そんな長い話はさっさと長押しスキップしちゃえば?

ちびまるフォイ

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「教員のみなさん、それでは朝礼をはじめます。

 え~~最近ですがニュースではこういうことがありまして

 我々教員としてもとくに注意をしなければならず、

 生徒の規範となれるようにえ~~それで……」


またはじまった。

生徒主任の長いお話。


朝の忙しい時間に全員を集めて意味のない話をダラダラと。

ああ、こうしている間が実にもったいない。


「……ん?」


視界の右端になにか半透明な表示が見える。


『 ▷長押しでスキップ 』


幽霊を指差すかのように思わず誰もいない空間に手を伸ばし、

スキップと書かれた場所を押してみる。


「というわけでありまして、今後は――





 以上です。あれ?」


わずか数秒だった。

一瞬だけ見ている世界に横の線が入ったかと思うと、

長かった生徒主任の話はスキップされていた。


時間はキープしているので主任の話だけがただ早送りされている。


煙に包まれたのは主任だけで、他の教員たちはいそいそと朝の授業の準備をはじめた。


「今日の主任の話めっちゃ短かったよな?」

「なんか途中で急に短くならなかった?」

「一瞬だけビデオテープみたいな線が入ったような……」


「まあ、でもあの朝礼拷問がスキップされたならいいか!!」


俺は授業を行うクラスへと急いだ。

教室につくとクラス委員長がまっさきに手を上げた。


ああ、またこれかと嫌になる。


「先生、先ほど男子が……」


なんの正義感なのかしらないが彼女は自分が許せないことは、

逐一授業が始まる前に先生に公衆の面前で晒すようにしている。


こっちは1時間の間にすすめるべき授業進度というのがあるのに。

掃除道具で遊んでいたとか着席が遅かったとかはどうでもいい。


と、俺の気持ちが届いたのか再び視界の橋にはあのボタンが見えた。


『 ▷長押しでスキップ 』


迷わず押した。




 ――ということだったんです」


「そうか。それはダメだな。そいつだけでなく、みんなも注意するように。

 はいでは授業をはじめます。教科書23ページを開いて」


あっという間にスキップした。


今まで10分、15分とかかっていたことがものの数秒で終わる。

一番時間を使うべき授業に時間を割ける。


「……以上で授業を終わります」


授業もいつもより5分早めに終わることができた。

早めに終わる授業は生徒からの印象も良いだろう。


教室を出ようとするとひとりの生徒がかけよってきた。


「先生、今の授業のことで質問があります」

「ああいいよ」


この子は質問にかこつけて単に俺と話したいだけなんだろう。

余裕のある大人の男性に憧れてしまい恋に恋するお年頃だからな。


『 ▷長押しでスキップ 』




「……ありがとうございました!」


「ああ、いいんだよ。またいつでも来なさい」


質問拘束もスキップできた。

これで早めに職員室に戻れる。

コーヒーでも飲みながらカクヨムでもしようか。


その日の仕事が終わり電車で帰路についた。


『えーー当電車は、〇〇町から発車し――』

『 ▷長押しでスキップ 』


「お会計1280円になりますポイント――」

『 ▷長押しでスキップ 』


「あなた、おかえりなさい。今日ね、大根が――」

『 ▷長押しでスキップ 』


スキップできるようになると、

今まで自分がいかに時間的なロスをしていたのか気付かされる。


早押しクイズのように冒頭だけきけば内容がおおよそ把握できるものがほとんどで、

わざわざ最後まで神経すり減らしながら時間をつぶす必要はない。


「あなた、今日はずいぶん早く寝るのね」

「ああ。時間ができたからね」


「ちょっと話したいことがあるの。実は隣の家で――」

『 ▷長押しでスキップ 』


「おやすみ」


会話というのはまるでテレビCMのように挟まれてくる。

本当にわずらわしい。


きっと話している人間にとっては自分の話を聞いてほしい一心で、

相手がどう思っているかとかどれだけ相手の時間を拘束するかについて考えが及ばないんだろう。


次の日、起きてからは昨日以上にスキップするようになった。


「あなた、おはよ――」

『 ▷長押しでスキップ 』


「いってらっしゃい」

「ああいってきます」


本当に必要な会話なんてごくわずかだ。

それ以外の会話はスキップしても良いものばかり。


『 ▷長押しでスキップ 』


『 ▷長押しでスキップ 』


『 ▷長押しでスキップ 』


『 ▷長押しでスキップ 』


『 ▷長押しでスキップ 』


『 ▷長押しでスキップ 』


いつしかスキップ動作は条件反射のようになり、

人が話し始めると自然に視界の右上のほうに手が伸びるようになった。


今となってはもう1文字でも話を聞くために拘束されるのが面倒だ。


ガチで話があるやつは内容をまとめて提出してくれ。

内容を見て必要なものにだけ目を通してあとは捨ててやる、


「あなた、話が――」

『 ▷長押しでスキップ 』


「それじゃ約束ね」

「え?」


つい反射的にスキップしてしまった。

なにか約束をしたらしいが内容はわからない。


もう一度聞くのも面倒だし把握する方法は他にもある。

妻が就寝してからケータイを確認してカレンダーをチェックする。


「……動物園、か」


ああ面倒だ、と心で感じたうんざり感はすぐに握りつぶした。

週末は約束通り妻と一緒に動物園にやってきた。


「ねぇ、見て。あそこのライオ――」

『 ▷長押しでスキップ 』


「ああすごいね」


「あっちにパーー」

『 ▷長押しでスキップ 』


「うん、見に行こうか」


「ほら、ゾ――」

『 ▷長押しでスキップ 』


「あーーすごいすごい」


「……ねえ、あんまり楽しくない?」


「そんなことはないよ」


「だってさっきから――」

『 ▷長押しでスキップ 』


これでも昔は獣医を目指すほど動物が好きだった。

動物園なんて妻よりもはしゃいでしまったものだ。


なのに、どうして今はこんなにワクワクしないのか自分でも不思議だった。


「……帰ろうか」

「え? でもいま来たば――」

『 ▷長押しでスキップ 』


家に帰ってもやることは特になかった。

あり余る時間だけが待ち構えていて、何をしても満たされない、


「あなた大丈夫? 体調――」

『 ▷長押しでスキップ 』


なにもかも面倒くさい。

話すのも面倒だ。ゲームをしても面倒くさい。

テレビは会話がタルいし、本はオチをさっさと書け。


ダラダラと時間を使われることがもう耐えられない。


「1日って……こんなに長かったっけ……」


いつまで経っても太陽は沈まない。

布団に入っても眠れない。眠れる時間じゃない。


「あなたやっぱりお医――」

『 ▷長押しでスキップ 』


もはや動くことすらも面倒くさい。

服を着る動作が無駄に感じてしまう。

食事もスキップしたい。なにもかも我慢できない。


いつから俺はこんなに時間を使うことに耐性がなくなってしまったんだ……?


「誰か! 早く1日をスキップしてくれーー!!」


待ち受けていた大量の「自分の時間」はあまりに空虚で、

スキップで無駄を楽しむ余裕すらなくなった自分にはただただ苦痛だった。


 ・

 ・

 ・


「はい、もう退院してもいいですよ」

「……ありがとうございました」


「しかし変な話ですねぇ。体はどこも悪くないのに入院させてほしいだなんて」

「一度現実を忘れたかったのかもしれません」


結局、妻の後押しもあり病院で入院をした。

入院中にリハビリをしていたことは俺以外は知らないだろう。


入院中は自分でスキップしないように決めて、

普通の時間の使い方ができるように必死だった、


入院生活を終えてからはすっかりスキップ癖もなくなり、

いつしか俺の視界にもスキップボタンは表示されなくなった。


「あなた、今日から授業に復帰するけど大丈夫?」


「ああ、大丈夫。それに生徒には伝えたいことがあるからね」


今まではスキップしてわからなかった。

いつも妻の言葉の端々に俺を気遣っている気持ちが含まれていたことに。

どうしてこんな大事なこともスキップしていたのだろう。


学校について授業の準備をしてから教室に向かう。


「みんな久しぶり。授業を始める前にみんなに話したいことがあります」


俺は準備していた「伝えたいこと」をゆっくりと話し始めた。


「みんな先生の入院がなんだったのか気になっていると思う。

 先生はこの入院生活で大事なことに気づきました。

 それは時間の使い方です。今はなにもかも便利で効率よく、

 なんでもすぐにできてしまいますが、それにより失われる……」



話しているとき、生徒全員が一斉に指をあげた。


その手の先はそれぞれの右端に動いたのがわかる。



「ちがっ……! これからが大事な話なんだ! 聞いて――」



『『『 ▷長押しでスキップ 』』』

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