男の子の名前は『颯太(そうた)』と言った。

 男の子がその胸につけている名札にそう名前が書いてあったので、七実にはその赤い帽子をかぶった男の子が颯太くんであるということがわかった。


 でも、もし、颯太くんがその胸に名札をつけていなかったら、七実にはきっと颯太くんの名前はわからなかったと思う。

 なぜなら、颯太くんは、(七実に対してだけなのか、あるいはすごく人見知りをする性格なのか、わからないけど)一言も、言葉を喋ってはくれなかったからだった。


 泣いているときも、颯太くんはほとんど無言のまま泣いていた。


 七実はそんな颯太くんの座っている雲のベンチの横に座って、泣いている颯太くんの頭を赤い帽子の上から撫でながら、「よしよし。泣かないの。颯太くんは男の子でしょ?」とそんなことを颯太くんに言った。


 世界には、気持ちの良い風が吹いていた。


 七実は颯太くんが泣き止むまで、ずっとそんな気持ちの良い風が吹く、真っ白な雲の大地と、永遠に続くような青色の空と、そして、距離がずっと近くなった、明るい太陽の光を見ながら、……綺麗なところだな、ここは。七花が空の王国に行こうとしたことも、なんだか、こんな美しい風景を見ていると、ちょっとだけわかる気もするな、とそんなことを思っていた。


 颯太くんが泣きやんだのは、それから五分くらいしたあとだった。

「もう大丈夫?」と七実が言うと、颯太くんはこくんと無言でうなずいたあとで、にっこりと、まるで太陽のような笑顔で、七実に笑いかけてくれた。

(そんな颯太くんを見て、思わず七実は颯太くんの小さな体をぎゅっと抱きしめてあげたくなった。本当に抱きしめたりは、しなかったのだけど)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空の王国(旧) 雨世界 @amesekai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ