菊川嘉見

 僕は小さな頃から箱が好きだった。

 僕の部屋には沢山の箱がある。青やら緑やら、様々な色の木箱だ。それぞれは単色で、特に装飾はない、簡素な箱である。入れるものなどなかったから、中身はみんな空だ。そんなものが、沢山あった。

 黒い箱と、白い箱だけはなかった。理由は知らない。ただ、白い箱に関しては、ぼんやりと、見当がついている。

 この部屋だ。

 何から何まで真っ白で、おまけに家具まで白い。黒いものといえば、僕の服ぐらいしかなかった。

 毎日暇な僕は、木箱をこねくり回したり、積み上げたり、蹴倒したりして時間を潰した。おかげで箱は家具や壁にぶち当たり、床に落ち、家具の上に乗り、椅子の背凭れに引っ掛かり、絵の具を適当にぶちまけたカンヴァスの中にいるような心地だ。この部屋には時計もないので、何時かも分からない。一体今は昼間なのやら、夜中なのやら。部屋には窓もなかった。僕の体内時計もあてにならない。もう長いこと、眠くなったら寝、目が覚めたら起き上がる生活をしていた。

 暇だった。

 もう何をすればいいのか、分からない。頭の中まで真っ白になっていって、力が抜けていく。そのまま、床の上に体が横倒しになった。これはやったことがない。ごろごろと、部屋の端まで行ってみる。壁にひたりと身体がついたとき、何かが僕の運動不足で柔らかい皮膚を刺した。起き上がって見てみると、それは小指の第一関節くらいの、小さな白い物体だった。指先で撫でてみると、それは硬くて乾燥した何かであるのが分かった。こんなものを見たのは初めてだ。部屋と同じで真っ白だから、今まで気付かなかったのだろう。

 他にもあるかも知れない。僕はあたりを見回した。しかし、木箱以外は一面の真っ白だ。白いものが他にあったとして、見つかる筈もなかった。

 仕方がないので、僕は再び横になり、ごろごろと転がった。白い何かを見つけたら拾い、また転がる。延々やって、白いものは山ほどになって僕の両の掌の上に乗った。

 大きさはまちまちだったが、どれも木箱に収まりそうだ。箱とは、そもそも何かを入れるために存在するものである。これで本来の使い方通り、使ってやれるというものだ。箱ひとつに白いものひとつが良いだろう。余るのは、よろしくない。

 ひとつずつ、ちまちまと入れていく。不思議と数は丁度良い様子で、最後の白いものは最後の木箱にきっちり収まった。今や、全ての箱が、その内部に白を内包し、静かに呼吸している。無数の吐息の真ん中で、僕は少し休んだ。疲れていた。

 ひと仕事終えて気が抜けたせいだろうか。腹部に違和感がある。ぞわぞわと、そこに何か、別の存在があるような。なんだかむず痒い。確認しようと下を向くと、突如服が真っ二つに裂けた。

 次に見えたのは赤色である。

 体の内側の、ありとあらゆる赤色が、噴き出していくのを感じていた。

 飛沫が顔を汚し、服を汚し……奇妙なことに、僕の中身だったものは山ほどある木箱それぞれに吸い込まれていき、床の白は無事だった。

 僕はしばらく呆けていた。少し落ち着いて、恐るおそる服の切れ目を覗き込むと、そこには何もなかった。

 骨も、臓腑も、肉も、人間の体を構成するものは何ひとつ残っていない。

 ただただ、暗闇がぐるぐると蠢いていた。

 全てが沈黙している。

 何事もなかったように。

 最初から、何も。それがきっと正しいのだ。僕は丁寧に黒い服の切れ目を閉じる。顔を上げる。僕の目はもう何も映さない。もう何も――


〈了〉

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菊川嘉見 @yoshimi_k

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