第4話<完>
「じゃあ、先に帰るわ。ほどほどには」
「ああ、ありがと」
俺は教室の席に座り、ユウジの背中に声を飛ばす。
「ユウジ!」
「ん?」
ユウジは立ち止まり、首を捻った。
「ごめんな」
「もう、良いって! まあ、じいちゃんの墓参りに行って、ちゃんと謝ってこいよ。一人で行くのが怖かったら、一緒について行ってやるよ」
ユウジは、後ろ手を振って、教室を出て行った。俺は笑みを浮かべ、ユウジの背中を見送った。
日がだいぶ傾いてきた。教室に差し込む西日が、あまりにも強烈で、自然と目が細くなった。廊下から侵食してくる闇が、扉を飲み込み、教室の半分くらいまで迫ってきていた。俺は溜息をついた。
「さすがに、もう来ないか」
正直、銀時計が返ってくる保障なんかない。少なくとも、俺にはその勇気がなかった。あれは、子供だったからではない。今の俺でも返せるかどうか・・・。
俺が席から立ち上がろうとした時に、扉の前にある人影に気が付いた。驚いて心臓が止まるかと思った。影を凝視していると、ゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。俺は息を飲んで、影を見つめている。すると、教室の半分くらいのところで、ヌッと知らない顔が現れた。
小柄な男だ。誰だか分からない。その男は、体の前で両手で、銀時計を持っていた。俺は、思わず声を上げそうになったが、男の手が異常に震えていることに気が付き、声を押し殺した。俺の目の前にまでやってきた小柄な男は、銀時計を差し出した。そして、頭が膝に付くほどに、深々と頭を下げて謝罪した。同級生のようだが、顔も名前も知らなかった。数週間前に俺に告白してきた女子に、ずっと片思いをしているそうだ。そして、その女子を振った俺への意趣返しで、銀時計を盗んでしまったようだ。彼は、何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。
彼の姿を見ていると、自然と目頭が熱くなってきた。俺は、差し出された銀時計を包み込むように、彼の手を両手で握った。
「お前、本当に凄いよ。ありがとう」
その後、彼は教室を後にした。俺は彼の小さな背中を茫然と眺めていた。彼は、俺にはできなかったことをやってのけた。とても勇敢な男だと思った。俺が彼を責められる訳がない。
俺は視線を手元に落とし、返ってきた銀時計を見る。
「お帰り」
銀時計を優しく撫でた。傷一つついておらず、丁重に扱われていたのだと思うと、嬉しくなった。
今度の休日に、祖父の墓参りに行くことにした。祖父と祖母に謝罪する為に。
<完>
戒めの銀時計 ふじゆう @fujiyuu194
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