第3話 覚醒の時

 



 決闘の時間。外からは賑やかな歓声とアグナを応援する声が聞こえてくるが、俺の待合室はそれとは対照的に静かなものだった。


 模擬戦用に調整された、刃の潰された武器や実弾を撃てない銃。いずれも非殺傷の武器ばかりが壁に立て掛けられている。攻撃スキルも自前の武器もない俺の為にと用意されたものだが……。


「初めっから勝たせる気ないよなコレ……」


 軽く手にとってみたがどれもボロボロだ。第一、どの武器もうまく扱えない。唯一銃だけは使えない事もないが、それにしたって他よりマシという程度でしかない。


 おまけに銃も長大なマスケット銃であり、銃弾は一発ごとに込める必要がある旧式。用意された弾丸は十発ときた。魔法を上手く扱えるアグナにこれで勝てという方が難しい。


 魔法もなし。武器もなし。唯一使えそうなのは少し上がった気がする身体能力だけ。これで一体どう戦えば良いのだろうか。思わず頭を抱える。


『──随分と困っているようじゃなブラッドよ。そんなに苦しむのであれば、とっとと奴を殺せば良かろうに。ん?』


 またこの声だ。頭の中に響くエリーの声。もしやこれはあまりのストレスに、己が生み出した幻聴なのではないだろうかと疑いたくなる。


(……そう簡単に人を殺せるわけないだろ。第一、言うほど簡単に倒せたら俺だって苦労してない)


『これまた頼りないのう……まあ、妾の本当の力に気付いていない様では仕方ないがな』


(本当の力? 一体何のことを……)


『まあそう焦るでない。取り敢えず、戦う時にはそのペンダントを握り締めてみろ。きっとお主にとって良い事が起こるだろうよ』


「ブラッド二年生! 時間だ。早く入場しろ」


 他にも聞きたいことは山ほどあったが、ここで丁度呼び出しがかかってしまった。教師の呼びかけに従い、大人しく練武場へと足を運ぶ。


 そして、俺は目を見開いた。


「やってやれアグナ! ブラッドを痛めつけてやれ!」


「アグナ様カッコいいー!!」


 観覧席に座る人、人、人。普段であればガラガラであるはずの席は、今や人だかりで埋め尽くされていた。


 声援にヤジ、そして罵倒。バリエーションは数あれど、そのどれもが俺を蔑むものばかりだ。不快感に眉を顰めつつ、アグナを問い詰める。


「態々触れ回ったのか? 一介の生徒、それも平民如きのためにご苦労な事で」


「さてね? 僕は放課後に練習試合をするとに言っただけさ。大方僕の美しい技を見るために集まってくれたんじゃないのかい?」


 随分と露骨な戯言だ。だが、それを責めたところでこちらの立場は好転しない。何せこちらはアウェーなのだから。


「それでは『試合』を始める。正々堂々とした試合を心がける様に」


 審判役の教師がこの状況に何も言わないとなると、恐らく彼もあちら側だと見ていいだろう。かつてこれほどまでに四面楚歌の状況があっただろうか。


 お互いが所定の位置に着き、向かい合って数秒。


「──始めっ!!」


 教師の号令が響いた瞬間、右腕を勢い良く跳ね上げる。


 現状では俺にほとんど勝ち目はない。だが、唯一付け入る隙があるとしたら、開幕直後のアグナが油断しきっている状態だ。


 早撃ちクィックドロウで素早く眉間を撃ち抜く。そこで気絶してくれれば儲けものであり、痛打の一つでも与えられれば万々歳であるが。


(当たれっ……!!)


 正確に顔面を狙える腕もなく、早撃ちと言ってもどれだけ隙を付けたか分からない。そんな細々としたチャンスでも、掴み取る可能性があるのならば──


「……おっと、危ないじゃないか全く」


 ──そして、希望は打ち砕かれる。


 彼が纏う結界に当たり、銃弾は弾かれた。


 魔力で作られた障壁。恐らく彼がスキルで生み出した物だろう。油断するという事は、油断するに足る理由があるという事を俺は理解できていなかったのである。


「全く、そんな豆鉄砲で何をしようって言うんだ? そんなんじゃ僕には傷一つ付けられないよ」


 ……これ以上は打つ手がない。彼が魔法をいつでも発動出来る様になった以上、これ以上の攻撃手段を持たない俺には立ち向かう術が無くなった。


 だが、とペンダントを握り締める。


 彼女の言葉を全て信じている訳ではない。だが、ここで何も出来ず無様に負ける位なら、俺はどれだけ不確定なものにでも頼ってやろう。


 そう。例えこのペンダントが呪いのアイテムだったとしても──。


「さて、少し遊んでやろうか。取り敢えず魔法を一発か二発ぶち込んでやれば、その生意気な顔も歪むかなぁ?」


 両手に火の球と氷の球を生み出したアグナが悠然と近づいてくる。最後の気力を振り絞って胸元のペンダントを取り出し、思い切り握り締めた。


『良かろう。その願い、しかと聞き届けたぞ──』


 エリーの声が響く。その瞬間、頭の中に聞いたことの無い言葉が次々と浮かび上がってきた。


「……『目覚メヨさっさと起きろ血界ノ誓約クソッタレども』!」


 その言葉を呟いた瞬間、異変が起きた。


 ドクン、と一際大きく心臓が脈を打つ。ペンダントが赤黒い光を放ったかと思えば、どす黒い液体が何処からか湧き出し、俺の持っているマスケット銃を覆い始める。


 歓声も罵声も、今は全てが遠い。残っている本能の全てが闘争へと向き始めるのを、僅かに残された理性だけが理解していた。


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『増血』は神スキルです!〜最弱落ちこぼれの無双譚〜 初柴シュリ @Syuri1484

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