第10話シー坊は帰らない。今日も明日も明後日も。


 初のダンジョン探索を終えた次の日。

 一年生パーティーでの探索を行えた俺達は、クラスでの立場が一変した。


 その日は朝から人が群がり、誰がどう戦ったのかを根掘り葉掘り聞かれ事となった。

 俺は、これで落ちこぼれのレッテルを張られる事も無く、パーティーも問題無く入れて貰える事となっただろう。実際に戦闘もこなせる事が分かったしな。


「あ~、シー坊、これでお前の役目は終わった訳だが……」


 俺は、この先のビジョンが見えていなかった。だが、毎日毎日考えて居た事、いつかシー坊を売っぱらってやろうと思っていた事を思い出したのだ。

 確かに情は沸いたが、これからも二人でやって行こうと言うのは問題もある。

 俺だって彼女欲しいし、シー坊を連れて居て「うわっ」とか周りから言われると辛いし、俺自身もやっぱり気になっちゃうし、暴走するといつも俺の評価を落とそうとするし……うん。ダメだな。

 そうなると、シー坊は奴隷なのだから売る他に無いと思う。

 だが、ここまで一緒に暮らして来て……と俺はもやもやした気持ちが続き、とうとうシー坊に話を振ったのだった。 


「そうですね。ランス様は今日を迎える為だけに私を購入したんでしたね」


「ああ」


「売りますか?」


 シー坊は一つも表情を変えない。こっちがこんなにもやもやしているのに。

 ああ、もう……こういう時、どうしたら良いかなんてわからない。

 そう思った俺は、いつもして居る様に素直に相手に聞くと言う選択をした。


「お前はどうして欲しい……いや、どうするのが良いと思う?」


「取り合えず、高く売れる様に痩せます。迷惑を掛けたお詫びに最後くらい利益を出そうと思います」


 ……俺は、この言葉を聞いてもやもやがイライラに変わった。

 余り認めたく無いが、自分の気持ちは分かった。どうしてこんな風にイライラしているのか。

 周りの目、醜い外見、厄介な性格それらと、こいつに沸いてしまった情を計りにかけてもやもやしていたんだ。

 そして、こいつが売って欲しいと言う答えを出した事で、その情が一方通行の様に感じた。

 と言う事は、シー坊の事を厄介さに釣り合う程に売りたくないと思っていると言う事だ。考えたくは無いが……


「売らないでとか言わないのか?」


 少し声を荒げそうになった。とっさに抑えたが、気が付いてしまっただろうか?


「言っても……いいんですか?」


 慣れたせいか、余り不快感を感じなくなった声、感情が揺れていると見えるその野太い声を聴き、少し平静を取り戻した。

 だが、その問いの答えに困った。俺はこの不細工な奴隷に、プライドが邪魔をしてちゃんと言う事が出来ない。


「良くねーよ。でも……言えよ」


「え?」


 シー坊は目を見開きながら、少し笑う様に口を歪めた。

 その嫌らしい笑み視界に収めた俺は、どうしても触れて欲しくない部分を周りに見られている気がして傍目を気にするかのようにとっさに口を開く。


「いや、何でもない。忘れろ」


「ど、どうしたら良いんですか!」


 小馬鹿にした笑みを浮かべながらも元気良く問うシー坊に、極度の苛立ちを覚えた俺は売るとも取れる言葉を彼女に告げる。


「と、取り合えず……痩せろ。うん。そうだな。価値も上がるし痩せて来い。当分帰って来なくていいから」


「……分かりました」


 そう言ってシー坊は分かりやすく気落ちして、教室を出て行った。

 見渡すと、アイラももうこの場に居ない。

 俺は、一人立ち上がり寮へ行き、誰も居ない部屋で感情を揺らす。


「いやいやいや、あれに一緒に居て欲しいなんて思ってんのか! そもそも、そう言う感情じゃないし」


 俺は一人、誰かに分かって欲しいこの気持ちを、だけど傍目を気にして言えない気持ちを一人口に出した。

 静寂が訪れ、平静が戻ると同時に「何やってんだ俺」と、呟いていた。

 ずっとこうしていても仕方が無いと言う気持ちになり、最近ずっと行っている訓練を始めた。

 そして、俺は先ほどシー坊に告げた言葉も忘れて、気を取り直したつもりになっていた。


 訓練に疲れて寮に戻り睡眠を取る。当然次の日になった。だが、シー坊が居ない。

 当たり前だ。シー坊に昨日、当分帰って来なくていいと言ったのだから。


「シー坊が見当たらないけど、どうかしたのか?」


 ブルーが次の日の夜に問う。

 俺は、何事も無かったかのように答える。


「ああ、買った目的は果たしたから、価値を上げる為に痩せて来いって言ったんだ」


「それは流石に……ランスはそれで良いのかい? あんな外見でも仲間でしょう?」


 ルシアンは苦い顔をした。あんなにシー坊を嫌がっていたのに。

 あいつの外見をそこまで気にしているのは俺だけなのか?


「仲間だけど、あいつが奴隷だと彼女も作れないし、問題だらけだ。だから売る……って言ったらどう思う」


 俺は、答えを誘導する様な質問をしていた。


「「最低だな」」


 その返答に安心する。ならば俺はシー坊を売らないのが当たり前なんじゃ無いかと思う。周りから最低と思われたく無いのだから。

 だが、そうする事で「女性関係が上手く行かない事が問題だよな?」と、前置きをして、震える膝を手で押さえながら口を開く。


「じゃ……仮に……仮に俺が、もう面倒だからあいつが彼女でいいやとか、血迷い出したらどうすんだ?」


 流石にこれは否定されるだろう。それは流石に……とか、考え直せ! あれだぞ? とか。そう言う答えが返ってくるだろう。

 そう思いつつ真剣に二人を見つめる。二人は少し首を傾げ、平然と答えた。


「良いんじゃ無いか?」


 ブルーからの思ってもみない言葉が返って来た事に目を見開きながら、もしかしてこんな事気にしているのは俺だけなのか? と、それなら悩む必要は無かったのにと気持ちを少しづつ受け入れ始めた。


「そうだね、彼女を僕たちへの武器として使わなければ」


 ルシアンの本気の心の声に、少し気持ちが和み、俺はシー坊を本気で受け入れる事を選ぼうかと考えてみる。

 だが、やはりプライドが邪魔をして、もう一度聞いて見ようとした。


「だってお前ら、ヌルヌルだぞ?」


「「ああ、俺ならマジで無理」」


 ……こいつら、どうやって言葉の打ち合わせしてるんだ? と、なんかもうどうでも良くなって来ていた俺は、そんな事を考えて居た。



 そして、シー坊が帰って来ないまま時間が流れていく。だからと言って、いつもの学校へ通うと言う日常が変わるわけでも無い。

 いつの間にか半年と言う時が過ぎていた。もう別の意味でどうでもよくなり始めていた。

 アイラと共に他のパーティーの補助として入り、そこそこダンジョンでも稼ぎを出しつつあり、とても平和と言える望んだ日々を過ごしていたから。

 寮のベットも元々寝ていた二段ベットの下の段に戻す為に、何度も洗濯をして最近は普通に使っている。

 あの洗濯しても取れないヌメヌメに苦笑いをしながら手洗いした事を思い出すと今でも少し思い出し笑いをする。人ってゼリー状になるまで油を出すんだな、と。

 今日もそんな事を考えながら思い出し笑いしていると。


「あ~、またシーちゃんの事考えてるでしょ? もう最近は何とも思って無いって言ってたのに」


 と、アイラが俺の笑いに気が付いて、隣に座る俺の肩を肩でつつく。


「まあな。でもあのインパクトはどうしてもなぁ。と言うか考えていたって悪い事じゃないだろ」


「えー、口説こうとしたんだからちゃんと責任とってよ。この調子でいけば、私も自由になれるんだから」


 そう、別にアイラと特別な関係になった訳では無い。だが、割と長い事二人でペアを組んでいるだけあって、気兼ねが無い関係にはなって居る。

 攻撃魔法を取ったアイラは、冒険仲間としても優秀になった。

 あの時のシー坊の発破が効いたのか、もうすでに牽制と言うより火力としての魔法を使えるようになっている。

 流石に難易度の低い魔法ではあるが、その魔法適正を教師も驚いていたほどだ。


「責任追及はせめて体を許してからにしてくれないか?」


 俺は、アイラにそんな事をいいつつ、授業が終わったので立ち上がる。


「ランス君は……ランスは私としたい?」


「俺は男だぞ。当たり前じゃ無いか」


「じゃあ、今日ランス君の部屋にこっそり泊まりに行くね」


「いや、4人部屋なんだが……」


「今日はあの二人帰って来ないでしょ」


 あの二人、ブルーとルシアンは一年でパーティーを立ち上げ、今日は実績作りの為にダンジョンにお泊りである。

 俺も参加しようかと問いかけたが、他からの参加があると実績が落ちると断られた。

 だから、俺とペアを組むアイラも知っている通り、二人が今日は居ない事を思い出した。


「わ、分かった。えっと、うん。待ってる」


 色々が事が頭を過り動揺したが、男としてここは引けない。いや、是非引きたくないと彼女の誘いを受け入れる事にした。


「待ってるって、今から一緒に行けばいいじゃない。あっ、買い物行ってからね」


 そうして俺とアイラは、町で食材を買い、寮の小さな台所で二人で並んで料理をする。と言っても、俺は出来ないので皮むきがせいぜいだが。


「よし、出来た! さあ、召し上がれ」


 そう言ったアイラに俺は手を伸ばす。


「ちょっとご飯だってば。何でこのタイミングなのよ!」


 アイラがそう言った瞬間、寮のドアがバーンと凄い音を響かせながら開いた。

 そこには見覚えの無い、髪が長く背の小さい可愛い少女が立っていた。

 その少女を見たアイラが呟く。


「シーちゃん?」


 いやいや、そんな訳が無い。人は小さくはなれないのだ。そう、横ならスマートになれても身長を縮める事は出来ない。

 あれ? でも考えてみると、あいつ背は小さかったっけ? もしかして、スマートになったから小さく見えるだけなのか?


 物凄く動揺した。もう、帰って来ないのだろう、と思い始めていたあのシー坊なのかも知れないと思って。


「……命令する。お前のベットに座れ」


 その可愛い少女は俺のベットに座った。

 これで確定した。この子は間違いなくシー坊だ。迷わず遠い方の俺のベットに座ったのだから。

 そして、少女は話始める。鈴の音の様な声を響かせて。


「ようやく、二百キロ減量する事が出来ました。さあ、売りやがれです」


 少女は、泣きそうな声を出して呟く様に告げる。

 俺は、戸惑いが薄れ始め、もうシー坊が帰って来たと思って良いんだと実感した。

 アイラは少しぶすっとして、黙って居る。


「おかえり。今更だが、売りたくない。命令だ。長時間俺から離れる事を禁じる」


 自分の気持ちをはっきりと告げ、ずっと言って置けば良かったと思った命令をした。


「と言う事は、私の前でその泥棒猫を抱くのですか? 今から?」


「…………」


 俺は、この時思い出した。今日はアイラと、そう言う事をする為にここに居るのだと。


「シーちゃんこそ一度も帰って来なかった癖に、泥棒猫は無いんじゃないかな?」


「黙れ! このくず! 何が私としたい? だ! このメス豚!」


 ああ、こいつはシー坊だ……あれ? 何かが可笑しい。


「ちょっと待て、シー坊。お前何で知ってるんだ……」


 俺は焦った。どうしてこのくだりを知っているのだと。


「良いでしょう。説明しましょう。今日! 私はとうとうランス様の言った二百キロの減量に成功したんですよ。これでやっと会えると学校に向かいました。流石に放課後になってしまいましたがまだ居るはずだ、と教室に行くと! 私に気が付かないあなた達が! 言った訳ですよ! 私としたい? 俺も男だぞ、だのと!」


 シー坊は、太っていた頃は見せなかった行動を一杯見せた。腕を軽やかに前に出して指を差したり、指でテーブルをトントンと叩いてみたり、苛立つように声を張り上げながら歩き回ってみたり。

 そんなシー坊を見て、普通は申し訳なく思うのだと分かって居ながらも嬉しくて笑みを浮かべながら彼女の仕草を目で追う。

 それはそのまま彼女を目で追いつつも、この半年自分の心と向き合って考えた事を、彼女達に向けて話始める。


「シー坊、アイラ、聞いてくれ。俺はシー坊の外見を見て、傍目が怖くて最初は人としてすら見て無かった。そして今、可愛くなったシー坊を見て、一番彼女が欲しいと思っている。酷い事をして来たと自分で分かった上で。そんな奴だ。アイラ、それでも俺と関係を作りたいと思うか?」


「もし作りたいって言ったら二人とも抱くの?」


「ああ、ここで違うと言っても、自分はそう言う事をする奴だと思う」


 そう、俺は醜い奴だと思う。だけど、この二人に嘘をつくのを止めようと思った。


「そっか。じゃあ、思わないかな」


 アイラはうつむいて、そう答えた。

 まあ、当たり前だよな。とても寂しい気持ちになりながらも、このまま止めてはイケないと、最後まで話を進める事にした。


「シー坊もやっぱりアイラと一緒か?」


「私は奴隷ですよ。命令すればいい」


「好きになったんだよ。だから、否定されたらまた、真剣に考える」


 俺は伝える。今まで言えなかった一言を。


「じゃあ、否定します。私の事を真剣に考えて下さい。沢山」


「ああ、考えるよ。もう手放す事はしないって決めたから、これからずっと一緒だからな。時間はたっぷりある」


「そんなに愛を囁いて、責任取れるんですか?」


「一生大事にする。それで良いか?」


 この言葉を言った時、アイラは立ち上がり出て行った。

 俺は、アイラを抱こうとしていた今日この日に、可愛くなって帰って来たシー坊を抱いた。

 そんな醜い自分を噛みしめ続けたこの一年を通して学んだ。

 心や外見が、醜くても絆を作る事は出来るのだと。

 だから俺は、歪ながらも彼女と共に生きて行こうと心に決めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺は女奴隷を買って自分の醜さと向き合う。 オレオ @oreo1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る