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 レインとギルバートが去ってほどなくした頃、アレックスも仕事に戻るため、シャーリーも一端家に引き返した。

 家に帰ると、現役雪屋でありシャーリーの師匠でもある祖父のクラウドが眉間にしわを寄せて孫の帰りを迎えた。

「ずいぶん長いこと外に出ていたみたいじゃが、雪の保管はちゃんとできてるんじゃろうな」

 開口一番仕事の話だ。晴屋の付近ほどではないが、このあたりも随分暑くなり、それもあいまってシャーリーをうんざりさせた。

「ちゃんとできてるよ。それに、従業員の人たちがいるじゃないか。一番仕事してないのはじいちゃんだよ」

 シャーリーは安楽椅子にもたれかかりのんびりと新聞を読む祖父を睨みつけた。

「あんな素人連中なんぞに任せておけるかい。それに、わしだってちゃんと仕事くらいしてるさね。お前が見ていないだけじゃ。プロは作業を他人に見せ付けたりはしないからのう」

 お前はまだまだ半人前、いや四分の一人前だのう、と人を小馬鹿にした態度でそう言う老人に腹を立てない若者は、まああまりいないだろう。

 シャーリーもまた同様にむすっとした表情で保管庫の方へ向かった。

 保管庫に納められている雪はシャーリーが家を出る前と全く同じ形状、質をきっちり保っていた。

「そら見ろ、じじい。雪の保管くらい完璧にできるっての。俺は半人前なんかじゃないっての」

 悪くても四分の三人前くらいだ。シャーリーはそう言って胸を張った。

 一部の地域では晴屋が活躍する時期でも雪を降らせるところがあるため、雪の製造を怠るわけにはいかないのだ。そのため、この時期は雪は製造したらすぐに保管庫にしまう。でなければ晴屋からの熱ですぐにダメになってしまうからだ。

 シャーリーは保管庫を見渡した。

 これだけ在庫があれば、スポンサーがかなり気まぐれを起こさない限りしばらくは余裕だろう。保管庫の温度と雪の質が落ちないようにさえ気をつけていれば、今日はもう仕事をしなくても大丈夫そうだ。アレックスのところにいける。

「あ、今夜じいちゃんもアレックスんちに連れて行こうかな。人数は多いほうがいいって言ってたし。……うーん、まあいいか。どうせあの人のことだから面倒くさいの一言で終わりそうだし」

 シャーリーは一人で行くことにした。


 夜、夕食をとった後シャーリーが晴屋のハウスに再びやってきたとき、そこには既に先客が二人いた。一人は昼にも会ったギルバート、そしてその横にいるのが、

「あら、シャーリーこんばんわ」

「こんばんわ、フラー」

 フローラはギルバートと共に風屋ウィンディハウスを経営する彼の双子の姉だ。ギルバートと同じく茶髪で緑の瞳をしている。ただ違うのはフローラは髪が腰まで届くほど長いことだ。

「あなたもアレックスに呼ばれたの?」

 フローラはおっとりした調子で尋ねた。ハウスの前は随分暑いのに、この女性は少しもそれを感じさせない。

「うん。本当はじいちゃんも誘おうかと思ったんだけど、どうせ面倒くさがって来ないだろうから伝言だけ残して一人で来たんだ」

「今の時期、老人にここはキツイだろうからなあ」

 ギルバートはそう言って、苦笑しながら額の汗を拭った。

「翁は来ないのか、残念だなあ」

 そのときギルバートの後ろから突然声が聞こえてきた。

「うわ、マシューさん! いつのまに来たんすか?」

 ギルバートが驚いて飛びのいた。その反応を楽しむようにマシューはクスクスと笑った。

「たった今。仕事が長引いてしまってね。僕が最後?」

「いいえ、まだあとレインが来ていないわ」

「そういえばアレックスさんの姿も見えないな。主催者がどこいったんだ?」

 ギルバートは周囲を見渡したが、アレックスの姿は見当たらなかった。

「アレックスは分からないけど、レインはもしかしたら来られないかもしれないね。昼に急に仕事が入ったから、その後の調整に追われているだろうしね。まあ、あいつの場合、暇ができてもここに来るかは分からないけど」

 そう言ってマシューは可笑しそうに目を細めた。

 マシューは一見年が若そうに見えるが、それはただ単に彼が童顔なだけで、本当はアレックスやレインと同じで現役天気屋としては最年長組だった。淡いベージュ色の髪と灰色の瞳を持つ彼は幼い容姿に反して誰よりも大人びた雰囲気を持っていた。

「俺、アレックス探してこようか?」

 大人たちの雰囲気に飲まれないよう、シャーリーは精一杯背伸びをして会話に加わった。

「いや、その必要はないと思うよ。彼は自分で人を呼んでおいて放っておくようなやつではないし、姿を現さないのもきっと何か理由があるはずだよ」

 さすが、レイン同様付き合いが長いだけのことはあり、マシューはアレックスのことをよく知っていた。

 そのマシューの言った言葉を裏付けるように、突然アレックスがハウスの脇からひょっこりと現れた。

「いやー悪い、待たせたな。ちょっと準備に手間取って。もうみんな来たか?」

「あとは雨屋さんだけだよ」

「そうか。あいつ今忙しいだろうしな」

「うん。でもすごく来たがってたよ。行けなかったら、アレックスに申し訳なくて自分の涙で雨を降らせそうだって」

「へえ、あいつそんなこと言って、」「るわけないだろ!」

 アレックスが全てを言う前に、マシューの後ろから別の声が振ってきた。

「あ、レイン久しぶりだね」

「さっき会っただろうが。おいマシュー、勝手にあることないこと言いふらすな」

「やだなあ、冗談だよ冗談」

 昼間と同じく眉間にしわを寄せながら登場したレインとは裏腹に、マシューは終始まったりとした笑顔を絶やさずに友人と接していた。

「マシューって普段は大人っぽいけど、ときどき子供っぽいよね」

 シャーリーはアレックスの側によって、小声で囁いた。

「ああ。昔からあんなんだよ。とくにレインに対してはな」

 アレックスも身をかがめて囁き返した。

 シャーリーは小さく首をかしげた。

 アレックスとレインの関係も時々疑問に思うのだが、あの二人の関係も気になるときがある。二人は親友と呼ばれるくらい仲が良いが、ああやってレインがマシューにからかわれているのを見ると、どうしてレインはいつもマシューと一緒にいるのか分からなくなる。からかわれると分かっているのにもかかわらずだ。

 今度機会があったらマシューに聞いてみよう。レインに聞いたらなんとなく怒られそうだから。

「それで? こんな時間に俺達を集めて何する気なんだ?」

 レインは腕を組んで、いぶかるようにアレックスを見つめた。

「ん? そうだな。みんなちょっとこっちに来てくれ」

 そう言うとアレックスは先程出てきたハウスの脇に向かって歩き出した。シャーリーたちもそれに続いた。

 一行はやがてハウスの裏手に出た。そこは大きめの庭になっていて、庭を挟んでハウスの向こう側は林になっていた。

「ここに、その見せたいものがあるの?」

 シャーリーは辺りを見渡してみたが、大して気になるようなものはなかった。

「いや、ここにはないんだ。もう少し待ってくれ。今に分かるから」

 そう言うとアレックスは林の上空を見上げた。他の面々もそれにつられてそちらを見やったが、特に何も起こらなかった。

「おい、はぐらかすな。一体何を考えて……」

 痺れを切らしたレインが文句を言おうとしたとき、上空から笛の吹くような細い音が聞こえてきた。

「あら、あれって……」

 笛の音が数秒したかと思うと、それは瞬時に太鼓を叩くような力強い音に変わり、上空に大輪の光の花が咲いた。

「花火だ!」

 シャーリーは目を輝かせて背伸びした。一つ目の花火が消えないうちに次々とまた新しい種が飛び上がり、上空はあっという間に大輪の花束に覆われた。

「きれい」

「すっげー」

「本当にね」

「おお、我ながら上手くできたな」

 皆は口々に感想の言葉を述べた。用意をしたアレックス自身も嬉しそうに空に咲き乱れる多種多様の花々を眺めた。

「すごいすごい! あれ本当にアレックスが作ったの?」

 シャーリーは半ば興奮気味になってアレックスに問いかけた。

「おう。すごいだろう」

「うん! すっごい!」

 シャーリーは満面の笑みを浮かべながら次々と上がる花火に見入った。

「ちょっと待て。お前、解決策を考えてるとかいいながらあんなもん作ってたのか」

 それまで花火に見入っていたレインは突然冷静さを取り戻し、アレックスに向き直った。

「え、いや、ちゃんと考えてるって。その息抜きとして作ってたんだよ」

「息抜くな。まじめに仕事しろ」

「まあまあ、たまにはいいんじゃない、こういうのも。レインだって見とれてただろう」

 レインがアレックスに詰め寄ろうとしたところをマシューが穏やかにとりなした。

「み、見とれてなんかいない。呆れてただけだ」

「本当に? その割には目が輝いていたように見えたけど。シャーリーみたいに」

 言われて下に目を向けると、名前を出された当人はそのことに少しも気付かない様子で夢中になって花火を見つめていた。その瞳は子供らしさが溢れんばかりに輝いていた。

「これは、花火の光が映ってるだけだ」

「あはは、ばれたか。でも、きれいだよね」

 マシューが視線を花火の方に向けたのにつられ、レインもそちらを振り返った。ちょうど大きめの花火が空の真ん中に咲いたときだった。

「まあ、確かにきれいではあるけどな」

「お、本当か? レインに言ってもらえると嬉しいなあ。こりゃあ明日は雪が降るかな」

「降るか、馬鹿」

「雪屋さんに頼めば降らせてくれるんじゃない? ちょうどここにいるし」

 三人は次々上がる花火にはしゃいでいる子供に視線を移した。さすがにそれを感じたのか、シャーリーが振り返って自分を見つめる天気屋たちを見上げた。

「何?」

「こいつはまだ早いだろう」

「そうだなあ。もうちょっと進歩してからだな」

「早く一人前になるといいね」

 シャーリーの疑問には誰一人答えず、しかも祖父と同じように半人前扱いをされていることに気付いてムッとしたが、ギルバートやフローラに呼ばれるとすぐに花火の方に心を奪われてしまった。そんな子供らしさは彼が半人前と言われても否めない充分な証拠になるだろう。

 現役天気屋の仕事は地上にもたらすさまざまな気候を作り出すことだが、自分達にはそれ以外にこの半人前の雪屋見習いの成長を見届けることも仕事のうちだろうとそれぞれの心にとどめ、彼等は空を見上げた。


 上空には大小さまざまな花火が咲き誇っていた。

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夏でも雪屋は営業中。 朝日奈 @asahina86

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