イジメっ子とイジメられっ子が親友になる話

「こんな小さな場所であんなくだらない事をずっとやっていたんだね。あの時は世界が狭くて、何も見えていなくて、誰かに何かを気付いてほしかったんだ。気づいてもらったところで、結局自分で何とかしないといけないのにさ。そうすることでしか生きている実感がわかなかったのかもしれない。ありがとね。わがまま聞いてくれて」

 懐かしの中学の教室で彼女と私は過去を思い返していた。


 彼女はいじめっ子であった。そしてその標的は私だった。血の繋がりがないはずの私たちの顔は、学校中の誰もが認めるほどそっくりであった。入学当初は双子ともてはやされたが、私の性格は彼女とは真反対で内気でクラスでは地味な立ち回りをしていた。それが気に食わなかったのか、彼女は私に嫌がらせを始めた。はじめは持ち物がなくなるなどの軽いものであったが、だんだんエスカレートしていきクラスを巻き込み、私を阻害しようとしてきた。人生をめちゃくちゃにされた。まさに、地獄のような日々であった。

 ある日、彼女に人気のない校舎の隅に呼び出された。今回は何だろうか。殴打されるか、腐ったパンを口にねじ込まれるか、自慰行為をSNSに晒されるか。良からぬことの冤罪に巻き込まれるか、躰を売れと脅されるか、様々な恐れがぐるりぐるりと廻り、私の身体を支配した。いじめの日々に私の脳味噌は完全に麻痺してしまい、彼女に逆らえず誰にも打ち明けることが出来なかった。

指定の場所には彼女一人だけだった。彼女は戒めと言わんばかりに私の腹を殴った。そして、私の肩に嚙みついた。血が滲みそうなほど強く歯形を付けた。

「病気治す為に入院するんだって? 私はあんたが羨ましいよ。」

ぼそっと彼女が呟いた。

「私家でずっと一人なんだ。母親はキャバ嬢でいつも知らない男と酒飲んで、こじれた関係作って、父親は私たちを捨てたような状態で、だから親に自分の為に何かをしてもらった記憶なんて一切ない。だから、自分のために大金をつかうあんたが憎い。同じ顔なのにこんなにも家庭環境に違いがあるの。すべてが憎い。どうしてあんたは私と同じ顔なの」

 彼女は静かに泣いていた。誰にも打ち明けたことのない自分のしがらみを、私に語ってくれた。私はそっと彼女を抱きしめた。

「あんたのそういうところが気に食わない。どうして? 私はあんたをいじめているんだよ。人生めちゃくちゃにして地獄みたいな毎日で、それでもなんで! なんで、私を抱きしめるの? 私が、わたしが……どう反応したらいいんだよ」

「わたしね、アナタのこと嫌いに思ったことなんてないよ? わたしの家は兄弟居なくて、家に帰った時も部屋は真っ暗だし、お父さんもお母さんも帰り遅いし、だからお姉ちゃんが欲しいってずうと思ってた。そしたら中学に上がったら自分とそっくりな子がクラスにいるから、もしかしたら神様が願いを叶えてくれたのかもって思って、本当の姉妹みたいに仲良くできるんじゃないかなって、ずうと思ってて」

「どうして!」

 私が思っている以上に彼女の心はずっと小さかった。ずっと気弱で私にそっくりであった。そしてその日初めて彼女に触れた。

 

それからもいじめは続いたが彼女からのいじめは少なくなっていった。そうなるとクラスの皆は徐々に飽き始め、受験が始まる三年生になったころには何も起こらなかった。


高校時代

 隣町の進学校に入学した私は通学のバスにて彼女と再会した。私の学校の近所にある学校にスポーツ推薦で入学していた。彼女は過去のしがらみ、私をいじめていたこと、いじめを取り巻く環境、自身の家庭環境、自分のすべてから逃げたいと思っていた。バスに揺られる中、彼女はむっすりとした顔で私の隣に座り、何もしゃべらなかった。

 彼女は必死に勉強した。周りを見返してやろうと、親や同級生や教師すべての人を見返したいと思っていた。

 彼女と二人で放課後も休みの日も図書館で勉強をした。

 そして二人で関東の難関私立大学に合格した。彼女は特待生度で学費を満額免除し、親のしがらみからも過去の友人からも逃げ、自由になれた。でも、私がいることが心のどこかで気に食わなかった。中学の憎い思い出を作った私を元凶としてみている。本当は私からも逃げたかったのだろう。すべてから解放されたとき彼女は本当の彼女となり、ようやく彼女と本当の友達になれるだろう。

 期末テストが終わったら旅行に行こうと誘われた。温泉に入りおいしいご飯を食べ、綺麗な景色を堪能し二人で寝た。旅行はとても楽しく、ほんとうの姉妹になったようだった。旅行の帰り際に「ちょっと寄り道していい?」と彼女は尋ねた。場所は中学校だった。スポーツ推薦で高校に通っていた彼女の身体能力は高く、排水パイプや小さな出っ張りを掴み、ベランダまで登って行った。古い校舎であるため、少し窓を揺さぶれば開けられる箇所があるらしく、そこから彼女は学校に侵入し、私が入りやすいように一階の窓を開けてくれた。そして、いじめが起こっていたあの教室に入った。ずっと下の後輩たちが使っている教室は、私たちが過ごしていた時間と変わりなくあった。埃っぽさと黒板の遣いこみ方が変わらなかった。彼女は窓を開けて遠くの町明かりを眺めていた。

 長い時間彼女と思い出話にふけっていた。今の彼女は中学の頃の面影はなく、ただの親友であった。ここに来たことで彼女が過去のしがらみから解放され、ようやく本当の自分としての人生を歩んでいけると確信が持てた。ただ一つ私を除いて。彼女はやはり気に食わなかっただろう。同じ顔の私という存在が。そう思っているに違いない。本当は私からも逃げたかったはずだ。

 私はあることを彼女に告げた。「わたしね。もうこれ以上あなたと一緒にいれないんだ」その言葉を聞いた彼女は眼をひん剥いて顔を見つめている。「どういうこと?」問う彼女の声は何かを察していたように震えていた。

「私の身体はもう持たないんだって、長くても一年と少しくらいしか。それを言われたのももうずっと前で」

「なんで言ってくれなかったの!」

 私の言葉を切り、彼女は声を出した。

「入院までしてちゃんと治したんじゃないの、ずっと前に言われたって、だったら、だったらもうだいじょうぶじゃん!」

 彼女の涙を見たのはあの時以来初めてであった。

「ごめんね、ずっと言えなくて。受験であなたが頑張っていたから、余計な心配事増やしたくないなって思って」

 順を追って答えていく。

「本当は治ってなんかいなかったみたいなの。親も先生も私を励まそうと嘘をついていて、そのおかげで私は余命を伸ばしていたんだって」

 口を手で覆い溢れ出す涙と叫びたい声と吐き気と現実をこらえている彼女は、とても辛そうにみえた。膝が崩れ落ちそうになる彼女を抱える。

 いつの間にか白け始めていた東の空が、空っぽになった私の頭の中と似ていた。

「昔のトラウマから逃げて、中学の友人からも逃げて、ようやく二人っきりの場所までこられたのに、もう尽くす手は打って何も残っていないのに、二人じゃいやなの?」

「いやなんかな事ないよ。私だってあなたと過ごす時間は本当の姉妹みたいで大好きだった、神様が与えてくれた贈り物なんだって思った。私はそれだけで幸せなんだから、私の分まで幸せになって」

 きっと彼女は悲しみと嬉しさの葛藤をしている。なぜなら、彼女が一番逃げたかったのは私なのだから。双子のようにそっくりな顔と体格。これでようやく彼女はすべてから解放され、一人の女となれる。ようやく人生を始められる。その確信はきっと彼女にもあるはずだ。


『人は人が死んだとき心のどこかで少し嬉しくなりストレスが解消される。だから人が亡くなるニュースは絶えず、それを見て人は心の正常化を図っているのだ』中学のあるとき教師が言っていた。この気持ちは如何に仲が良い相手でも近親でも起こりうることらしい。生きていく上では欠かせないことで、彼女がそう思うことも又、彼女が生きている証なのだ。教室を後にした私たちは学校の柵を乗り越える。すべてから逃げ一人で生きていくために。思い出を閉じ込めるために。

「さき、行くよ!」

 薄明の空に二人で泡となって消えていきたかった。誰もいない二人だけの場所に。

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イジメっ子とイジメられっ子が親友になる話 小雪杏 @koyuki-anzu

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