第2話塩は別の用途に使われたようだった

ねえ、お伺いを立てたいんですけども、ちょっとよろしいでしょうかってうやうやしい感じで聞いてきたのがちょっとつぼだったから、塩をかけてやったの。ピリピリします、勘弁をってナメクジのなめきちがブツブツ言うから、ブツブツ言わないのって叱ってやって、そうやって叱ってあげられるのは私しかいないわけ。

もうオリーブオイルのいない生活にも慣れてしまったのかもしれないな。毎日ふれていたからって大切だとは限らないんだね、一度消えたらどうってことなかった。新しい人と一緒になって、その人がお伺いを立ててくれて、私は叱りつけて、ときどき優しくなでてあげて、そうやって関係性は限りなく接触に近いままの位置で平行線をたどって。そういう気持ちの悪い距離感が逆に気持ちいいんじゃん。そのすれすれ感さえ味わえれば、相手は誰だってよかったんじゃない?結局。私はわたしでそこはかとなく刺激のある生活をエンジョイしています。オリーブオイル、ばいばい。ばいちゃ。

ふと、青年は我に返る。私ってそんなにドライな女だったかしら。心も体もパッサパサ。乳首からサボテンが生えてきそう。

ねえ、オリーブオイル、天国ってどんなところ?吐きそう?おいしいもの食べすぎて吐きそう?生ガキ食べて吐きそう?あーまてよ、君はどちらかというと胃から戻すというよりも、おなかが緩くなるタイプだったな。いつだってさ、わるくなってるもの口に入れても、噛んでのみこんで腸まで通過しちゃうタイプ。だから死んじゃうんだよ、ばかやろう。消化できないものまで全部からだに入れちゃって、消化できるものまで一緒に流れちゃうの。自分の限界も知らずに頑張りすぎて、頑張ってることにも気づかずに知らないうちにくたくたになって、ふと見た瞬間にはもう棺桶に両足突っ込んでるんだから。助ける時間なんてなかったじゃん。きつかったらその場で一面に吐いちゃえばよかったんだよって、とかいまさら言っても禿帽子。

天国ではやりたいことが何でもできてしまうのかな。そしたら君にとっては地獄かもね。あんまりやりたいこととかなくて、いつも誰かのやってほしいことをやって、それで一人でためこんでしまってるんだから。自由って何だっけとかさ、油のくせにいっちょ前に考えるんだから。それでやっぱ俺はこのままでいいやってヌルヌルした幸せを口に出して、その言葉の生暖かさにぞっとした私は冷凍庫にしまいこんで、その言葉が二度と日の目をみることはなかった。冷たい女だから、私。

この一か月間のことを教えてあげようか?安月給じゃ家賃払えないからルームメイト探してて。部長の昇進パーティで出会った別の部署の男がいそうろうにやってきてさ。私にほれ込んで、いいかっこしたくて家賃を全額払ってくれるとか言って。ベランダでいっしょタバコ吸って。植木にはなめくじがいて。私の植木はさすがに大根の葉じゃないってそこでくすっと笑ってしまって、なんで笑ったのとか聞いてくるナメクジをキスでピュッと黙らせるんだけど、とっさに唇に感情をこめられるほど私の心の運動神経がよくないのはご存じでしょ?ナメクジの唇は半開きで、頬は気が抜けて伸びきってた。たぶんこの人には神経がぜんぜん通ってないんだと思う。

オリーブオイルには、届かないところまでは行ってほしくなかったな。言外の約束じゃなかったっけ。息遣いがぎりぎり聞こえない距離感で。相手の息をお互い想像しあいながら、手探りで砂をかき分けて一本の針を見つけ出すっていう骨ばっかり折れる共同作業。そこにどんな気持ちがあったかなんか知らないし、どんな気持ちになっていくはずだったのかも知らないし。でももう聞こえないはずの息を聞くスリルっていうのは、ただのごっこ遊びになってしまった。息引き取るなよ。わたしは砂山で足をうずめて、もぬけの殻みたいに周りを見てて、視界の渕はざらざらしてた。

ヤニ臭い部屋はずいぶん時代錯誤で。日曜日の晩ばっさばさの髪がソファの手すりからはみ出てて。髪のにおいを気にしなくなり始めたのが君と別れるまえのことだったのか思い出せないし、思い出さなくてもキリギリスは鳴いていて、泣いてるって言ったらタイプミス。どうせジャンジャンバラバラとパチンコをして帰ってくるあいつのために、ザキヤマパンを二切れとカップ麺をテーブルに用意するだけの気力がちょうどあったけど、私はそれを植木の水やりに使ってしまった。またソファに崩れて、カメラロールからオリーブオイルがねん挫した時の泣きっ面を出してきて、拡大縮小を繰り返してあそんでた。

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