違和感
浅雪 ささめ
第1話
朝、昨日の夕べにかけた、目覚まし時計の音に舌打ちをしながらも、もぞもぞと布団の中から手を伸ばし、それを止める。
昨日は遅くまで、企画書の整理をしていたからか、とても寝起きが悪い。眠気と寒さ、そして疲れを吹き飛ばす勢いで、布団を剥いでむくりと起き上がるも、少しふらっとしてしまう。
ベッドからおりて、洗面所で顔を洗う。毎日のそんな誰でもしているであろう行為に、少し面倒にもなりながら、顔をタオルでしっかりと拭き朝食をとろうとリビングへ向かうと、唐突な違和感が視界を覆った。
いつもの見慣れた光景なはずなのに、どこか色が薄い。テーブルの木の色やその上に飾られている、いつもは食卓を彩ってくれている花さえも。
もしかしたら、僕は今までこの違和感に気づいていて、知らないふりをしていたのかもしれないし、本当に今日からこうなってしまったのかも分からない。
味のしない朝食をすませ、身支度を整えると、急いで家を出た。この現象は外でもおきているのだろうか。
やはり、色が薄いのは家の中だけでなく、街中も例外ではなかった。心なしか、持っているビジネスバッグが重い。毎日のようにすれ違う人、人、人。その誰もが失ったように、奪われたように色が薄くなっていた。
薄いというよりか、灰色に近いような色が抜けた感じがする。色覚異常になったのだろうか? いや、そうであったとしても、こんな急になるなんてあるのだろうか。
会社に休もうと電話をするが、いつものような怒声で、色で表すなら赤の勢いで、熱がないなら大丈夫! 早く来い! と逆に急かされる始末。
どうせ熱があっても同じように扱われるのだ。どうってことはなかった。
もともと会社には、パソコンの文字も含めて色なんて、黒と白としかないようなものだったから、あまり気にしないで仕事はこなすことができた。上司からの嫌みも、無理難題な仕事もどうでもよくなってきて、ただ手のみを動かす。
仕事帰りに病院など寄れるはずもない。幸い明日は休みだから、病院には明日行くか。そんなことを思いながら、家へとつま先を向け、歩く、歩く。
コンビニに晩ご飯を買いに行こうと足先を変え、少し早足でむかう。傘も買わないといけなくなってしまった。
店を出てまた家へと歩き出した。下を向いて、足早に。
いつの間にか、傘に雨の当たる音がしなくなった。よかった、やんだのかと思って傘を閉じて空を見上げる。と、朝とは違う違和感が目に飛び込んできた。
ここは……どこなのだろうか。帰り道にこんなおとぎ話のような、しゃべる木や兎が出てきそうな場所など、あるはずがない。ここら辺にあるのは家やスーパーだけ……なはず。こんな草原など、ましてや公園ほどの大きさではなく、サッカーグラウンドにいるような、そんな芝生の上にいるなんて。
すれ違って肩をぶつけそうになる人も、暇そうな顔をしながらスマホをいじる人もいない。さっきまでいた、どうって事ない日常から、あからさまに隔離されたような場所。
いつの間にか裸足になっていて、少し歩くと、チクッとするような、ふわっとするようなこそばゆさを感じる。
他に誰か、何かいないのだろうかと辺りを見まわすが、なにもなく木々がぽつん、ぽつんと孤立して立っているばかり。
しかも、ここはさっきとは違って、色がハッキリとしている。草も緑だし、木も茶色がハッキリと見える。
ここは……?
……どこだ?
そんな独り言を飛ばすも、受け止めたり、ましてや返してくれるものなんていなくて。誰かを探そうと、助けを求めようと、辺りを駆け回った。出口のようなものがあるといいのだが。
しかし息が切れるだけで、なにも他には得られるものはなかった。
子供の頃から、こんな草原に寝転がってみたかったんだよな……
考えるのを放棄するように、その場に横になった。頬を撫でる風が気持ちいい。真冬の朝のツーンとした風でも、真夏のもわっとした風でもない優しい風。心が洗われるような、そんな清々しい風が通り過ぎていく。
俺は、まぶたを閉じた。
違和感 浅雪 ささめ @knife
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