第61話「後日談」
「カレーにスパイスが必要なように、人生においても『刺激』は重要なスパイスなのよ!」
今日も今日とていつもの放課後、図書室に来た僕を迎えたのは雫のそんなセリフだった。
「……つまり、どういうことかな?」
僕がそう言うと、雫は『まったく、この男は何でこんなことも分からないのかしら!?』と言いたそうに目を吊り上げて一気に喋りだした。
「まったく、この男は何でこんなことも分からないのかしら!?
一応とは言え、貴方は私の……か、かか、彼氏なんでしょ! だったら、今の言葉で私が伝えたいと思っていることの100%とは言わずとも、せめて99%以上はくみ取るというのが……か、かか、彼氏としての務めではないのかしら?
だというのなら、これくらいのこと、ニュートンに見つめられたリンゴが木から落ちるように……または、ウィリアム・テルの放った矢がリンゴを射抜いたように、できて当然のことではないのかしら!?
歩、貴方は一体この数ヶ月間私の何を見ていたのよ!」
うーん、最近は主に雫のうなじとかかな……?
あと、別にリンゴはニュートンに見つめられたから落ちたわけじゃないし、ウィリアム・テルの例えは『矢の刺さったリンゴ』の逸話を知らない人には伝わりにくいんじゃないかな?
まぁ、どうせ最近それら関連の本でも読んだのだろう。
最近気づいたことだが、雫のこの長い例え話はどうやら自分が本で読んだ知識を『誰かに教えたい』という欲が無意識に出てしまっている結果だと思う。
だけど、雫の場合は僕以外に話し相手がいないから、こうして毎回放課後にしかその欲を発散できないのだろう。
「いい? 確かに私達は彼氏彼女としての関係になったわ。だけど、それは人生の始まりでしかないのよ!
この関係が永久不滅のものだとして安心しきっていればそれは人生が停滞していることと同じなのよ! 例えば、歩の大好物がカレーだとしてそれを毎朝、毎昼、毎晩、365日同じカレーを食べ続けられるかしら? 無理でしょう? ええ、だってそれだけ同じ物を食べ続けていれば『飽きて』当然だもの!
だから、こそ味の変化……そう変化という名の『刺激』が必要なのよ!」
「つまり、雫は僕という存在に飽きたということかな?」
だとしたら、これは雫なりに気を使った遠回しな『別れ話』ということになってしまうわけだけど……
「ばっ! あ、歩! 貴方ってばバカなの!?
いいえ、ここまで言って分からないということはむしろ私に嫌われるのが嫌でわざと気づかない振りをしていると言ってもいいわね。でも、歩。安心していいわよ? 例え、貴方がどんなに友達のいない悲しいぼっちであったとしても!
わ、私だけは……そ、そのぉ……貴方を見捨てたりはしないもの……
――って、か、勘違いしないでよね!?
これは私が貴方にゾッコンってわけじゃなくて……か、彼女として! そう! 貴方を一度は私の彼氏として認めた以上、それを見捨ててしまったら、あの時貴方を『彼氏』として認めた私の決断が『間違い』だったことになってしまうもの!
いい? 私はこの世の万物からも認められるほどの『完璧美少女』の雫ちゃんよ! その私が貴方を『彼氏』として認めた以上、貴方を見限るなんてことは……あ、ありえないんだからね!?」
……なんか、よく分からないけど猛烈なラブコールを聞かされた気がするのは気のせいかな?
まぁ、とにかく僕が雫に嫌われたという心配はしなくてよさそうだな。
「じゃあ……結局、雫は何が言いたいのかな?」
「まったく! 歩てば私がここまで懇切手稲に経緯まで含めて説明しているというのに、まだ私の言いたいことが分からないのかしら!?」
うん。だって、その経緯とやらの説明が長すぎるんだもん。
できれば、結果だけを簡潔に伝えて欲しいまである。
いくら、雫が『完璧美少女』で可愛いと言っても、流石にこれは面倒くさ――
「だ、だから……二人で映画を見に行きたいって言っているのよ!」
――え、そういう話なの……?
「人生には刺激ってスパイスが大事って言ったでしょう?
私達って付き合っているのにあまりデートもしてないし……それに、映画も最近流行っている風邪の所為で行くの控えてたじゃない?
だから、このままだと私が歩を見捨てなくても退屈した歩が私に飽きるんじゃないかって……べ、別に! 単に私がホラー映画を見に行きたいわけじゃないからね!?
ちょっと、気になっているホラー映画があるけど、それが私の苦手なガチ目のホラー映画なのか、私の好きなB級ホラーなのかが分からないから歩と一緒に行きたいとかじゃないし……これは、そう!
歩が私とデートできてなくて、退屈しているかと思って誘っているだけなんだから……か、勘違いしないでよね!?」
なるほど……どうやら、単にホラー映画が見たいだけだったようだ。
そういえば、最近公開された映画の中に雫が好きそうなB級ホラーっぽいけどガチホラーにも思えそうな映画があったな……。
多分その映画のことを言っているんだろう。
つまり、これだけの時間をかけて雫が僕に伝えたかった事とは……。
「じゃあ、見に行く……そのホラー映画?」
「そ、そう……? まぁ、歩がどうしても? そう! 歩がね。どぉーーーーしても、この完璧美少女である彼女の完璧可愛い雫ちゃんと、どぉ~しても一緒にそのホラー映画を見に行きたいというのなら……ええ、仕方ないからこの私が一緒に見に行ってあげてもいいわよ!」
こういうことだろう。
うん、100%とは言わずとも、せめて99%以上はくみ取ることができたかな?
「そういえば、そのホラー映画ってミステリー好きの主人公とヒロインがとある館に閉じ込められてそこで奇妙な殺人事件が発生するっていうホラーにしては珍しいミステリー要素があるホラー映画らしいのだけどね!」
因みに、そのホラー映画は前に調べたらホラーの皮をかぶったゾンビパニックものだったんだけど……
「ねぇ、歩! どんなB級ホラー映画なのか楽しみね♪」
……うん、雫には黙っていた方が面白そうだな。
ぼっちの清水さんが、僕を見ている。 出井 愛 @dexi-ai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ぼっちの清水さんが、僕を見ている。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます