第2話 いつもの、ありふれた

「—つまり、中東から端を発した異能所持者は、瞬く間に全世界に広がった、というわけだ」


 若き教員平沼ひらぬまりょうは、そう締めくくって黒板を示した。

 黒い板には能力者のおおもとの発生、それに連なる世界規模の混乱が白く、ところ狭しと記されている。


「ひっくるめて“異能事変”と呼ばれる最初の混乱から、まだ半世紀も経っていない。

 この国はもちろん、世界は未だ混乱の中にある。過渡期ってヤツだな。だから、」


 まだ何か喋ろうと口を開いた平沼の言葉を、スピーカーで少しだけ割れたノイズ混じりのチャイムがさえぎった。

 昼休憩を知らせるチャイムだった。


「やべ、もうこんな時間か。じゃあ、今日はこれまで。

 宿題ちゃんとやって来いよー」


 教員が言い終わるか終わらないかのうちに、何人かが教室を駆け出していく。

 凛も教材をまとめて、近寄って来た里緒と会話しながら教室を出る。


「お腹すいたねー。今日のお昼なに食べる?」


「何にしようかな、メニューちゃんと見てないんだ。里緒は?」


「今ダイエット中で……サラダとスープだけにしようかなって」


「お昼の後は能力開発授業だし、里緒はちゃんと食べておいた方がいいんじゃない?

 能力を使うと、お腹がすくって言ってたでしょ」


「そうだけど~……」


 各教室から生徒が出てくるのを何となく眺めながら、凛はいう。

 人波に乗ってたどり着いた狭い食堂は、上は大学生から下は小学生まで、さまざまな年齢層の学生たちでいっぱいになっていた。


「りんちゃーん、りおちゃーん! こっちあいてるよー!」


 同じ寮で顔を合わせる小学1年生の少女が、凛と里緒を手招いた。2人揃って声の方へと向かう。


「ありがとう、波留ちゃん」


「あのね、あのね! 今日のごはん、オムライス! おいしかったよ!」


「はるちゃんはもう食べ終わったの?」


「うん! それじゃあわたし、ののちゃんと遊ぶやくそくしてるから!」


 小さな手を元気よく振ると、波留はるは駆けていった。


「はるちゃん、ほんと元気だね」


「本当にね。

 私達もご飯食べちゃおう。里緒、何がいい?」


「サラダとスープと……オムライスかな?」


「はいはい、了解」


 凛が2人分のオムライスを取ってきて、並んで食べながらつかの間のお喋りを楽しむ。

 今日の昼食の味、平沼教員の話、宿題への愚痴、昨晩のラジオの感想、学園内に来る購買への不服、などなど、高校2年の女子が2人で、昼食中の話題が途切れるはずもなく。


「やっと今週が終わる!

 残すところ、あとは能力開発授業だけだね」


「その開発授業が一番つらいんだけどな……

 それより凛、今週もまた?」


「うん。一応、あさっての購買には顔を出すつもり。服は欲しいしね」


「凛と一緒に買い物したいのに」


「ごめんね、里緒。おわびあげる」


 ムッとふくれて眉をひそめる里緒に、凛はプリンを渡した。

 途端に輝いた顔に、凛は思わず吹き出す。


「凛!」


「ごめん、ごめんって」


「もう、私ダイエット中なのに!」


「じゃあ、いらない?」


「いる!」


 嬉しそうにプリンを受け取って蓋を取る里緒に、凛は今度こそ声を上げて笑い出した。

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能力者だって平和に暮らしたい! 篠原 鈴音 @rinbell_grassfield

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