寝るまでのルーティン

一通り鍋を食べ終わった。

とてもお腹が満たされた。体も暖かい。


彼が眠たそうな目をしながら聞いてくる。

「お風呂、入る?」


「うん。入る。そうそう、ウチからお気に入りの入浴剤持ってきたの。」


「入れよう入れよう。ちょっとまってて、ためてくる」


はあ、やっとお風呂だ。とベッドにダイブして、今日一日を振り返る。


仕事と言っても、そんなキャリアウーマンとか言う賢い感じじゃない。

だからスーツなんて一度も着た事がない。

わたしはカフェで働いている。社員だ。

ウチから徒歩10分のカフェ。

だから電車に乗る目的はほぼこの家に来る為。

それ以外に目的なんてない。ほぼ。


「お湯、今ためてる。もう少し待っててね。」


「ああ、ありがとう。」


「……寒かったでしょう。本当に。こっちへおいで。」


彼は子どもをあやす様に私の頭を撫で、両手を広げた。迷わず私も両手を広げ彼を抱きしめる。


「うん。寒かったぁ。やっぱり人がいちばん暖かいや。」

「そうだね。もっと…暖まろう。」

シングルベッドの脇に並んで座っていた私達はそのまま布団の中へと潜り込む。


「あ…。私部屋着でもないし、ベッド汚れちゃう。お風呂から出たらにしよう。」

「………ごめん。君が帰ってきて君の幸せそうに食べる姿を見たら、無性に触れたくなった。」

「私も。君が玄関の扉を開けておかえりって言ってくれた時、抱きしめたくて仕方なかった。」


私がそう言いながら彼を見上げる。


「あー。好き。まじで好き。早く抱きしめたかった。」

「ねえ、苦しいよ。」

ごめんごめんと苦笑いしながら抱きしめていた手を離した彼は、頭をポリポリと掻きながら照れ臭い顔をした。


少しの沈黙が流れた後、聞き慣れている機械音がピーーーー と鳴った。


「お風呂、沸いたね。先に行ってゆっくり入っておいで。」

「ええ、一緒に入らないの?」

「体冷えたんだし、仕事も電車も疲れたのに、一緒に入ったら窮屈でのびのび出来ないよ。僕は今日学校無かったし家にずっと居たから、疲れてもないし、ね?」

「一緒に入りたいのに……」

「はいはい、あ、寝ちゃだめだからね。のぼせちゃう。僕、人工呼吸するってなったら興奮しちゃうから。」

「ふふっ…なにそれ。もう!じゃあ行ってくるね!」


彼はとても優しい。優しすぎる人だ。


一見恋人同士と思われる関係。


お互いが「好き」と言い合ってるとしても、それは恋愛の「好き」では無い。

友達としての「好き」でも無い。


いてはならなくては行けない存在。


「寂しい」「孤独」「虚しい」を埋め合う存在。


「好き」と言い合って、抱きしめ合って、体を重ねて、自分は今寂しくない。必要としてくれてる人がいる。悲しい人間じゃない。と思える。


湯船に浸かり目を閉じる。

やっぱりウチから入浴剤持ってきて正解だったな。

濃厚な牛乳風呂の様に白く甘い匂いがする。

湯加減も丁度良い。

「はぁーー……。」

思わず魂が抜けたかのようなマヌケなため息が出る。

もう冬だ。ハロウィーンも先々月に終わり、インスタグラムのストーリーで渋谷しか出てこなく友人達がどんちゃん騒ぎしているのを「寒そう。」と思いながら見ていた。もう懐かしい。

ちなみに私は、ハロウィーンは彼と高円寺の高架下で朝まで飲み歩いていた。

渋谷とは違いとっても静かで、とっても楽しかった。

彼と出会ってからの行事事は殆どそんな感じだ。

あ、今日って○○の日じゃん。どうする?飲みにでも行く?それとも家に籠る?的な。




ああ、出会ってもう九ヶ月か。

はたから見たらたったの九ヶ月なのかもしれない。

でも私からしたら何年も一緒に居るみたいだ。

だってこの九ヶ月のあいだほぼ毎日。いや、もう毎日彼と一緒に居るのだから。


なんでこんな彼が、高卒で学歴も低く取り柄もない。可愛いわけでもないしスタイルだって良いわけじゃない。全部全部、普通の少し下ぐらい。

の私に毎日笑顔を向けわがままを聞きちゃんとした人間として扱ってくれるのか。

逆に言うと彼は都内の、テレビでもよく耳にする有名な大学に通っている。元々専門学生だったが、浪人して入ったらしい。二十四歳には見えないくらいの童顔だ。これを彼に言うといつも怒る。

そしてとてもオシャレで背も高くもちろん顔も良い。歌もうまい。料理も出来る。

なのに何故?

五つも歳の離れている私を傍に置いてくれるのか。

考えても考えても答えなど出てこない。


それに出会ったきっかけは良くある、知人の紹介でもバイト先でも合コンでもナンパでも何でもない。

五つも離れているのだからそれは当たり前か。

私達はマッチングアプリで知り合った仲だ。

いや、知り合ったのはマッチングアプリでだが、お互いを初めて見たのはそれより前。私は勝手に運命と言っている。


私はマッチングアプリなど、色んな男性と会いまくるようになったのは高校二年生の夏頃。

その前の事を少し。


高校生になって初めてのアルバイト先がとても楽しく、先輩や社員がとても良くしてくれてまさに人生ハッピー。アルバイトってこんなに楽しいんだ。と浮かれていた。

お客様も良い人ばかり、時給もそこそこ良く、社員は男性しかいなかったが一個上の女性の先輩方や同級生、皆で仲が良かった。良すぎたんだ。

LINEもグループが何個もあったり、社員とバイト同士でご飯に行くのも当たり前。

なんて素晴らしい人間関係なんだ。と感激していた頃、そこのバイト先にはご飯を食べたり会議をしたりできる休憩室がある。

勤務が終わり着替えて帰ろうと休憩室に入ったら、たまたま社員の内の一人と居合わせた。

お疲れ様ですと他愛も無い話をしながら帰りの支度をしていたらいきなりその社員に、

「ここのバイト、楽しい?」

と聞かれた為、

「はい。すごく楽しいです。皆さん優しいし良くしてくれて、人間関係も良いです。」

と答えると、

「ああ、やっぱりそう思うよねえ。でも実はここの人間関係ってすげえドロドロなんだよ。」


その時の私は、こんな夢のようなバイト内がドロドロって、逆にすごく気になる。と興味深々になってしまい、教えてくださいと身を乗り出して聞いてしまった。

その社員の話では、あの男性バイトとこの女性バイトがこういう関係で、でもあのバイトともこういう関係で、と想像してたより驚くような内容ばかりで少々興奮気味になっていた。

するとそこに他の社員が入ってきてしまい、会話が終わってしまった。

少し残念に思いながら帰宅し、誰かからLINEが来たと思ったらその社員から『今度ご飯行こう。』

と誘いがあった。

食いつくように是非!!と返事をし、約束の日までが楽しみで仕方なかった。

約束の日、時間の30分前まで社員が仕事だった為バイト先を待ち合わせにした。

行くと、他の社員やバイトに、

今日ご飯行くんだって?


俺らの悪口言うなよ〜


楽しんでね


変なことするなよー?


などの言葉を浴びせられながら私達はお店に向かった。

話の内容はずっとバイト場の事。とても盛り上がった。その社員の黒歴史の話になったり元カノの話になったり、今考えればそれのどこに需要があるんだと言う思いだがその時は楽しかった。


その頃の私は結構真面目だった。早く帰らないと親が心配してしまう。二十三時過ぎたら補導されてしまう。だからもう帰ります、と伝え、社員のバイクの後ろに乗り帰宅している途中


「少しだけ、まだ時間があるから公園で喋ってこうよ。」


と話をもちかけられた。


多分、それに頷いてしまったのが選択ミス。


公園のベンチに座り、ご飯美味しかったね。色んな話したね。と感想を言い合ってた時、いきなり抱きしめられた。

思考が停止し、「えっ、えっ?」としか言えなく

「めちゃくちゃ抱き心地いいじゃーん」とか意味わからない言葉も入って来ず、ただただ『どうして?』が頭の中に沢山あった。


すると強く抱きしめられたと思ったら、顎を持ち上げられそのままキスをされた。

最初は軽いキスから、段々深いキスに。

どこから来るのか、理由もわからない震えが収まらなく、なすがままだった。

本当に怖い時、声が出なく体も動かないってこういう事なんだなと深く感心したのだけは鮮明に覚えているが、その他は思い出したくないのかそれともほぼ3年も前のことだからただ単に忘れてしまっているのかどちらなのか自分にもわからない。


多分ウチの近くまで送ってもらい、その日は解散した。

次の出勤の日、私がバイト達と一緒に花火したいねと会話をしているのを社員が聞いていたらしく、

『花火しようよ』

とLINEが来た。私はてっきりバイト達と、そして時間が合えばほかの社員も含めて大勢でするのかと思っていたが間違いだったらしく二人でと言う意味だと知ったのは、もう花火をする場所も日程も時間も決まってしまった後だった為断るにも断れなかった。

場所は海。時間は十四時。バイクで向かう事に。

しかし、その日は豪雨になった。

バイクに乗って向かっている時は小雨だったが海に近づくにつれ土砂降りに。しまいには雷まで。

これはきっと早く帰れる。それに花火どころじゃないだろうと心の中でとても安堵した。


当然海に着いたものの入れず砂浜も歩けずたった五分程で、帰ろうかとなった。

残念だったねーと地元に向かってる途中、いきなり社員がバイクをUターンしだして驚いていたら

「ねえ、ヤラないから雨宿りしよう。」

と言いたどり着いた場所がラブホテルだった。


その瞬間私は『あ、終わった』と悟った。


バイクから下ろされ私の荷物も持たれ腕を引っ張られ半ば強制的にフロントまで連れて行かれた。

会計を素早く終え、エレベーターに乗ってる最中に初めて声が出た。


「え………ヤラないですよ。」


その言葉が精一杯だった。


わかったってヤラないから絶対の言葉を馬鹿みたいに信用して部屋に入った自分をドブに沈めたい。

距離を置いて部屋に居座るも段々縮まってきて結局私は社員に手を引かれベッドの上に。


「ヤラないって言ったじゃん!」


「だってさ考えてみてよ。よし、今日は家帰ったら絶対勉強するぞ!って意気込んでたのにいざ家に帰ったら勉強する気失せるの。それでやらないの。まあ、それと一緒だよ。」


全く説得力の無い事を言われるし私は服を脱がそうとしてくるのに抵抗するので精一杯。

本当に、実に、なんて、どうしてこんなに押しに弱いのか。

今更後悔したって遅い。けど嫌だ。好きな人としたい。なんで好きでもない、しかもバイト先の社員とこんなことをしなくては行けないんだ。

結局最後まで抵抗は叶わず。

行為が終わった瞬間に自分の中の何かが吹っ切れた。



だって初めてだったから。


初めてって、好きな人とするんじゃないの?


幸せに終わるんじゃないの?


違うの?


私の初めてが特殊だっただけ?


もう、どうでもいいや。自分の体どうでもいいや。





それから社員とは関係が何回も続いた。

教員免許を取得し中学の教師になるから、もしこの関係が上にバレたら終わりだから絶対誰にも言わないでねと固く言い聞かされた。


当たり前だ。誰が言うか。言いたくもない。


社員に誘われてもし断ったら気まずくなってしまう。そしたらバイト生活に支障が出てしまう、と阿呆な理由で誘いを全部受け体を何度も重ねた。




最悪な日の始まりが来たんだ。

いつものようにバイトに行くと、なにやらコソコソ聞こえる。

いつも挨拶をしてくれて、面白話をし始める社員は私がお早うございますと言うとボソッとお早うございますと言うだけ。

可愛がってくれていた女性の先輩はぎこちなく笑顔を向けてくれるだけ。

何かおかしい。

前を通り過ぎる同級生のバイト仲間を引き止め、私何かしでかしたか聞いた。


『〇〇さんともしかしてそういう関係なの?』



まてまてまてまて、私は誰にも言っていない。

じゃあ誰が、まさかあの社員が?

でも言うはずがない。


それともただの噂?

そうかもしれない。関係を持ち始めてからのバイトでは確実に距離が近くなった。会話をする時も肩が触れ合うぐらい近い。だからそれを見て疑ったのかもしれない。



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