第1話 明晰夢

目を閉じてどれ位経てば此処に来られるのか。


夢の中で目覚めると懐かしい場所に立っていた。

小学生の頃よく放課後に友達と行っていた駄菓子屋の目の前の細道に、カンカン照りの中20歳になった私が立ち尽くしているのだ。

不思議とあの頃のままで外観も変わらず、開けっ放しになった入口に簾がかかっている。

(おかしいな…もうこの場所には駄菓子屋は無いのに…)と考え始めた頃に気付く、

(あ、これ夢なんだな)と。

毎日見ている夢なのに、夢だと認識するには少し時間がいるようだ。


夢の中では私は、私以外のものを思い通りに描くことが出来る。

天気や、場所、登場人物に至るまで。

だから今日のこのシチュエーションも全て、潜在的に私が思い浮かべていた風景なのだろう。

なんでまたこんなに真夏の暑い日を選んでしまったのか…。

もちろん、この後で雨を降らせることも気温を下げることもできてしまうけれど。


駄菓子屋の入口に足を進めると

「おはよー!」と声がした。

簾の奥、日陰になった場所に設置されたベンチに1人、見慣れた顔が座っている。

「今日も会えたね」

ハルトはそう言うとニッコリ笑った。


この夢には私の思い出が詰まっている。

炎天下も、駄菓子屋も何もかも見た事のある景色。

ただ1つこの中に私の知らないものが混ざっている。

それこそが今、私に話しかけてきた男の子"ハルト"である。


ハルトは毎日私の夢に出てくるにも関わらず、私の意思で出てこないようにしたり、場所を変えたり、といったが出来ない唯一の人物であった。

原因らしきものは思い浮かぶが、それが一体何故なのか本人にもわからないのだという。

私は彼に1度もあったことがない。

そんな彼がどうして私の夢に出てくるのかは分からないけれど、毎日同じような夢をみている私にとっては話し相手がいることは大変ありがたかった。


「おはようハルト!暑いね…」

私は額にじっとりと張り付く汗を拭いながらハルトの横に腰掛けた。


ハルトは15.16歳くらいの容姿をしている。

どこの学校の制服かはわからないが校章のついたワイシャツに濃いグレーのパンツを履いて袖をまくり上げていた。

ハルトの額や首にも汗が浮かんでいる。


「今日は何か用事でもあったの?来るの遅かったみたいだけど」

「ごめん、今日は仕事が終わらなくてさ…」

ハルトは今日、私が来るよりも前にここに来ていたようだ。


「じゃあ、今日の話をしてよ!セナ」

ハルトはワクワクした顔で私の顔を覗き込んだ。

私は夢でハルトに会うと、必ず今日の出来事を話すことになっている。

ハルトは私の現実での私生活に興味があるようだった。

私も特にすることもないのでベンチに座って足をだらしなく伸ばしながら話し始める。


「今日はね、お店に高校時代の友達が来てくれたんだよ。今度結婚するんだって!子供も産まれるから、準備の為に色々買いに来てたみたい」

「そうなんだ!おめでたいね。セナのお店は輸入雑貨の販売をしてるんだっけ?」

「そうそう。赤ちゃん用品も品数は多くないけど取扱あるし!って言ってみたんだ。多少安くできるし…」

ハルトは私の話をニコニコしながら聞いていた。

「そっかぁ」「いいね」と相槌を打ちながら。


こんな風に楽しかった風に喋っている私だけど、実は結構友達は少ない方で話すのもあまり得意ではない。

今日来てくれた友達も、今の店で働き始めた頃にたまたま来てくれたところを私が対応したので知っていただけなのだ。

私は誘っていない。

毎回楽しそうに話を聞いてくれて、慕ってくれているハルトには恥ずかしくて言えないが…

ハルトは私の夢の中の住人なのに何故か本当のことが話せないまま、ズルズルと充実していると嘘をついてしまうのだった。

本当の話をしていたら、つまらなくなってハルトが夢に出てこなくなるかもしれない…、と変な心配ばかりしている。


私は小さくため息をつくと、「アイスでも買おっか」とハルトに言って立ち上がった。

「いいねー!暑いし食べたかったんだー」と、ハルトもあとをついてくる。


ハルトとの会話は楽しくていつも長くなってしまう。私が一方的に喋るだけになってしまうのにハルトは本当に聞き上手だ。結局喋る以外に何もしないままこの駄菓子屋でダラダラしていたらいつの間にか現実の私に朝がきてしまったのだった。

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Real 壱丸 @ichimaru0817

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