星硝子

スエテナター

星硝子

 外はもう真っ暗だった。僕はコートの釦をしっかり閉めて、みんなが下校した後の静かな校舎を後にした。帰り道は寒かった。冷たい空気を吸ったり吐いたりしながらふと視線を遠くにやると、広い星空の下に建物や雑草の影がくっきりと浮かんで見えた。星々は本当に小さな点になっていて、僕が算数のグラフに打った鉛筆の座標のようだった。

 静かな学校区から賑やかな商業区に出ると、店の軒先やショーウィンドウに、星硝子の火が輝いていた。赤いものもあれば青いものもある。黄色いものもあれば緑のものもある。紫やピンク、オレンジの炎もあった。それが丸い硝子の中で燃えて、凍える冬の町を鮮やかに染めていた。僕は知らない町に来たように胸がわくわくした。ぽっと体が暖かくなった。

 今日は僕が楽しみにしていた配達の日だった。ストロームの町の硝子屋さんが新しい星硝子を持ってきてくれる。こんなときに日直が重なってしまったから、僕は急いでその仕事をこなして日誌を書いて先生に届けて「さようなら」と挨拶をして学校を出た。

 賑やかな商業区を軽やかな足取りで通り過ぎて家に帰ると、ちょうど硝子屋さんが配達に来ているところだった。玄関先で父さんと話し込んでいる。

「――本当に、随分と冷えてきましたね。おや、坊っちゃん、こんばんは。お帰りなさい。新しい星硝子を持って来ましたよ。どうぞお使いになってください」

 硝子屋さんは柔らかな笑みを浮かべてそう言った。

「こんばんは、硝子屋さん。どうもありがとう」

 僕は硝子屋さんに頭を下げた。

「坊っちゃんはいつも礼儀正しくて偉いね。――ついつい長話をしてしまいました。私はそろそろ行きます」

 父さんは頷いて硝子屋さんに言った。

「またお待ちしています。うちの妻もこの三十八番の灯りを見ると喜ぶんです。いつも助かっています」

「それは嬉しい。配達に来る甲斐があります。またお伺いしますから奥様もお体を大切になさってください」

 硝子屋さんは父さんと挨拶を済ませ、配達の荷車を引いて帰っていった。

 父さんは届いたばかりの星硝子を僕に持たせてくれた。中の火は熱くても、それを包む硝子はひんやりしている。三十八番の火は真っ赤に燃えて、硝子玉の中で水彩絵の具を溶かしたようにすうっと尾びれを揺らしていた。僕は真紅の火に見惚れた。父さんは笑いながら言った。

「お母さんに持っていってあげなさい。喜ぶよ」

「うん」

 跳ねるように頷いて鞄をそこら辺に放り出すと、僕は母さんの寝ている部屋へ飛んでいった。

「母さん、星硝子が届いたよ」

 丸い星硝子を差し出すと、ベッドに半身を起こした母さんはそれを受け取って目を輝かせた。

「まぁ、綺麗ね。見ているだけで体が癒えていくわ」

「僕、今日は宿題があるんだ」

「あら、大変ね。やっていらっしゃい。お母さんは大丈夫だから」

「うん」

 僕は放り出した鞄を持って自分の部屋に戻った。そして、目を凝らして机の上をじっと見た。光るものなど何も置いていないはずなのに、ぼんやりと暗い小さな火が揺れている。僕は机に飛び付いた。父さんが僕のために、使い古した星硝子を硝子屋さんに返さず、取っておいてくれたのだ。

 古い星硝子はまだ微かに燃えていて、三十八番の紅の火を空気中に透かしている。暗い部屋に小さく灯る火を、僕は夢中で見つめた。

 宿題をして夕飯を済ませお風呂から上がると、僕はベッドに寝転がって、飽きることなく星硝子を眺めた。

 夢の中でも、星硝子は紅の火を一生懸命燃やして輝いていた。

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