4

 私は目を覚ました。

 心臓の音がはっきりと聞こえていた。

 夢の内容を思い出そうとしたが、上手くいかなかった。

 仕方なく、ベッドから起き上がって服を着替えた。


 私は今日も図書館に向かった。

 今日も先生はいなかった。職員室だろうか……。

 アルバムが置いてあるところに行くと、昨日見たアルバムの横にあの本も置いてあった。

 先生なら必ずもとの場所に戻すはず。

 じゃあ誰が置いたのだろう。

 私は本を手にとって見た。

 しかし、本の奇妙な感覚に驚いて、すぐに手を離した。

 本は音を立てて床に落ちた。

 本はなぜかずぶ濡れだった。

 屈んで見てみると、本の間に何か紙が挟まっていた。

 私はおそるおそる、それを手にとって開いてみた。


『迎エニ行クカラ、カナラズ』


「!!」


 私は紙を放ってどちゃっと尻餅をついた。

 紙は本の上にヒラヒラと落ちた。


 あれは夢じゃなかったの?!


 私は立ち上がって、走って図書館を出た。


 逃げなければ。


 私は無我夢中で走った。走りながら思った。


 なんで、私が??!!

 私が何をしたっていうの?!


――思ったでしょう? 次の"街"を見たいって。


 そんなこと思ってない!


――うそ。思ったよ。死んで次の街に行ってみたいって。あの池で。


 違う! あれは本気じゃなかった!


――「あの子」も見たいって言ったから連れていってあげた。


 え?



 気がつくと、あの池の淵に立っていた。靴はきちんと脱いで隣に置いてある。

 体がピクリとも動かない。

 目の前に女の子がいた。池の中央の水の上に立っていた。


「彼女」だ――。


「彼女」は両手を差し出して言った。


――連レテ行ッテアゲル。


 その途端、何かが水の中に落ちる音と共にまた世界が反転した。

「がぼっ」


 息ができない!


 苦しい!


 私はもがいて、なんとか水面に出ようとしたが、しっかり腕をつかまれて自由に動くことすら出来なかった。

 私は引きずられるように池の中を泳いだ。

 少女はこちらを振り向いてにこっと笑った。


――今度は逃げないでね。


 私は泣き出したい気持ちでいっぱいだった。


 いやだ。


 どうして。どうしてこんな事……


――死ぬことは眠ること


 え?

 彼女は前触れもなく話し始めた。


――『眠ることは起きること。起きることは歩くこと。歩いて次の街にたどり着くこと』

 あたしね、この言葉が大好きなんだ。ある本に載っててね。あ、知ってるか。それでね、あたし昔から病気がちで、普通の人より長くは生きられないって言われてたの。

 だから毎日毎日、いつ死ぬんだろうってビクビクしてて。でも、あるときあの本に出会って、あの言葉を見つけたとき、死ぬのが怖くなくなったの。むしろ楽しみになっちゃって。

 それで、やっと死んだとき、あたし、次の街に行ったの。着いたときは感動したわ! だって、とても素晴らしいところなんだもの!

 あたしは、これは絶対みんなにも教えてあげなくちゃって思ったの。


 だから、池に近づいた人を……


――そう。なんかこの池が次の街にいく通路になっているみたいでね、ここら辺で死んだ人はみんなここから次の世界に行くみたいなの。

 でも、ただ池に近づいた人じゃないよ。次の街に行きたいって思った人だけ。あなたでまだ二人目よ。あの本誰も読まないんだもの。あんなに素敵なのに。


 ひどい……


――ひどい? どうして?


 だって、そうじゃない! あなた一人の勝手な思い込みで人を殺すなんて!


――あたしは、あななたちの望みをかなえてあげようと思っただけよ。


 だからって殺していいってワケじゃない!


――人はいつかは死ぬのよ。だったら……


 だからこそ、生きれるときに生きたいの! 今の"街"で生きたいの!


 私は涙が出てきた。水の中なので本当に涙を流しているかは分からなかったが、とにかく私は泣いていた。


 あなたさっき言ってたでしょ、次の街はとても素晴らしいって。だったら、そこで、ずっとずっと、可能な限りそこで生きたいって思わない? 思うでしょう!


「彼女」ははっとして、急に泳ぐのを止めた。

「彼女」はこちらに振り返って、私と向かい合った。


 私はもう限界だった。


「彼女」の後ろに光のようなものが見えた。


 次の街に行くのかな……


 息ができなくて、頭がクラクラする。

 だんだん光が大きくなってきている気がする。


 大きく……大きく……

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