第10話 暴走の理由

「バリテサという名の花の花粉だ。間違いなさそうだ」

 診察を終えたナトちゃんはそう断言した。

 朝陽くんと真琴くんと蒼矢くんは、今はレミナちゃんのお父さんが持ってきた睡眠薬でベッドに眠らされている。いつ目が覚めても大丈夫なように拘束されており、正直見ていて心が痛む有様だ。

「花粉症ってこと?」僕が聞くと、ナトちゃんは「ああ」と肯定する。

「アレルギーだから発症する奴もいれば、しない奴もいる。六人中三人もなるなんて運が悪いな」

「薬とかないのかよ? 症状を抑える薬とか」

 焦る國春くんにナトちゃんは「まあ落ち着け」と促し、ぴょんと僕の肩に飛び乗った。

「別に今すぐ死ぬような症状じゃない。さっきみたいに興奮状態のあまり暴走して、仲間に斬りかかることはするだろうな。はたまた自暴自棄になって自死とかよ。とりあえず今は起き上がったらまた気絶させればいい」

「いや、それじゃ困るだろ。流石にそんな状態の奴を連れてノアちゃん捜索なんて無理だ」

 國春くんが頭を抱えた。すでに数時間看病(という名の見張り)をしているため、全員に疲れの色が見える。僕も眠くて仕方ないが、仲間の異常事態に睡眠なんてとっていられない。

「薬ならあるぞ。ただな、バリテサの花粉症なんてユリッタの人間にはごく稀だからな。お前ら地球人以外はそうそうなる症状じゃねえのさ。だから薬は全く流通してない上、希少な薬草を使っているから値が張る。発症したら仕方なく殺すってのが一般的だ。オイラもそうしたほうがいいと思うぜ。三つも薬が見つかる可能性は低い」

「そんな…」

 今まで黙って話を聞いていた練磨くんが、切なげに呟いた。

「どうにかなりませんか? オレにできることなら何でもしますから」

 朝陽くんを慕う、練磨くんの心に胸を打たれた。

「僕からもお願いする。三人を救いたい。殺すなんて絶対に嫌だ」

「ああ、俺もだ。全員揃ってホラー研究会だからな。誰も欠けちゃ駄目なんだ」

 三人でナトちゃんに土下座した。ナトちゃんは「うーん」と唸った後、「わかったよ」と根負けしてくれた。

「パラニッチ・ガウシュベンという薬剤師を訪ねよう。トロカニアという町にいるはずだ」

「トロカニアという場所はここから近いですか?」練磨くんが質問する。

「めちゃくちゃ遠い」

 ナトちゃんの答えに練磨くんは明らかに落胆したようだが、「それじゃ今すぐ出発しましょう」と立ち上がった。

「ダメだ。練磨はお留守番だ。三人が起き出したらまた麻痺で動けなくしなくちゃならない。練磨は必然的に残るべきだ」

 ナトちゃんの意見はもっともだったが、練磨くんは「でも…!」と食い下がった。

 練磨くんとしては自分で薬を探しに行きたいのだ。恩人であると話していた朝陽くんのために。

「お前が見ていないと危ないからな。これは朝陽のためでもある」

「……わかりました。オレは残ります」

 練磨くんはぎこちなく頷き、それから「唯人先輩、國春先輩、どうか頼みます」と、僕たちに向かって深々と頭を下げてきた。

「いや、國春もお留守番だ。一人で見張るのは体力的に厳しいから、交代で三人を見張る必要がある。國春は盗賊の技術で三人が起き出したら拘束しろ」

「え、じゃあ僕一人ってこと?!」驚いて声を上げた。

「それはさすがに無理じゃないか? 唯人は戦えないぞ」國春くんも疑問を呈する。

「馬鹿言うなよ。オイラがいるだろ? ……って言いたいところだが、それでも難しいだろうな。オイラと唯人だけじゃ自分の身が守れないからな」

「じゃあ一体誰を…」本気でわからない。もしや花粉症の三人のうち誰か一人を連れていく気なのだろうか。いや、そんなわけないな。いくらなんでも危なすぎる。

「適任がいるだろ? シュニメという超優秀な人材が」

 ナトちゃんの視線の先には…レミナちゃんがいた。夜遅かったのでお父さんと一緒に寝床へ行ったはずだが、眠れなかったのだろうか。枕を抱え、目をこすりながら部屋に入ってきた。

「女の子を連れていくなんてダメだよ! 危険だ!」

 僕はナトちゃんに抗議したが、ナトちゃんに「お前とオイラだけのほうが危険だろ」と鼻で笑われた。

「シュニメは超優秀な民族でな。ほかの民族よりも優れた身体能力と体力、さらに魔法のセンスがずば抜けている。レミナの潜在能力とお前のバフがあれば恐いものなしだぜ」

 なるほど。確かにそれが最適かもしれない。しかし、レミナちゃんに頼むというのはいかがなものだろうか。レミナちゃんが嫌だと言ったら? それにお父さんに何と言えばいいのか。遠くにある町に行くにはダンジョンをいくつか乗り越えないといけないだろうし。今まで僕たちがサクサク進めたのは七人もいたからだ。

「レミナ、事情は察してくれたか? オイラたちと一緒にトロカニアに行ってほしい」

 ナトちゃんはピョンとレミナちゃんの頭の上に飛び乗った。

「ダメだ! レミナちゃん、断って!」

 やっぱり女の子に危険なことはさせられない。僕が誰かを守れる職業ならば、悩まずに済んだのに。悔しい。

「私も行かせて。ユイトお兄ちゃん、お願い」

 涙を目にいっぱいに溜め、レミナちゃんが僕を見上げてきた。

「お兄ちゃんたちは、私の恩人なんだよ。お兄ちゃんたちが死んじゃうなんて嫌だよ。私にできることなら喜んでやりたい。だから、危険だっていうのはわかるけど、でも、行きたい。少しでも可能性があるなら」

 僕は女の子の涙にめっぽう弱い。「わかった、わかったから…泣かないで」としか言えなかった。情けない。

「本当!? ありがとう! 私、頑張るからね!」

 レミナちゃんがぎゅっと僕に抱きついてきた。女の子に抱きつかれた経験なんて皆無なので、顔が真っ赤になってしまう。

「でもお父さんになんて言えば…」

「ちゃんと説得するから大丈夫!」

 レミナちゃんは元気よく返事をしたが、心配だ。自分の子供が危険な旅をすることを承認する親なんていないだろうし。

 大丈夫かな、本当に…。

 そのあと、僕とレミナちゃんとナトちゃんと國春くんは寝ることになった。今夜の見張りを練磨くんが買って出たからだ。

 眠いはずなのに全然眠れず、僕は何度もベッドの中で寝返りを打った。

 ああ、日本が恋しい。異世界なんてろくなもんじゃない。

 ノアちゃん、君は今、何をしているの…?

 



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異世界で心中を。〜異世界アンチが異世界破壊〜 伊那 @kanae-ryu

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