建国記の終わり

 王国は公国に降伏し、公国は王国の領土全てをその手に収めた。公国はイルス=アウーディア王国と名前を改めることになったのだ。そして、王都より西に小さな国が生まれた。元アウーディア王国最期の王であるライロイドが築いた国だ。この国はアウーディア王国発祥の地を鎮護するために出来た国で、戦力を一切持たない特殊な国家だ。


 その国の国土は荒れ果て、平地が殆ど無い山岳地帯にある。そんな人が住むには最悪の条件の場所に、新たな国を立ち上げたのだ。しかも、ひたすら農業の振興を目的としているため、全ての国民が一丸となって事にあたるようだ。我が国もその目的を実現するための最大の協力者となり援助することになる。


 レントーク王国軍とサントーク王国軍も王都での降伏宣言が行われて以降、我が国の元王国民への炊き出しや物資の支援などの手伝いをしていたが、サツマイモ不足のため帰国することになったのだ。レントークは未だに兵站を確保することが出来ておらず、食料の殆どを我が国に依存していたのだが、サツマイモだけは供給することが出来なかった。そのため、レントーク王国兵の士気は日々落ちていき、自国へ戻ることを余儀なくされたのだ。


 サントーク王国兵もレントーク王国兵と同様に帰国の途についた。公国軍の大半を元アウーディア王国王都に残し、僕達も都に戻ることになった。都では戦争の集結が決まり、大きな騒ぎとなっていた。そして公国が王国へと生まれ変わり、国名にアウーディアを冠することに抵抗はなかったようだ。やはり、民の殆どがアウーディア出身なのだ。以前の王国に恨みを持つものは多かったが、祖国の名前が残ることは嬉しいようだ。


 僕は凱旋後、すぐに民に向かって都を王都と呼称を変えることを決めた事を発表した。それから慌ただしい日々を送った。旧王都は日々進む荒廃で一切作物が作れないような土地になってしまっている。そのため、旧王都の民のほとんどを王国の都市で受け持つこととなった。


 また、旧都以外に住む元王都民についても元公国領への移動を開始してもらうことにした。そのため、一時的に元公国領の人口が膨れ上がることになった。元王国領からは四百万人の移動だ。元公国領には六十万人程度しかいなかったことを考えれば、急増したことになる。


 移住してきた者たちには、元公国民と同様の待遇を与えることにした。これには猛反対もあった。元敵国の者たちを厚遇することへの抵抗があるのだろう。しかし、王国は村の時代から来るものすべてのものに対して平等に接してきた。それが今の王国に至るまでの成長を支えてきてくれたのだと思う。僕は反対派をなんとか説得し続け、なんとか納得してもらうことが出来た。


 その甲斐があったかどうか分からないが、元王国民は本当に真面目に働いてくれた。元公国領には未だに耕作していない土地がたくさんあったが、その多くが新たに移住してきた者達の手によって耕されていった。もはや元公国領はどこを歩いても田畑が広がる豊かそのものの土地になっていった。


 一方、元王国領には百万人が残っている。この者たちには元王国領の荒廃した土地を復活させる事業に当たってもらうことになっている。実はこの者たちの殆どが人間至上主義という王国の原動力になった者たちで構成されている。その者たちが元公国領に来なかったのは、ひたすら亜人を嫌っているからだ。


 中には声高々に王国に対して、主義主張を言うものもいた。そういう者たちを嫌う者たちは少なからず王国にはいたのだが、僕はそれも自由にさせることにした。もはや彼らに力はない。その力がない者たちが出来ることは声を上げ、自らの主張の正当性を訴えるだけだ。もし、それを国が止めさせるようなことがあれば、王国はほんとうにつまらない国に成り下がってしまうだろう。


 そこで僕は元公国領に来たがらない者たちには、元王国領の土地の改善という途方もない仕事を押し付けたのだ。もちろん、この事業は王国にとっては最重要な課題の一つだ。ただ、この事業は、ほぼ荒廃した時間と同じ時間だけかかるだろう。つまり、アウーディア王国が建国してから二百年ということになる。この先の見えない事業に着手することはどうしても優先順位が下がってしまうものだ。


 彼らの殆どには旧都に住んでもらい、少人数を北と南の街道沿いの街や村に住んでもらうこととなった。やはり土地の改善を先にするのは旧都だろう。旧都はなるほど強大な王国を支えた土地だけのことはある。今は見る影もないが、広大に広がった農地は見事という他なく、その農地を支える大きな水源である大河がいくつも流れているのだ。


 ここが往年を取り戻した姿はさぞかし美しい場所となるだろうな。旧王国領に残った者たちの仕事はひたすら旧公国領から運ばれてくる堆肥や肥料を土地にすき込み、草を育てるというものだ。一切の生産性がなく、また作物を一切育てていないのだから、食料は元公国領からの物資に依存している。そのため、王国の中では肩身の狭く、彼らの中には自暴自棄となって何度か反乱を起こすという騒ぎに発展したこともあるのだ。


 それでも彼らはひたすら土地の荒廃を止めるべく土を豊かにしていく。ちなみに旧都は大きな物流拠点となっていた。レントークやサントークから運ばれる交易品を保管するためのものだ。基本的には交易は船で行われ、元公国領に入った物は各地に運ばれていく。しかし、港も持たない北部ではレントークから直接陸路で運ばれたほうが早いのだ。


 旧都はそんな北部向けの物資が大量に保管されていることになっている。それから後は旧都の人が住んでいない地区の建物が全て解体され、王都に運び込まれることが決まった。もっと早く進められる予定だったが、旧都から王都までの街道がほとんど整備されていなかったため、大量の物流には適していなかったのだ。旧公国領からの堆肥と肥料を運ぶためにも街道整備は必要で、人手を繰り出して道普請をしてもらったのだ。それが完成してから、旧都の解体が決定したということなのだ。


 百万人以上が住んでいた旧都から大量の解体された資材が王都に運ばれ、王都が再現されたかのような地区が次々と作られていった。やはり歴史があり、風情がある建物達が王都に来たことで街並みが一変することになった。そのため、王都は日に日に人が入り込み、旧都を凌ぐほどの大都市へと変貌を遂げていく。王都の拡張は毎年のように行われることになる。


 さて、王国が降伏してから様々なところで変化もあった。まずは教育面だ。学校が次々と立ち上げられ、子どもたちは家業に追われることなく、勉学に集中できる環境が作られていった。それでも学校の教材と言えば、高等教育を受けた者たちが作成した本などだが、それでも慢性的に不足していたのだ。それが旧都が陥落したことを受けて、旧都にある様々な書籍が王都に流れ込むことになった。それらは王国が長年研究していた成果を記したものもあったり、学校教育で使われていた教材も多数あった。全てを使うことは出来なかったが、どれもが素晴らしい書籍が多かったため、学校教育は一気に形作られるようになった。


 次に建築だ。元王国は多くの大工を抱えていたのだ。彼らは元王国の建築に精通しており、王国でもその腕が遺憾なく発揮された。慢性的な住宅不足もすぐに解消され、元王国風の街並みが各地で作られることとなった。それでも常に王国は農業を中心とした国家だ。街作りもそれを主眼としているため、建築様式も徐々に変わり、王国風と言えるようなものが出来始めていったのだった。


 医療も大きく変わった。やはり慢性的な医者不足という問題をつねに旧公国は抱えていた。それが元王国領から流れ込んできた人たちには大量の医者がいたのだ。ただ、腕の良し悪しにかなりの差があり、方々で問題が多発した。そのため、医療の専門学校を作ることになった。その学校では高度な医療技術を習得することを目的としており、腕の良い医者を次々と輩出することになる。彼らは各地に設置された病院で働き、地域の医療に従事することになった。


 医療の拡充と共に薬師も増えた。この者たちには元公国にあったマーガレット流の薬学が普及することになっていった。といってもその基礎は元王国の薬学のため、マグ姉が公国に来てから得た知識が付け足されているだけのことだ。それでも薬の効能などに大きな影響があるため、その知識は重用され、薬の普及が一気に広まっていったのだ。


 そのように王国は名前が変わっただけではなく、その中身も大きく変貌を遂げていった。ただ、僕が最も変わったと言える場所は……種族の違いが無くなったということだろうか。もちろん、完全に無くすことは出来ない。皆の心の中まで覗き込むことは出来ない。それでも亜人が人間に虐げられることはかなり無くなり、人間と同じ学校、同じ仕事をすることが当たり前となったのだ。まさに僕が夢見た世界だろう。


 人々が飢えに苦しむことなく、種族というものに分け隔てなく接することが出来る世界。その実現がほぼ確実に訪れることを感じる。あとは皆がより良い世界を作っていくことになるだろう。僕がこの世界にやってきて、与えられた仕事は終わりだ。子が育ち、王になれる日が来たら僕は旅に出ようと思う。この大陸にはまだ見ない世界が広がっているはずだ。それを妻達と共に見て回りたい。

 

 そんな日が来るまで、この王国を……守り続けていきたいと思う。

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爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。 秋 田之介 @muroyan

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