Episode26. 解消と計画と

 渋谷の街────もとい拡張現実空間が消失し、愛彩たちは倒れている二人と破壊されたドローンを確認した。すかさず事前に準備されていた救護班が駆け寄り、を医療エリアへと運んでいく。


「作戦は成功…………でいいんですよね?」


 疑心暗鬼にメリスがそうエレンに訊ねると、エレンは甲高い声を張り上げて笑った。そのエレンの回答を補填するように、愛彩が口を開いた。


「心配はありませんよ。佑月ちゃんが《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を使えた。敵役ドローンを倒すことができ、そして生存している……それだけでも十分です」


 加えて、《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》の能力アビリティを変更しても問題なく機能が発動する事が確認でき、拡張現実空間バドの試験的利用もできたとなれば十全過ぎる結果であると言えるだろう。

 しかし、そんな結果を得られたにも関わらず、少々困惑したような表情を見せているのは、アスタリアだ。


「どうかしたんですか」

「いや、その、なんだ────その………もう少し滝沢翔吾を気にかけてやればどうだ?」


 アスタリアの目線の先には敵役ドローンに体中を撃たれまくり、倒れ伏せている翔吾の姿があった。しかしその身体に一つとして傷などついてはおらず、また地面は血で染められてなどいない。


「そういえば………大丈夫ですか、翔吾君?」


 愛彩は近くに駆け寄ってそう呼びかけ、ツンと頭を小突く。

 すると、死んだはずのその体はピクリと震えて仰向けに転がった。


「それで? 『仮想弾』を受けた感想は?」


 愛彩が微笑してそう問いかけると、翔吾は苦笑いで一言、


「……………………………………………死ぬかと、思いました」



***


 時間は遡り────秘匿を喪失した作戦会議にて。


「滝沢…………滝沢佑月だ。もし上手くいけば彼女を戦力として迎えられるかもしれん」


 その一言から、この作戦の概要は話されていた。


「滝沢佑月…………今は特居特別住居エリアに隔離されている、滝沢翔吾の妹か?」

「ああ、そうだ」

「一体なんの冗談だ!」


 流石に耐えきれずに怒声を上げるアスタリアをメリスが宥める。エレンはその大声に何一つ表情を変えることなく、冷静に話を継続し始めた。


「落ち着いて話を聞け、アスタリア=デュフォード。彼女をこの実験………いや、作戦の対象とするのには、大きく三つの理由がある」


 その理由とは即ち。


「まず第一に、彼女の精神状態が不安定であること。つまり、感情が大きく揺れ動きやすいということだ」


 仮にもし、《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》が本当に使用者の情に連鎖的な反応を起こしているのであれば、被験者としては申し分ない話である。


「二つ目、その情動反応を作為的に起こすための存在がいるということ」

「…………滝沢翔吾君、ですね」


 滝沢兄妹は共依存の関係にある。その依存関係を意図的に崩すことができれば、ほぼ確実に感情が乱れることはまず間違いないだろう。


「そして三つ。この作戦を受けて滝沢佑月が現状の精神不安定の状態から脱した際、ワシたちにメリットがあるということだ」

「メリット?」


 怪訝そうに眉を顰めるアスタリアに、エレンが口の端を吊り上げる。その表情にアスタリアが苛立ちを感じたことを察知したメリスが、仲裁に入るかの如く口を割った。


「か、彼女は『神の機械手デウス・エクス・マキナ』と呼ばれていたほど凄い人でですね────────」


 と、愛彩が以前メリスに話した内容をすべて暴露する。


「というか、エレンさんは知ってたんですね」

「まぁ、開発業界では有名な〝噂〟だったからな。それが実在したとはさすがに思ってもいなかったがな」


 以前愛彩が聞いた話では、現代科学技術の約六割を躍進させた幻の存在とまで言われており、そんな話を耳にすれば、誰しもが真偽を確かめることもなく「嘘だ」と笑うことだろう。────故に〝噂〟であり、〝幻〟であったのだが。


「でだ、滝沢佑月の技術能力を用いて何をする気だ?」


 ようやく暴露話が終わったようで、アスタリアが向きなおってエレンに問いただす。


「決まっているだろう………それは無論、《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》の解明とその能力アビリティの開発を主体に助力してもらうつもりだ」


 そうエレンがアスタリアに告げると、「わかった」と一言、納得の言葉を口にした。

 現段階においてAIに勝利するための可能性があるのは《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》だけであることを十分に理解しての反応だろう。


「あの、エレンさん。少しいいですか?」


 と、ここで愛彩が口を開いた。


「この作戦で、佑月ちゃんに《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を装着させるのは危険じゃないかと思うんですけど…………」


 当然のことだろうが《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》の使用実験を忘れているわけではないだろう。ましてや佑月がろくに摂食もしておらず、衰弱していることを踏まえるとなおさらだ。


「そこに関しては問題ないぞ。こいつゼウスと………あと、〝アレ〟を使うからな」

「………?」



***


 物体を完全に複製する大型機器、《ゼウス》の特性は二つある。

 一つは物体・物質の完全な把握と理解。そしてそれを複製する再現性。

 その前者────『物体・物質の完全な把握と理解』の特性を用いて、《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を読み込み、仮想武具として佑月に装着させる。こうすることによって、万が一の場合も佑月が命を落とすことなく、そして《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》の複製実験並びに、使用実験が成立するという、なんとも上手く出来過ぎた気もするが、合理的な方法であったと言えるだろう。


「で、なんで俺を殺す必要があったんです………?」


 ─────そんな回想も束の間に、医療エリアに運ばれた翔吾は、付き添いである愛彩とエレンに苛立ちの言葉を投げかける。


「それは勿論、佑月を最も早く、かつ確実に感情を爆発させるためと言いますか………」

「がはははははははっ!」


 愛彩の言い訳じみた説明とエレンの哄笑に、翔吾はため息を一つ。


「それで結局………佑月はどうなったんですか?」


 切り替えて、真剣な眼差しでこちらを向いた。


「安心してください、眠ってるだけで命に別状はないです。共依存についてはまだわかりませんけど…………」

「いや、それについてはたぶん大丈夫です」


 そう口にする翔吾は、普段の薄い表情ではなく、色濃く笑みがこぼれていて。


「ほう、それはどうして?」


 と、エレンが訊ねると、


「妹が………佑月が強いことを────弱くないことを、俺が知ることができたから」


 佑月はもう翔吾の後ろで引っ張られ続ける存在ではなく、お互いに守り守られる存在なのだと諭した。その見解にエレンは「そうか」と一つ返事を返し、医療エリアを去るべく踵を返す。愛彩は「じゃあまた、来ます」とエレンの後ろを追随するように車椅子の方向を変えた。


「あ、ちなみに」

「?」

「共依存関係からシスコンへの昇格、おめでとう」


 そう言い残して愛彩は医療エリアを後にし、先を行くエレンに追いついた。

 途中、医療エリアの扉が閉じるまで、何やら聞こえた声は無視して…………。


「結局、共依存からシスコンってそんなに変わってなくないか?」

「そんなことないと思いますよ。共依存の関係は彼らの行動範囲を大きく狭める恐れがありましたから」


 共依存の関係とはその名の通り、お互いが依存し合っている関係であるという解釈で間違っていない。今回の滝沢兄妹を例に挙げるなら、翔吾は『妹を守る』ことに依存し、佑月は『兄に守られる』ことに依存していた、と言えるだろう。

 《カイン》暴走の一件以前は、絶対的な脅威がある訳ではなかったために、そこまで気を配る必要もなかった。彼ら兄妹の関係は第三者から見て、ただの仲の良い───それこそブラコン、シスコンと呼ばれる───関係にしか思われなかった。

 ────────だが現在は違う。

 人工知能という莫大な脅威がいる中で、彼ら兄妹の関係は歪み、一つ『コンプレックス』と言えた関係が『共依存』という関係に深刻化したのである。


「────もし、あのままずっと依存関係が続いていたのであれば、片時も離れることができないような関係になってたかも。そうなれば、翔吾君がこの戦争に出兵することはおろか、佑月ちゃんの『神』とも称される頭脳を失うことにもなってたでしょう」

「確かにそうだな」


 ちなみに、昔………つまり、佑月が母親に殴られたあの日から、およそ数年間は絶対に翔吾から離れようとしなかった。そのせいで二人共、学校生活に支障をきたしたことは言うまでもない。


「で、一体何を企んでるんですか?」


 愛彩の一言は話題を変え、エレンの歩行を止める。


「………何がだ?」

「普通なら、佑月ちゃんを今作戦こんさくせんの対象にするわけないんですよ。でもエレン博士はむしろ佑月ちゃんを推薦した…………それって、じゃないんですか?」


 そう口にした愛彩に、何食わぬ表情かおでエレンは振り返る。

 やがて口角を上げ、ニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。


「ああそうだ、彼女………滝沢佑月の知能があれば、ワシの計画プロジェクトを進める事ができるからな」

「ちなみにその計画プロジェクトについて聞いても?」


 エレンはその問いかけに、待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべ、ゆっくりと口を開いた。



「完全武装型の《瞬間肉体強化装置アビリティ・コート》を用いた─────『超人間』軍団の結成だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リロード・オブ・リリーフ-Reload of relief- 紫雨 @Purple_rain6639

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ