第3話


 最近、家族ものの映画をネット配信で観ることが増えた。

 まるで引き寄せられるようにクリックして、じっと息を止めるみたいにエンディングまで観ていた。


 今日は立て続けに二本観ていた。

 ひとつは夢に生き続けている両親に育てられ、振り回されても自分の人生を手にした女性の話。

 その両親たちはホームレスになっても、夢に生き続けている。

 そんなある日、望まない再会をしてしまい、両親と暮らした日々を思い出しつつ、父とした約束の懐かしさから観る者に何かしらの感情を揺さぶりつつも、親子関係には言い表せないものがあると思わせる映画だった。


 そして、二本目。

 ある男がニューヨークの、真冬の寒空の下でホームレスになる話。

 ぷちんと切り取られた人生の一部を、すれ違った他人が見るような撮り方だった。一切の感情移入をさせないような、それでいてどうしようもない感情が漂う。

 ちらちらとその男の娘が出てきては、親子関係は破綻してしまい、未来などないと感じさせる。

 エンディングが流れると、火傷の痕のように覆い隠しておきたかった私自身の過去が一緒になって浮かんできた。



「おかあさんのこと、頼んだよ」


 再会した母方の祖母はガン末期だった。

 余命宣告もされ、在宅か病院かを主治医に選択肢を与えられて、最終地点で病院を選んだ。

 私は不甲斐ない理由からずっと顔を出さないままだったが、最期に悔いを残さないようにと呼ばれた。

 そろそろ帰宅しなければならない時間帯になり、腰を浮かせた時に言われた。


「あんたしか居ないんだから。あんたのおかあさんなんだから」


 涙が薄い膜を張り、じっと見つめる祖母の眼差しを幼子が真剣さで向ける顔つきにさせていた。


「うん。わかったよ」


 返事をしたものの、温度も力もなかった。

 私は母親をサポートできない。

 そう感じていた。

 いつか──それは明日かもしれないし、現在からは見えない、霞む先にかもしれないけれど、手に負えないと放すことを知っていたから。


「頼んだで。あの子は、弱いから。あんたが支えてやってな」


 震える声は、震える体を意思表示させているように思わすほどの力強さがあった。だから、私は声に出して最後の最期まで「任せて!」と言わなかった。そう記憶している。



「おかあさん、あんたと一緒に暮らそうかな」


 夕闇がこの世のすべてを、夜の支配人に明け渡す準備をしている最中に母から言われた。唐突だった。


「ほら、この部屋だったら二人ぐらい一緒に暮らせるでしょ」


 1Kのそこそこ広いアパート。

 収納もかなりあり、住もうと思えば二人は暮らせる部屋。

 手狭になるけれど、誰かが灯りを点けたり消したりの生活は、一人で暮らすと求めてしまう。

 でも、今さら親と?

 いろいろな生活を飾る言葉を、平然と言う母の顔を見れなかった。


 両親は私が十八歳の頃に、離婚した。

 私が生まれた時には既に破綻していた夫婦なので、さして何かが問題に上がったことはない。水面下ではあったけれど、縁が切れたことで無かったことになった。


「お姉ちゃんの成人式は見守って、あんたのはどっちも来ようとも連絡もなし。あんな親にはなりたくない」


 姉は言う。


「あんたももっと我儘に言えばいいのに」


 そう重ねて言う。


「だって……ほんとうに欲しかったものも、思い出も、きちんと聞いてくれたことないし」


 私がそう返せば、姉にも思い当たる数々の記憶があったのだろう。黙ったままになった。



 いろいろな記憶が、言葉が胃の中でぐちゃぐちゃに消化不良を起こしてしまい、胸焼けの症状が出てきた。

 目の前は姉ではなく、母が居て夕飯の支度を嬉々としていた。

 かつての実家でよく見た後ろ姿だった。毎日、毎日、学校や友だちとの違和感にストレスを爆発させないようにしていた頃に、安堵した一日の締めくくりを感じた背中だった。



「そうだね。手狭になったら考えたらいいし」


「あんたが居てくれて、お母さんは心強い。嬉しいなぁ」


「うん。私もそうだよ」



 複雑な感情を処理しきれなかった。

 私が歩みだした道に、親は平然とやってくるものなのだろうか。

 比べる友だちが居ない私は、叶える気がないまま母を喜ばしていた。

 結局、両親以上に人の気持ちを踏みにじることしか、それしか学んでいなかった。

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ちいさな、とてもちいさな一瞬に ありき かい @kai-ariki

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