第9話シー坊が調子に乗って危ない目に遭う
そうしてネズミの魔物三体に対して俺、シー坊、アイラの三人パーティーは初戦を切り抜けたのだが、最初に継続させた支援魔法を一つ唱えて何もしていないアイラは、先ほどの事で自責の念があるのか申し訳なさそうにしている。
「シーちゃんごめん。私攻撃魔法は怖いから、戦う事が怖いからって逃げてた。帰ったら攻撃魔法取る為に頑張る。頑張るから……ごめんね」
アイラは、決意を露わにした目で、もう戦う事からは逃げないとシー坊に誓う。
対するシー坊は先ほどの事を気にしているのか「ハッ」っと鼻で笑い一蹴する。
先ほど大笑いしてしまったアイラは、シー坊に引け目があるのか何も言えずに目を伏せて、悲しそうにしている。
それを後ろから見せられていたので、どうしたものかと頭を悩ませたが、争いにもなって居ないのだし横から口を出す内容でも無いだろう。
そう思いつつ、見守る事にしようと思ったのだが。
「ランス様、この女はダンジョンに入るのに武器も持ってきてない様です。予備を貸して貰えませんか?」
「あ、ああ。剣だが、使えるか?」
「え? ごめん。持ったことも無いや」
「使えるか使えないかではありません。食われそうになった時の障害物すら持って無い事を知りなさい」
やっぱりダンジョンに入るとこいつは変わるな。確かに必要な物だ。鞘から抜いてさえあれば、前に突き出すだけでも上手く行けば殺せるわけだし。
斥候辺りは当然としても、回復系魔法使いや荷物持ちすら、ナイフの一本くらいは持ってるのが普通らしいしな。
「あっ、うん。シーちゃんありがとう。そっか、本当は二年生にこういう事を教えて貰うんだね」
「馬鹿ですか? 命を賭けるダンジョンに武器を持って行かないのは論外です。財布を忘れて買い物所ではありません。財産ゼロであれ下さいこれ下さいと言っているのと変わりません」
攻撃力を財産と置き換えた、のか? まあ何にせよ不味い事は分かる。
だが、これも初心者の洗礼と言う奴だろう。逆にこれ位のお説教で済んで良かったのだろう。
「シー坊」
「なんですか?」
「ありがとう。お前が居てくれて良かった」
「……唐突にそう言うの困ります。セクハラです」
……こいつにこういう事言われるとめっちゃ腹立つな。これだから雑に扱いたくなるんだ。
こういう時ブルーが居てくれたら相談して共感してもらうのに。
お前……シー坊に真顔でセクハラですって言われたらどうするって。
一応ダンジョン内なので、シー坊から見えない所で苛立ちを露わにしていると、アイラが振り返りこちらを見て居る事に気が付いた。
「ランス君、シーちゃんの事好きなんだね。私に気がある様な事言ってたのに」
と、アイラが言った。こいつは何を言っているのだろうか?
シー坊が外見全体を鬼にして言ってくれた的確なアドバイスに、真剣にお礼を言っただけなのだが、脳みそお花畑も大概にして欲しい。
「アイラ、良い事を言いました。気がある様な事を言ったのはリップサービスです。忘れなさい」
「忘れないけど、今はシーちゃんのが存在でかそうだよね」
「忘れなさい。そうですデカいのです。物凄く」
「待て、待てよ。何故そこに俺の意志が存在しないんだ? アイラの勘違いだからな?」
存在がデカイだって? 認めるよ! だけどな、それは恋愛感情が微塵も関わって無いんだよ!
なんか最近アイラも言う事がめちゃくちゃだし、計算高そうに見えて割と馬鹿っぽいし、信用ならなくなって来たな。
一応ちゃんと否定したし、公衆の面前じゃなくて良かったと思って置く事にするか。だがこれは一度アイラとお話する必要があるな。
いや、ここでしっかりと否定して置くか? なんか気分悪いから。
「じゃあ、特別に教えてやる。俺はデブ専じゃ無い。細くて優しくて小さくて可愛い子が好きだ」
よし、ここまで違えば勘違いする事は無いだろう。もう安心だ。と、後ろをチラチラ確認しながら、付いて行っていると。
「分かっていますランス様。そうなれと仰るのですね」
「ランス君もしかして、それって私の事?」
「お前ら逞しいな! 前見ろよ前!」
ああ、こんな事ならまだ魔物が一杯来た方がましだ。
そんな事を思っていたあの時の自分を叱ってやりたい。
「おいおいおいおい、どうすんだ? シー坊大丈夫か!?」
「私はお構いなく、手助けは出来ません。ですがどうしてもの時は呼んでください」
俺達はL字の通路の角に追い込まれてアイラが最奥に、その前に俺が、その前にシー坊がと言う陣形で、16匹のネズミに囲まれていた。
発端は数分前の事だ。アイラの勘違いで機嫌を良くしたシー坊は「そんなに私の実力に惚れたなら、良いでしょう、お見せします」と言って徐に武器を振り上げ、飛び上がり上段からの振り下ろしを魔力の補助を使い物凄い速さで行った。
当然シー坊の巨体でそんな事をすれば、凄い破壊力になり衝撃と共に轟音がして、地が揺れる。そして動物とは違って恐れを知らない魔物は、怒って集まって来たのである。
「アイラ、強化の出力上げなさい」
「帰りまで持たなくなるけど、どのくらい?」
「10分持てばいいです。出来ないと貴方は死にますよ」
「わ、分かった。時間はアバウトだからね?」
そんなやり取りをして、俺達は接敵した。シー坊が足音で数のヤバさに気が付き、この角まで引き返せたのは僥倖だっただろう。
多方向からの攻撃をかわしながらアイラを守る事は、どう上手く転がってもこの数が相手だと今の俺の実力じゃ不可能だ。
そして、シー坊が最初の一撃を喰らわす。一撃で三匹吹き飛ばすが、その間に5匹抜けてこっちに向かってくる。
それを見た俺は、こんなの無理だと泣きそうになる。もう一度同じ事が起これば、10匹が抜けてくることになるからだ。
だが、その心配は杞憂に終わった様だ。ネズミ達の大半は、シー坊を敵と認識している。そのすべてがシー坊に向かって走っている。
一方俺の方ももうシー坊をチラ見する余裕すらない。それどころか、まともな剣技を使う事すら難しい状況である。
乱暴に剣を振り回し、威嚇しながら飛び掛かるネズミを払い落とす様に切りつけるが、そんな攻撃が深く入る事は無い。
どうしても楽に深く決まる突きを入れたくなってくるが、この状況で引き抜くのに手間取ったら終わる。だがその時、もう一つ剣がある事を思い出した。
「アイラ! 渡した剣の鞘を持って俺が剣を引き抜きやすい様に準備して置いてくれ」
「分かった」
そして、俺のすぐ斜め後ろに剣が差し出された瞬間突きを使い始める。
突きを行う事で剣を取られる事を心配したが、アイラの強化のおかげか、高速で刺し引きする事で引き抜く事が可能だった。
後は、突きを外さない事、複数時は払い落としを弾き飛ばす強さで行う事、それだけに神経を集中してネズミの攻撃を待つ。
こちらは、後ろにアイラが控えている為、後の先しか出来ないが、今の俺には丁度いいのかも知れない。止まったまま二パターンだけをこなすだけで良い状況が。
一匹、二匹、と突き殺す事を成功させて、後は同じことをこなすだけだと、少し安心して三匹目も胸のあたりから突き抜ける位に突き刺し引き抜いた。
だが、その魔物は何故か、その後も動き、俺の足にかみついた。
「ぐあああぁぁぁぁ、いってぇな、ちくしょぉ!」
そう叫びつつも、ネズミを切り払い、踏ん張りつつ、もう一度叫ぶ。
「大丈夫だ。後二匹だけだ上手くやる。そっちは平気か?」
「こっちも大丈夫です。もう終わりました」
と、声が聞こえて安心してネズミを見据えていると、視界にシー坊が入った。そして、二匹のネズミはまるでゴキブリでも潰すかのようにガンガンと二度音をたてて静かになった。
「シー坊、助かった。大丈夫か?」
そう言ってシー坊をマジマジと見ると、足元から結構な血を流していた。俺は、即座にアイリに回復ポーションを出させてシー坊に突き出す。
だが、シー坊は受け取らない。
「おい、早く飲め。次が来たらどうすんだよ。今度はアイラの支援も無いんだぞ。あ、アイラ、支援切ったか?」
ポーションを受け取らないシー坊に、無理やり手渡して、アイラに魔力の消費を抑える様に伝える。
「え? あっ、今切った」
「このポジションで2時間は休憩を取って置こう。魔力消費時の対応事項に在っただろう」
状況が許す限り、少しでも有利な状況を作り出し、その場にとどまる事。その教えを守ろうと指示を出した。
時間の方は適当だ。アイラに再度聞けば良いだけなのだから。
「うん。けど、緊急時って、足はガクガクするし頭は回らないし、どうしていいか分かんないんだね……」
そう言ったアイラの声は少し震えている。膝も笑っている様だ。
「だな、俺も流石に情けないけど足が震えてる」
まあ、がっつり噛まれたりしたし仕方ないよな。けど、守り切れたし気持ち的には悪くない。
「ううん、凄かったよ。ありがとう。守ってくれて」
俺もポーションを飲んでいると、アイラにそう言われて顔を横に振る。
「それがお互いの役割だ。お礼を言う必要は無い」
そう、これは授業でもやっていたお互いの役割と言う奴なのだ。役割をこなして恩を売る冒険者はすぐに相手にされなくなる。
相手に貸しが出来たと思ったら、その行いが自分の役割に関わっていないかを確認しろなんて馬鹿げてる、と思っていたが、こんな風に毎回お礼を言われたら助けてやったんだと思ってしまいそうだ。
そんな風に考えながらシー坊に視線を向けると、まだ硬直したままで飲んでいなかった。
「シー坊、命令だ。さっき渡したポーションを飲め」
そう言うと、シー坊は震えながらもポーションを飲んだ。そして、息と鼻が詰まっている掠れた声で苦しそうに声を漏らす。
「私はぁ、また自分の考えの無い行動で大切なものを殺そうとしました……」
「今回はその被害を受けた俺が許す。今後は気を付けろ」
お前には帰りも働いて貰わなければならないしな。そう思ってシー坊に告げる。
「もう……ダメです。パーティー、家族、大事な人。もう三度目です」
「そうか、知らなかったが、大事な人もか」
家族だけじゃ無く、大事な人まで失って居れば、もうダメだと思うよな。
普通なら何んとも無い様な事も不運なのか大問題になる。切なすぎるな。
大事な人の事は知らないが。今回のは体重が重すぎた。それだけだろう。
家族の事だって、何も知らずに魔力を込めて願ったのだろう。何かを。
この醜くボロボロに泣く化け物のような存在を見て、汚く泣くなぁと思いつつも、これ以上傷ついて欲しくない。そう思った。
「ランス君? わざとだよね?」
「ん? 何の事を言って居る」
そう、アイラに問うが、答えは返って来ない。
代わりにシー坊の声が返って来た。
「ご主人様。私を命令でガチガチに縛り付けて下さい。もう自由何て無くなるくらいに」
「ヤダよ、重たいな。色々と。じゃあ、命令だ。今回の事は許す、受け入れろ」
俺はこの状態で優しくするのも違うと思い、無理やりに受け入れる様に命令した。
「優しいんだね」
アイラが俺にそう言った。
「「優しくない!」」
俺とシー坊は、驚いた表情をして顔を見合わせた。
お互いに何故お前が言う、と言う顔で。
それからいつまでも泣き続けたシー坊は、泣きやみ体力の回復をさせ終わる頃には、三時間と言う時を要した。
もちろんそれから引き返し、一度の戦闘を安定して終了させて、全員無事に帰宅する事となった。
本来はもう少し戦闘をこなすそうなのだが、一年生パーティーなら上々だろうと言う事だった。
そうして、稼ぎ的には余り上手く行かなかった、初のダンジョン探索が終了した。
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