夏でも雪屋は営業中。

朝日奈

1

 みなさんは世界の天候がどのようにしてもたらされているかご存知だろうか。

 大抵の場合は皆こう考えるだろう。

 晴れは太陽の光とその熱によって恵まれ、雲は地上の細かな水分が上空で集まってできたものである。

 雨や雪はその雲の水分が固まり、地上に降り注ぐもの。

 また雷は、雲の中で固まった水分が擦れあい、静電気を起こし、それが大きくなったもの。

 そして地上を吹き交う風は、気圧や気温の変化に伴い生まれる空気の流れである、と。


 確かにどれも納得のいく発生の仕方ではある。

 しかし、果たしてそれらは本当に自然に生まれたものだろうか。

 実は、我々のあずかり知らぬところで誰かが作っているのではないか。

 事実、これらの天候が出来上がるところをまじまじと見たことのあるものがそういるとは思えない。

 誰かの手によって作られていてもおかしくはないのである。


 では一体、誰が作っているのだろうか。




夏でも雪屋は営業中。




「アレックスー!」

 若々しいボーイソプラノの元気な声が空色の絵の具を撒き散らしたような青空の下に響き渡った。

「よう、シャーリー。今日も元気だな」

 アレックスと呼ばれた男は作業中の手を止め、肩にかけたタオルで汗を拭いながら呼ばれた方へ振り向いた。

「元気じゃないよ! むしろ元気なのはアレックスの方だろう!」

 シャーリーと呼ばれた少年は若さと元気よさをアピールするようにムキなって叫んだ。

「いくら夏だからって暑すぎるんだよ! おかげでこっちは雪の保管に大忙しだし、じいちゃんは熱にやられて全然仕事できないし! いや、あの人はもともと仕事なんかほとんどしないけど……じゃなくて、とにかくもう少し熱を押さえてよ!」

 一気にそうまくし立てると、暑さにすっかり体力を奪われ肩で息をし始めた。

「うーん、っていっても、俺も仕事だしなあ。こればっかりはどうにもできないんだよなあ」

 アレックスは苦笑しながら、日焼けなのか地なのかよく分からないほど色黒の顔をタオルで拭った。瞳と同じ濃茶色の髪の毛先が汗で濡れている。よほど暑いのだろう。頭の後ろでは襟足より少し伸びた長髪を雑に縛っていて、まるで短い尻尾のようだった。

 彼らの住む一帯には天候や季節といったものは存在しない。しかし、夏には晴屋が作る熱が外に漏れたり、冬は雪屋の雪による冷気が漂うことよって周囲の気温に変化が出る。

 シャーリーの暮らす雪屋スノーハウスとアレックスの暮らす晴屋サニーハウスはずいぶん離れたところにあるが、それでもこの季節は特に晴屋から漏れ出る熱が強くなり、雪屋にまで暑さを運んでくるのだ。

「じゃあせめて、ハウスの防温壁をもっと良いものに変えてよ」

「それも考えたんだが、そうすると中が蒸し釜状態になっちまうからなあ。光発設備を順調に長く持たせるには極度の高温状態は避けた方がいいんだよ」

「だからって、もう充分暑い……」

 シャーリーは顔に落ちてくる汗を拭いながら、ずるずると壁に寄りかかった。

「おいおい、大丈夫か?」

 慌ててアレックスが近寄り支える。

「あーつーいー」

「外に出よう。ここは慣れてないとしんどいだろう」

 アレックスはシャーリーを抱えるようにハウスを出て、その脇のテラスまで連れて行った。

「ソーダでいいか」

「うん」

 テラスまで来るといくらか熱が緩和されたが、それでもまだハウスから零れ出てくる熱で身体がだれてしまう。

 シャーリーはグラスに注がれた翠緑色のソーダをもらうと、半分ほどを一気に咽喉に流し込んだ。

 ソーダの冷たさと炭酸のパチパチとした刺激が体内に刺さり、目が覚めるようだった。

 アレックスもシャーリーの向かいの席に腰を下ろすと、自分の分のソーダに口をつけた。

「ごめん、仕事の邪魔して」

 シャーリーが今更ながらにアレックスに謝罪すると、彼は良く通る声で笑いながら許してくれた。

「いいって。俺もちょうど休もうとしてたところだしな」

「それにしても、最近やけに仕事が多くない? いくら今が晴れの時期だからって、いくらなんでも注文の量が多すぎるよ。そんなに地上を暑くしてどうするのかな?」

「そうだなー。俺達天気屋はスポンサーに頼まれたぶんの仕事をするだけで、理由や目的なんかは聞かないことになってるけど、年々仕事量が増えてるのは確かだな。連中、何か目的でもあんのかな」

 アレックスは考えるようにうなったが、結局いい考えは浮かばなかった。

「逆にお前のとこはどうだ? 仕事量が減ったりとかしてないか?」

「俺のとこ? さあ、仕事の経理やなんかはじいちゃんがやってるから。俺はまだ雪造りの手伝いしかさせてもらえないし。あんまり変わってないとは思うけど……でも、そう考えてみれば確かに前より少し減ったかも」

「ふーん、雪屋にはあんまり変化ないのか。やっぱただの気まぐれかな」

「気まぐれって。天気ってそんな適当に決めてもいいの?」

 シャーリーはおもわず噴き出してしまった。当の本人も笑いながらさあな、と肩をすくめた。

「そういや、そっちの仕事はしなくていいのか? 管理が大変だとか言ってただろう」

「うん、一応区切りのいいところまではできてるから。でなきゃうちのじじいが外になんて出してくれないよ」

「そうか、ならいいんだが。この時期は本当に雪屋には申し訳ないと思うよ。もう少し良い解決策があればいいんだが」

「それはうちも同じだよ。雪の時期はそっちの仕事がはかどらなくなるでしょ」

「いや、仕事には差支えがないんだが、大変なのは設備の維持管理だな。高温も避けたほうがいいって言ったけど、うちの場合、冷温は大敵だからな」

「機械止まっちゃうんだっけ?」

「ああ。あの機械は光と熱を作るものだけど、あれを動かしてるのも熱だからな。一定以上の温度を保たないと動かないんだ」

 アレックスは困ったように苦笑した。

「お互い大変だね」

「まあな。でも、今の時期だったら、俺達以上に大変な奴がいるけどな」

「それって……」

 シャーリーが心当たりのある人物を答えようとしたとき、ハウスの扉の開く音が聞こえた。テラスにいても聞こえたくらいなので、よほど勢いがよかったに違いない。

 二人はおもわず顔を見合わせた。

「誰か来たのかな」

 アレックスは大声でハウスに向かって呼びかけた。

 その声に気がついたのか、誰かが勢い良くこちらにやってくる足音が聞こえた。かなり興奮しているようだ。

 二人が音のするほうを窺っていると、やがて足音の主が姿を現した。

「おいこら、筋肉達磨あ!」

 開口一番、アレックスへ暴言を吐いたその人物は、二人ともがよく知る人物、雨屋レイニーハウスのレインだった。

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