ブランカ・バーに至るまでの道程

かおり

ブランカ

彼女は、毎夜2時ごろに現れる。あざやかなワインレッドに染まる髪と唇。おれをじっとみつめてくる瞳はグレイ。鼻孔をくすぐる、ほのかなあまい香り。しずかなバーにドアベルを響かせ、入ってくるヒールの音。まっすぐカウンターに着くと、かならずシェリー酒をオーダーする。何度目にしても慣れない、胸元のあいた漆黒のドレスの悩ましさ。バーにいる他の客に話しかけられても軽くあしらい、ゲームに誘われても受けたことは一度もない。たまに、おれたちバーテンに話しかける。何気ない問い、近況、そんな会話を、すこしだけ交わす。内容は、ほんとうにふつうのことだ。けれどつまらないわけがない。平静を保ちながらも、ずっと心中はそわそわしていた。おれから話しかけることはない。彼女がこちらに話題を振ってくるのを待つ。オーダー以外に言葉を交わさない日のほうが多い。だから話すことができた日のおれは、言い知れない満足感を抱いている。彼女がお代を置いて席を立ったとき、今日は付き合ってくださってありがとう。また今度。なんて、振り返って言ってくれることがあるが、その日は仕事を終えた帰り道に口笛を吹いたり、鼻歌を歌ったりしているくらいだ。うるわしき彼女の名はブランカ。ああ、今夜は言葉を交わせるだろうか。(2018/02/14)

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