怖い話28【震える車】1000字以内
雨間一晴
震える車
「いつも、こんな風にナンパしてるんですかー?」
「そんなことないよ、君が余りに可愛かったからさ」
二人の男女が、赤いスポーツカーの車内で話している。流れる景色は徐々にホテル街に変わっていった。
「あー!酔わせて、早速ホテルに連れ込むんですかー?」
女はかなり酔っているらしい、大きなトンボの目のような茶色いサングラスに赤い口紅。茶色く巻かれた髪を指でクルクルと回していた。
「はは、そんなことないよ」
「そんな風に優しく言っておいてー、このダッシュボードに怪しい物でも隠してるんでしょー」
「はは、そんな所に何も入ってないよ」
女がダッシュボードを開いて固まっていた、手が微かに震えている。
「……降ろして」
「え?」
「早く降ろして!止めてよ!早く!」
走行中のドアを開けながら絶叫していた。茶色い髪が景色に流されていく。
「ちょ、待って、危ないよ!止まるから」
停車すると、逃げるように女は走り去っていった。
「ったく、何なんだよ、あの女。もう少しで上手く行きそうだったのに、うわあ!」
ダッシュボードには、ベッドの上で血だらけになって倒れている、様々な女の写真が散らばっていた。制服だったり、ナース服だったり、黒いマジックで、それぞれの名前がカタカナで書いてある。
「なんだよ、これ……。これやったの、俺じゃねえぞ……」
男がハザードランプを付ける余裕もなく、呟いた時。携帯電話が嫌に響いた。
「うわぁ!あ、なんだ、あいつか。びびらせんなよ」
男は軽く肩で息を落ちつかせて、通話ボタンを押した。
「おう、どうした?」
「ううん、愛する夫に、なんとなく電話しただけ」
「お、おう。俺も愛してるよ」
「ふふ、ありがとう。どうしたの?なんか息が切れてるけど?」
「あ、いや。あー、あのさ。ダッシュボードに何か入れたりした?」
「ダッシュボード?何が入ってたの?」
「あー、なんか気味の悪い写真なんだけど、さすがに、お前じゃないよな」
「他には何か入ってないの?」
「え?あー、なんか、写真の下に電卓あるな。こんな物入れてたっけ」
「ねえ?あなた、浮気してないわよね?」
急な問いかけに、男の肩が跳ね上がった。
「な、なんだよ急に。浮気なんかする訳ないだろ」
「ふーん。さっきの女、可愛い声だったわね。それね、盗聴器なのよ」
「……え?」
「浮気したら、どうなるか約束してたわよね?ふふ。帰ってくるの待ってるからね。愛してるわ、あなた」
怖い話28【震える車】1000字以内 雨間一晴 @AmemaHitoharu
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