最終話 またステージへ
「なにかが間違っている……!」
その日
真弓は椅子に腰かけ、床を睨むような姿勢で呟く。
チューニング機材につないだ黒いケーブルが、床に曲線を描いていた。
この状況、
どうしてこうなった―――そう呟く。
ぎっ、と錆一つないパイプ椅子をきしませて、床を睨む―――視線、焦点は
悩みの種は、
「ぎゃははははっは!」
「笑いごとかよ!?」
「オッケーオッケー! 報道の自由!報道の自由だ!」
夢呼は愛花にスマホを見せている、見せつけている―――また
もしくは自分に飛んできたメッセージか。
最近は祭り上げ状態で、今までバンドに興味がなかったような層からもメッセージがひっきりなしに飛んでくるようになった。
煽り文句の山々。
ネットでの評判は、基本、あまり身体が受け付けない。
今は肯定的な意見は多いようだ。
あのYAM7がまたやりやがった―――そういって勝手に胴上げしている不特定多数の声。
……いや。
それでも見る気にならん、気が散って仕方がない。
「楽しいニュースが増えるねえ!」
例によって瞳を輝かせる夢呼。
一年中ヘラついた奴も奴で、不機嫌そうな日もあった。
「このために書いた曲じゃあないんだよ」
そうぼやいていた―――。
当たり前のことだが、対象年齢……対象年齢?かどうかはわからないが、ターゲットとしてイメージしていた層は当然、生きている人間である。
生きている人間。
音楽関係に限っても、生者からかけられた声は多い。
様々なイベントに出演するうちにというか、引っ張られたうちに、
つい先日に、楽器を新しくする
「キミたちだけが頼りだ、今の世界では」
なんてことを、眩しい瞳で言われたこともある。
……いいヤツ多いんだよ、
また飯食いに行くくらいは、した方が礼儀だろうか。
一応酒を飲める歳ではあるが、そういう集まりは得意ではない。
ああ、あの親父に似たさ。
目まぐるしく変わる日々、悩みは減らない。
あの事件をきっかけというか起点として、世界中で事件は起こっている。
現在進行形だ。
ウイルスには休日がない。
通常、葬儀は亡くなられてから一週間以内に行われることだが、状況が状況なだけに、最近はうやむやになっている。
落ち着いて
あのライブハウスでの被害者だけでなく、国内で、そして多くの国で。
それでも今日この日、ライブを開催できることも含め―――。
人は簡単に快方に向かわないが、それでも世界は快方に向かっている。
そう体感している。
なんだかな。
―――私はここにいてよかったのだろうか。
思うことがある。
「私は、私が生き残りで良かったのだろうか」
私だけ。
皆一人残らず―――なんて、実際なかなかない。
なぜ私だけ、自分だけこうなんだろう、と思っていた日々もある。
振り返る、あの時の私を。
部屋の片隅に、意識をやれば―――いや、いつだって実は、あの子はそこに居た。
だって私は子供だった頃と変われていないから。
無視できるほどに大人になんて、なれていなかった。
それが
そして、今回は幼女が見えなかった。
目を凝らす―――よく掃除された綺麗な部屋だ、そして建物だ。
建物の、薄汚れた壁があるだけだ。
「……」
代わりに歓声が聞こえる。
歓声というか、気配。
開演の迫ったステージを前にして興奮する人々が、存在が違う部屋からでも漏れている。
そこに
幼女との対話が出来ない、過去を振り返る暇もないということか。
そんな自分に、緊張感が襲いもしたけれど、楽器を睨み気を紛らわす。
そう、ギターだ……。
私はここに来て、ギターを使い、出来ることはひとつしかない。
「真弓」
七海がじっと見ていることに気づいた。
「私が生きていて……それが不思議で。 同じよ、同じこと思っていたわ」
言われて少し安堵する。
他が面白おかしく騒ぎ立てる中で、同類がいた。
死の運命を覆した音楽。
そう信じている観客。
……これはこれで、絶賛パニック状態なんじゃないのか、などと思う。
やはり、何かが間違っているぞ―――世界よ。
顔を上げて蛍光灯を見上げた。
徐々にその光景には飽きて、たくさんの声が聞こえる。
声———大声ではない。
一つ一つは大きくない。
それでも確かに大きく、地響きめいた存在になっている、
瞳を閉じ、今日の一曲目のフレーズをリピートする。
その音楽に支配され、様々な悩みは、気づけば消えていく。
「さて、観客もアップをはじめたようでーす」
夢呼が言う。
そう……客席は埋まっているんだ。
私は
ギターのネックを今一度、握る。
今日やる仕事は一種類。
そう、仕事と言えば。
宇宙服集団は今日もどこかで駆けまわっているそうだ。
ミステリアスな連中ではあるが、真面目に任務をこなしている。
直接話しすらしていない私からすれば、怪しい集団だと感じたんだが。
誰だって、こんな事件は解決したいよ、と愛花。
そう思うのか……まあ、そうだ。
ならば連中と会ってみたかったな。
ただ、そんな想いすらもかき消されそうな、忙しい日々が始まった。
私は、ならばいい曲を弾く。
納得のいく音にする。
今日の
「もちろんいいけどさ、今からの―――な?」
今からのライブ。
「まずそれに集中するぞ」
私は睨む。
「勘違いすんな夢呼……来てくれた人たちのためだからな」
来てくれた人たち、聴いてくれる人たち。
跳ねつけるような気持ちでボーカルを指差せば、笑顔を湛えた表情でドアノブに手をかける。
控室の外へ出る。
私や
脇役となりうる。
そうだったはず―――なのに。
「今日のステージは主役。世界の中心は、私……っていうことになるな。あとは、つまり、この四人だ」
そうやって、つまり―――勘違いをしてみよう。
少し前を歩いているボーカルが目を丸くしていた。
目に見えて、ぐぐっ……と、大きくしていた。
私らしくもない発言だと思ったのだろうか。
この四人だ、の部分は流石に全員から目を逸らして言った。
夢呼はしかし、すぐに元の歩速に戻る。
だからニヤニヤするのやめろお前は。
「
「……」
どうだかな。
ついてきたい奴はついて来ればいい。
バンドはたくさん、音楽はたくさんある。
そういう世界なのだから―――。
言いたいことは山ほどある。
なぜ自分なんだろうとか、あれほどの事件は終わってはいないとか、世界のどこかでまた起きるだろうとか、なぜ
そんな想いもある―――探せばいくらでも。
ただ、まずは。
私はこれから、まだ顔を合わせたことのない、たくさんの人たちの前に立つ。
みんな、私たちの音を聴きたいと思っている。
そこに立つ、羽目になる―――私を、聴いてもらう。
これを忘れることは、間抜けなことだ。
きっと昔の自分と向き合うよりも、背の低かった自分と話すよりも、豪勢な日々だろうな。
生きたい、と真っすぐ思える女ではない、まだ―――。
それでも、大切なことが、待ち受けている。
廊下を歩いていく。
漏れ聞こえる歓声に向かって。
恐怖の気配はなかった。
暗い廊下の中、夢呼、愛花、真弓、七海はステージに向かう。
一歩、また一歩。
賑やかな世界の中を歩いていく。
―――完。
―――――――――――――——————————————————
物語につきあっていただいたことに、感謝いたします。
よろしければ近況ノートも覗いてみてください。
Living Dead Live 時流話説 @46377677
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