドが声を荒げる。

「まずは僕が!」

 すぐさまエラルドは弓を構え、パパっと続け様に矢を放ち、三本とも蛇に命中した。突然の痛みに暴れる蛇に掛け寄り、斬りつけてすぐに退避。


「サプサピロン、ダプダピロン、ハラブラビブ! 地を這うもの、足を失いしものよ。力強き御方の威光に目を向けよ。隆起せよ! 貫きて天を示せ!」


 ジェスタが杖で地を打つと、地面がバリバリと一直線に彼女から蛇に向かい盛り上がり、蛇の真下で尖った土の槍が隆起して、貫いた。蛇はまだ動いていたが、もう先に進むことはできない。

「あとは魔法で焼き払うわ」

「そのくらいの魔法なら、僕が」

 今度はエラルドの魔法で危険な蛇を焼き尽くした。彼はジェスタほど魔法が使えないし、詠唱も早くはないけれど、こういうじっくりと使える場面ならそこら辺の魔法使い以上だ。

 俺だけが使えないんだよな……。


「やっぱり次はジェスタの故郷でいいんじゃないかな? 魔族領は南側だけど、君の故郷はここから西だったよね」

「ええ、そうよ……」

 エラルドの確認に、喜ぶと思っていたジェスタは意外と困った表情だった。

「……あ、もしかして魔物を倒すのが減ったら、報奨が減るから気にしてるんじゃね!? もっとこの辺に居た方がいいか?」

「だ、大丈夫よ。たまには家族と顔を合わせたいし!」

「ならいいけど……」


 うーん、やっぱり悩むみたいだ。

 素直な気持ちを言ってくれないと、解らないんだけどなあ。

 しかし観客が居ないから宣伝ができない。俺には無駄な討伐だった。

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