第4話 ドン底であがくアホ



 ホンマに信じられんかったすわ。あの一の国がでかい三の国に攻め込まれて、今戦場になってるって。 

 それ聞いて俺ら、もういても立ってもおれんよーになって、すぐ一の国に戻ろ、と。んでも、二の国の役人が俺らの前に現れて、今行ったら危ないから絶対行ったらあかん、て。

 取り敢えず、二の国の城で待機してくれって。半ば強引に城に連れて行かれて。しかも、部屋から出られんよーに鍵までされて。ここにおってくれ、って。


 でも俺ら納得いかんでね。アイツも絶対行くってゆーから、窓から抜け出して。そんで自力で一の国に向かいよったら、同じよーに一の国から来て心配やから帰るって商人がおったんで、馬車に乗っけてもろて。

 一の国に着いたんは、夜もだいぶ更けた頃で。


 その時見た光景は忘れられんすわ。


 建物はほとんど崩れてて、アチコチから火の手が上がってて。

 瓦礫に埋まったままの人、ボロボロになって茫然と立ち竦む人、酷い火傷負った人、もう動かんよーになった人…


 俺もアイツも止まったまま動けんよーになって。


 でもね、もっと信じられん事、目にしたんす。


 それは、二の国の兵士が崩れた建物の中から金品持ち出そうとしたり、傷付いた一の国の人に乱暴したり、命を奪ったりしてる光景やったす。


 え、なんで?って思いましたよ。攻撃してきたんは三の国のハズやのに。

 なんでここにニの国の兵士がおるんや?って。


 後で考えた推測ですけど、三の国とニの国が裏で手を結んだか、あるいは、三の国の攻撃で弱った一の国の財産を掠め取ろうとして二の国が動いたか。

 今となってはわかんないす。

 そん時はもう、やる事1つしかなかったから。


 俺ら、出来るだけ二の国の兵士を避けながら、瓦礫に埋もれた人を掘り出したり、傷ついた人らを安全そうな場所に誘導したり、ボロボロになりながら走り回りました。助けられるだけ助けて、音楽で治療ができたらって。

 でも、演奏なんかできる状態やなくてね。多分、あの状況で演奏してたとしても、精霊を呼び出す事なんかできんかったと思いますわ。

 俺ら、肉体的より、精神的にボロボロになっとったから。ただひたすら必死に普通の手当てしたり、声かけたり、そんな事しかできんかったっす。

 あん時ほど、自分の無力を感じた事なかったす。


 だんだん夜が明けてきて、顔が見えるよーになったらね、あっコイツら有名な二人組やんって気付かれるよーになって。皆、俺らが二の国に行ったん知っとるから、お前らスパイと違うんか?って言われたり。なんぼ、お人好しのこの国の人でもね、こんな状況やと心が荒むんも無理ないと思うんすわ。 

 それより辛かったんがね、頼むからあんたらの力で怪我治してくれって言われて。俺らもそうしたいんやけど、精神的にボロボロで演奏できる状態やないし、演奏したってケガ治せる力だされへんのがわかってたから、首振るしか出来んかって。ほんなら、なんでや、なんで治してくれへんのや、やっぱりスパイなんか?って責められて。胸が苦しゅうて、居たたまれん気持ちで。


 あの気がええ人らがこんなにもボロボロになって、俺ら、なんも出来んで。

 多分、優しいかった王様ももういてはれへんのやなって思うと、ホンマに潰れそうで。


 日が明るなるに連れて、二の国の兵士が増え出して。

 俺らも見つかってしもたんすよ。ほんなら、アイツらは逃がすな捕えろって声がして。俺らが、つか、俺らの力が必要やから部屋に閉じ込めたり、ここにこさせんよーに監禁したりした訳やから、見つかったらまた連れて行かれてまうんすよね。必死で逃げて。 

 逃げても逃げてもしつこく追い掛けてくるし、一の国の人らはだれも助けてくれんのすよ。俺ら、もう何処に逃げたらええのかわからんよーになって。


 そん時、馬車が一台、エラい勢いでコッチに突っ込んできたんすよ。


 アンタら、乗れーって、懐かしい声して。

 見るとね、ちょっと逞しなったカウ坊やったんすわ。

 俺ら飛び乗って、そしたら牧場に向かって走らせて。


 聞くところによると、あれから1人でちょくちょく行商に来てたらしいんすわ。今回も行商に来てて、戦闘に巻き込まれたって。アンタらの事は噂で活躍してるの知って、嬉しかった、って。ニの国に行ったって聞いたから、まさかここで会えるとは思わんかった、って。暫く見ん内に大人っぽくなったカウ坊に会えて嬉しかったけど、今は喜んでる状況やなかったからね。現状報告だけしたら、後は皆んな黙ってしもて。


 牧場に着いたら、そこもひどい有様やったす。

 家も納屋も燃えて炭になってて、馬や牛は殆ど逃げたか、何頭かは殺されて倒れてて。畑も、グチャグチャに荒らされてて。

 気のええオヤジさんもたぶん…。


 カウ坊も凄いショックやったろうに、でも嘆いてる暇なかったんす。

 見慣れん鎧とか着込んだ兵士やら、馬に乗った騎馬兵とか、ちらほらおったから。たぶん、三の国の兵士やったと思いますわ。


 俺らもすぐ見つかって、たぶんコイツらも俺らの事しってるみたいやったす。

 殺すな、捕まえろってゆーてたから。 

 俺ら、必死で逃げたんやけど騎馬兵に回り込まれて、あっさり捕まって。3人とも馬車にぶち込まれて、こりや、三の国に連れて行かれて利用されまくるんやろなぁ、って観念したんす。


 そんで馬車が走り出したんやけど、すぐどえらい衝撃があって。馬車が横倒しになってね、俺ら縛られてたから見動きできひんし、なんか外から叫び声とか、衝撃音とか聞こえてくるんすよ。

 ああ、またどっかと戦闘はじまったんやな、って思て。


 そしたら馬車の戸がこじ開けられて、すっごいイケメンが覗き込んできたんすわ。

 お前ら、大丈夫か?って。懐かしい声で。

 エルフの若頭やったんす。


 縄切られてね、外に出たらビックリすわ。

 白いのと、黒いのがそこら中、走り回ってて。兵士らが右往左往してて。


 ユニ兄さんトコの若い衆と、アベさんトコの若い衆でしたわ。


 若頭が俺ら助ける為に、ユニコーンとアウルベアー連れて乗り込んできてくれたんすよね。

 アイツら、俺らの顔見るなり、嬉しそうに走ってきて。カウ坊はめっちやビビってましたけどね。

 

 若頭が、撤収するぞー!って叫んで、ユニコーンに飛び乗って。

 俺らもユニコーンに乗って。その間、アベさん一派が兵士ら牽制してくれて。 

 カウ坊も顔引きつってたけど、もともと乗馬得意やからすぐユニコーンに慣れてね。

 後は森目掛けて一目散ですわ。三の国の兵士も追っかけて来たけど、森に入ったら流石に諦めましたね。そんでどうにか逃げ切ったんす。

 若頭に礼ゆーたら、借り返しただけや、ってクールに言われたけど、案外、義理堅い人なんすよね。 


 そのままエルフの村まで一気に行って。

 村に着いた時、若の妹が飛び出して来たんやけど、俺らヘトヘトでそのまま倒れ込みましたわ。


 フッと気付いたら、丸1日眠ってて。アイツとカウ坊は先に起きたみたいで。村に出てみたら、カウ坊が農作業手伝ってて。カウ坊もオヤジさん亡くしたり、帰る家なくなったり、ショックやったはずやのに、前向きでね。作業に没頭する事で、いやな事忘れたいって気持ちもあったと思うけど、強なったなぁて感じましたね。


 問題なんは、アイツの方で。村の入口で、動物に囲まれて、ボーッとしてるんすよね。話し掛けても、生返事ばっかで。動物らが絡んでも、心ここにあらずって感じで。


 その晩、エルフの人らががね、俺らとカウ坊の歓迎パーティー開いてくれたんす。状況的に、ささやかなもんでしたけどね。いろいろ料理や酒が出て、ユニ兄さんやらアベさんやらも集まってきて。でも、俺らが演奏するって事はなかったすね。

 俺も、特にアイツが、どうしてもその気になれんかったんで。


 でも、その席でね、妹が歌ってくれたんす。 

 若も笛で伴奏して。 

 その歌声が、むちゃくちゃ優しくて、心に染みて。

 そしたら凄い泣けてきて。アイツも泣いて。

 俺ら、一気にいろんな経験してもたけど、泣いてる暇なかったんす、今まで。それがここにきて猛烈に感情が昂ぶって、泣いても泣いても涙が止まらんで。アイツも号泣してて、カウ坊も必死にこらえるようにジッと地面見つめてて、その地面にポタポタ涙が落ちて。ケモノ達も悲しそうに鼻鳴らして。

 悲しいけど、有り難い、そんな一夜でしたね。


 次の日から、俺も村の農作業とか手伝い始めて。アイツの方がまだあかんかったからね。相当深く落ち込んでて。村の入口でボーッとして。

 そんなアイツを甲斐甲斐しく支えたんがね、妹なんす。

 しょっちゅう構いに来て、いろいろ話し掛けてたり、歌、歌ったり。


 その間、俺は邪魔せんとこと思て、前に約束してたカウ坊に音楽教える、ってのをやり始めたんす。アイツは自分のギター、絶対誰にも触らせんかったからね、俺のを貸したって。他に娯楽らしいもんもあんまりないし、カウ坊も結構器用やったんで急速に覚えていきましたね。


 妹のお陰でアイツもだんだん元気取り戻して、カウ坊もギター上達して、

俺、そろそろかなって思て、ちょっと前から考えてた事、アイツにゆーたんす。


 なあ、そろそろ帰らへん?って。


 アイツ、はぁ?って顔して、帰るってどこによ?って。

 俺らの世界、ってゆーたらもっと、ハァ?って顔して、どーやってよ?って。


 俺らが最初におうた晩、満月やったん覚えてるか?ってゆーたら、

 覚えてへんわって。

 なら、オークの村でライブした時、なんかいつもと違う感じせんかったか?って聞いたら、あぁそれはあったかも、って。


 他にもなんかいつもと違う感じになった時、全部満月やったハズや、って。

 アイツが、ほんなら満月の時に精霊の力が強なるって事か?って聞くから、

たぶんそーや、って。


 んでも、魔法陣やか、ゲートやかは開かんかったやん?って言われて、

おそらく場所の問題なんや、って。


 で、アイツが何かピンと来たんか、ユニ兄さんと初めておうた、あの草原か、って。俺も黙ってうなずいて。

 何か知らんけどね、凄い確信めいたもんがあったんす、俺ら二人とも。

 そんでアイツがつぶやいたんす。


 帰れるんか……って。




 そっからはすぐ行動しましたね。なんせ次の満月って三日後やから。

 まず、若頭と妹に相談して。若頭は「そうか」とだけゆーて。

 妹の方は何も言わずに微笑んでるだけでした。ほんまは凄い悲しいやろうに、それを見せんよーにしとるのがわかりましたね。アイツの方も「世話してくれてありがとう」ってぐらいで、他の事は何も言わんかったすね。


 カウ坊は寂しそうやったけど、アンタらの事は一生忘れへん、って。

 自分ももうちょっとしたらこの村でて旅に出るって。国は四の国、五の国ってまだまだくさるほどあるから、って。 

 じやあ、ゲート開いたら、俺のギターやるわ、ってゆーたら喜んでました。


 それから、ユニ兄さんらとアベさんらに挨拶して。

 ほんま、世話になったからね。特にユニ兄さんに最初おうてなかったら、俺らどーなってたかわからんもんね。まあ、アイツがゆーには、それも偶然やなくて必然やったんや、って。

 で、皆んなに、あの草原で最後のライブやるから来てや、ってゆーて。


 そんでとうとう運命の日が来ました。


 空に満月がぽっかり浮いてて。

 あの、俺らが初めてユニ兄さんとおうた草原に、仲間たちが集まって。

 ユニ兄さん一派、アベさん一派、他のケモノ達、エルフの村人達、じいさん村長、若頭、妹、カウ坊…。


 久しぶりのライブを噛みしめるよーに、ギターを爪弾いて、アイツが静かに歌い出して。この地に来て、ケモノ達と触れ合って、エルフの人達に世話になった事、オークの村に乗り込んだ事、人間の街でいろんな人達に助けられた事、牧場で仕事した事、そんな思い出がいっぱい溢れてきて。嫌な事、苦しい事もあったけど、今となっては楽しい思い出しか浮かんでこんで。 

 あらゆるもんに感謝の気持ちでいっぱいで。

 今はただ、そんな想いを音に乗せる事だけに集中して。


 俺のギターとアイツの歌がうねるような空気の流れを巻き起こして。

 だんだん、だんだんと周りが、地面が、空が白く輝いてきて。

 ケモノらが、エルフ達が黙って聴いてる中、アイツがさらに強烈な歌声になってきて、突然、ボンっとね、地面に白い輪ができたんす。俺らの歌に合わせて、白い円の中に文字やら浮かんできて。線が何本も走って交差して、魔法陣が形成されていったんす。その上の空間も白くかすみながら、歪んできて。


 あの時の感じが始まる!って思た時す。


 突然、爆発音がして、火の手が上がって。

 見るとね、三の国の凄い数の兵士が、つっこんで来たんす。

 ケモノらや、エルフの村人らは逃げ惑って。


 俺らもハッと身構えたんやけど、若頭が、音を止めるなって叫んで。


 俺らも、ここでゲート開かんでたまるかって気合い入れて。

 アイツも俺も、絶叫に近い歌声で、畳み掛けて。

 兵士らは、ユニ兄さんやアベさんらがうまく混乱させてくれて。

 そしたら、ボンッとね、魔法陣が浮かび上がって。


 よし、ゲートが開いた、って思て。


 俺、カウ坊ーっ!!って呼んで。そしたらカウ坊がユニコーンに乗って走ってきて。そのカウ坊にギター投げたら、がつちりキャッチして、親指、ずんっと立てて、ニカっと笑って。

 後はもう魔法陣に飛び込むだけやから、アイツを振り返って見たら、

「お前、先に行け」って。


 その顔見たら何考えてるか分かったから、


「お前残る気やろ? ほんなら俺も残る!」って叫んで。 


 たぶん、そん時初めてアイツに対してブチ切れましたね。

 俺ら、それまでケンカってした事なかったんすよ。

 これ、最初で最後のケンカやな、って漠然と思て。


 そしたらね、アイツ、ホンマに、邪気のない、思いっきり無邪気な、子供みたいな、すっごいええ顔で笑いながら、


「お前と出会えて良かったわ」ってゆーて、手をこう、広げたんす。


 そんな格好したら、普通、ハグやって思いますやん?

 だから俺も、手ぇ、広げながら近付いたら、いきなりみぞおちをドンっと蹴られまして。


 ぐぇっ、とかへんな声出てね。

 俺、フイをくろて、ヨロヨロさがりながら、片膝ついてしもて。

 その場所は正に魔法陣の中やって。


 ブワッと真っ白い円柱みたいなんが出現して。

 目の前が白く霞んで、そんな中、アイツがかすみながら、ニヤっと、イタズラした子供みたいに笑ろてね、ゆーたんす。





「またな、相棒」

って






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