バーに至るまでの道程

わたしは、毎夜二時ごろに訪れる。仕事が終わって、身なりをととのえ、外に出ることができるのが、ようやくその時間なのだ。石畳にヒールを響かせ、夜の繁華街を歩いていく。おそらく、初めて店内に入ったのは、昨年の春だ。いまはもう冬だから、飽きっぽいわたしにしては、よほど通い詰めていると言えるだろう。これは自分でも驚きだ。シックでわたし好みの内装。時間をじっくりと楽しめる落ち着いた空間は、この人が多く集まる大都市のなかでは貴重である。いまさらになるけれど、このバーを紹介してくれたボスには感謝しなくてはならないと思う。心の中では感謝している。でも言葉にして伝えたことはないし、いつもお世話になっていることも含めて、なにかお礼をするべきなのではないだろうか。そうだ、今日はそのことを聞いてみよう。きっと彼なら、よいアドバイスをくれるはずだ。ちょうどそう決めたとき、めざしていた場所に辿りついた。ドアノブを回しておもむろに押すと、ドアベルが響く。店内に降り注ぐ灯りはジョンブリアン。照明はすこしだけ落とされていて、灯りの色が調和し、穏やかなムードを醸し出している。ああ、ようやくこの時間がやってきた。一日じゅう、心の何処かで待ち遠しく思う、この時を。ふと奥に目を向ける。瓶やグラスの並んだ大きな棚とカウンターのあいだに、グラスを拭いている彼の姿が見えた。(2018/06/07)

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ブランカ・バーに至るまでの道程 かおり @da536e

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