最後に……

 息子が子供の頃、喧嘩の末に息子が大事にしていた物を捨ててから、関係がギクシャクしていた。散々文句は言われたが、家にいらない物を捨てて何が悪いと言い返したらそのまま黙ってしまった。以来息子と話すことはほとんどなくなり、息子は大学に入学すると同時に勝手に家を出ていってしまった。

その後あちらからの連絡は一切ない。あの時のことは、少しは悪かったと思ってはいる。

だけど、なんなのかよく分からない物を1つ、しかも私が買い与えた物を捨てただけだ。それをうだうだと何年も引きずる方がどうかしている。夫が他界してから、女手ひとつで育ててやったのに、恩を仇で返すとはこのことだ。

 

 そんな息子から、数年ぶりに連絡が来た。今までの事を謝りたい、実家の近くに転勤になったから、一緒に暮らそうとのことだった。私はやっと自分が悪かったと謝ってきた息子に半ば呆れていた。

どうしてこんな当たり前の事にもっと早くに気がつかないのだろうか。昔はもっと頭の良い子だったはずなのに。まぁこれも一人暮らしでようやく母親の正しさが理解できたという事にして、水に流してやろう。こんな馬鹿でも一応は息子だ。一応部屋の掃除だけはやっておいてやろうと思い、私は数年ぶりに息子の部屋に入った。


 数日後、インターホンが鳴り、ドアを開けると、息子が立っていた。数年ぶりに見た息子は一回り大きくなったのか、たくましくなったように見えた。荷物は後から送られてくるのか、息子が持っていたのはリュックサックに入った、数日分の洋服やスマホの充電器などの最低限の物だけであった。 

 

 息子は出て行く前と人が変わったかのように積極的に家事を行う様になっていた。掃除、洗濯はもちろん、仕事から帰ったら私の分の夕食まで作ってくれる。おかげでここ最近一切の家事をやった記憶がない。まあ、これもこれまで散々迷惑をかけてきた息子からの親孝行だと考えれば、妥当であろう。

 

 しかしおかしなことに息子が帰ってきてから家の物がどんどん減っている気がするのだ。最初の内は単なる気のせいだと思ったが、昨日から私が大切にしまっていたネックレスがなくなったのだから間違いないだろう。

まだ昔の事を根に持っているのかと息子を問いただしたが、知らない、そんな昔の事気にしていないの一点張りである。私がそれでも詰め寄ると、息子はそんなに言うんだったら新しい物を買いに行こうと提案してきた。


  現在、息子が運転する車で家に帰る途中である。今日は朝早くから息子のオススメだというアクセサリーショップに行き、新しいネックレスを買ったのだ。帰路を半分位過ぎた辺りで息子が飲み物を差し出してきた。私はそれを受け取り、飲んだ瞬間、意識を失った。


 気がついた私はなぜが体を縛られ、後部座席に座らされていた。私が運転席にいた息子に怒鳴ると、息子は酷く冷めた目でこちらを見つめた。

それから息子は一言


「母さん言ってたよね。いらない物を捨てて何が悪いって」


と呟くと車のエンジンをかけ、車から降りていった。

クルマがゆっくりと動き出し、その先にある崖へと向かっている。くそ! くそ! 私が何をしたってんだ。恩を仇で返しやがって。私がいくら暴れようと縄は解けることはなかった。

前輪が崖からはみ出した時、ミラーから満面の笑みの息子が見えた。


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噂シリーズ(五分で読める短編集) 図書館出張所  @38toshokan

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