5

「……ちゃん、目を覚まして!!」

 叫び声に、私は目を覚ました。

 目の前に以前会ったおばさんの顔があった。

 顔をくしゃくしゃにして今にも泣きそうだ。


「おばさん?」


 私が声をかけると、おばさんは心底安心したように、顔を緩めた。

「良かったわ~。ちょうどこの公園の前を通ったら池で何かが落ちる音がしたから見てみたら、あなたが浮いてたんだもの。もう死んじゃったのかと思ったわ」

 おばさんはそう言って目に溜まっていた涙をぬぐった。

 おばさんのスカートを見てみると腰の辺りまでびしょ濡れだった。

 おそらく人を呼んでる時間はないと思い、自ら池に入り私を助けてくれたのだろう。


 私はおばさんに礼を言った。

「いいのよ、そんなの。おばさんも、この間はごめんなさいね、あなたを脅かすようなこと言って。だからここのことが気になっちゃってたのよね」

 おばさんは申し訳なさそうに言った。

 私は以前、おばさんになんと言われたか思い出せなかった。


 私は池の方を見た。

 池は風に合わせて、ゆらゆらと波を立てていた。

「ゴメンね。次の街でいっぱい生きられるといいね」

 私はおばさんにも聞こえないくらい小さい声で、そうつぶやいた。





 おばさんに抱えられて家に帰ると、母に盛大に怒られた。

 しばらく外出禁止と言われたが、おばさんがフォローしてくれたおかげで、なんとか免れた。


 数日後、私は「あの子」の家に行った。

 両親はまだショックを隠しきれていなかったが、私が行くと喜んで迎え入れてくれた。


 私は「あの子」の写真の前で向き合って座った。

「あの子」は笑っていた。

 私は一息ついて言った。

「あの時はありがとう。あなたが止めてくれなかったら、きっと私はもう次の街に行くことになっていたと思う。

あなたはもう次の街に着いちゃってるけど、そこでは、今よりもっとたくさん生きられるといいね。私も今の街で出来る限り生きるから。次の街で会おう」



 私が家を出たとき、どこかで鐘が鳴った。夕方六時を報せる鐘だ。

 空はもう真っ赤に染まっている。

 さあ、帰ろう。母が夕飯を作って待っている。


 私は駆け出した――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

朝日奈 @asahina86

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る