第8話シー坊とダンジョンに行く


 あれから二カ月、漸く準備が整った。

 シー坊がダイエットをする中、ただ訓練に明け暮れるしか無かった。物凄く長かった気がする。だが、それももう終わりだ。これからは実戦の毎日だ。

 回復系ポーション、非常食、予備の武器、少々の雑貨、最低限の物だけはちゃんと持った。

 学校への申請も終わってる。後は、三人でダンジョンに挑むだけだ。


 俺はシー坊と共に寮を出て、校門の所でアイラと合流した。


「とうとうこの日が来たな。アイラ、シー坊、行くぞ」


 俺は、景気付けの様に、二人に声を掛けた。


「うん、頑張ろうね」


「どうして私が後なのですか? この泥棒猫より……」


 ……アイラは何も盗んで無いぞ? 仮に俺がアイラと恋仲になって居たとしてもだ。

 まあそんな事は無いのだが、流石に気に入らないな。このアイラを見下した態度は。


「お前さ、やっと人間っぽくなって俺も少し評価を改めてるのに、なんでそんなに自重しないの? 奴隷だよな? いい加減見切り付けるよ?」


 俺は、アイラを見下しながら言うシー坊に、割と本気で警告をした。


「評価……改めてくれたんですか? 惚れましたか?」


 シー坊は本当に頑張った。やっと太り過ぎな人間と言える位になって来た。

 声もわずかだが、変化している。喉の奥から響くような重低音が無くなった。

 だが、それとこれとは話が別だ。頑張ったからって好き勝手していい訳じゃ無い。


「後、二百キロ痩せてから言えよ。」


 俺は、どうやっても無理な様に切り返した。流石にもう二百キロもあるまい。

 そして、この後俺は言うのだ。なら諦めるんだなと。


「それだとかなり時間が掛かってしまいます。もう少し負けて下さい」


「は? お前、まだそんなにあるの?」


 ……俺は、あっけに取られて怒っていたのだが、普通に会話してしまった。

 一度普通に話すといきなり怒っている風には切り替えづらい。

 仕方が無いので今回はと、もうダンジョンに向かう事にした。


 ダンジョンは、町や村の近くには大抵ある。

 授業でやったが、逆だと言っていたな。

 ダンジョンに通う奴等が居るからそこに住みかが出来るんだと。


 そんな事を考えつつ俺達は、割と近場に在るダンジョンに到着した。


「さて、ここからはシー坊が先頭だな。俺が後ろで中央がアイラ。」


 俺は二人に決めていた隊列を改めて指示して、歩きだす。


「正直三人で隊列はいりませんけどね。誰がどの方向を担当するかを決めて置けば」


 シー坊がそんな事を言ってくる。


「いや、だから、担当できない奴を守る為に、中央に持ってくるんだろ?」


 いきなり襲われた時に戦えない奴と当たったら不味いだろう? と思って聞いて見た。


「そうですが、フィールドならまだしもダンジョンなら魔物が来る方向は決まっています。大抵は通路ですから前か後ろかです。先に発見出来ない方が愚かなのです。」


 あ~、なるほど。わざわざ隊列を維持し続けなくても見てりゃ分かるって奴か。

 そして、それが出来ないのは論外だと。


「そうなんだ。じゃあ私も見張らなきゃね。どっち見たらいい?」


 アイラは、やる事が出来たのが嬉しいのか、俺とシー坊に挟まれつつ弾んだ声を上げた。


「結局回復魔法を覚えられなかったアイラは、指でも銜えてなさい」


「シーちゃん酷いよ。そんなに掛かるって知らなかったんだから」


 そう、アイラは当然、回復魔法を覚える事は出来なかった。当たり前である。


「まあ、せっかく決めたんだし、ある程度つかめるまではこれで良いだろ?」


 マイナスにはならないのだからと、シー坊に聞く。


「問題ありません。ここからは、ダンジョンですのでお遊びは無しです。そのつもりで居て下さい」


 おお、マジかよ。少し不安が消えた。


「分かってる。元々お前しかふざけない。だからこの調子で頼む」


 そうして、俺達は打ち合わせを終えて、ダンジョン内へと入って行った。



 ほう、これがダンジョン内部か。俺達は一列になり歩いて行く。


「淡く壁が光ってるな。これは何処でもずっとこうなのか?」


「ええ、もちろんです。そうでなければ点灯用魔道具が必須でしょう」


 確かにそうだ。だが、聞いては居たがこれは綺麗だな。薄い青で光り方が所々違う。


「うわぁ……圧倒されちゃうね。」


「これは分岐が出来るまで、後ろは見て無くて良いんだよな?」


「大丈夫ですが癖をつけた方が良いです。慣れれば、音と空気の感じでたまに見るくらいでも平気ですが。まあ、失敗しても自分が死ぬだけなので安心して下さい」


 おお、なんか本当に普通な感じで固定された。

 これはこれで、普段からやらない事に少し腹が立つが、良い感じだ。

 そんな事を考えつつも、そう言われると怖いのでこまめに後ろの確認をし続けていると、俺が言葉を発しなくなったからか静かになる。

 コツコツと通路に自分たちの足音だけが響く。


「前方で戦闘してますね。速度を上げて追い越しましょう。階層を変えないので分岐が先に在れば逸れますが」


 そう言ってシー坊は歩く速度を上げる。

 物凄くて慣れてる感じだ。これは本当に安全に探索できるのではと安心した。

 そして、シー坊が言っていた様に、武器を収めようとしている戦っていたであろう者達と遭遇した。

 シー坊は距離を取り、声を掛ける。


「どちらでも構いません」


「俺達は下る、左だ」


 と、言葉を一言だけかわし合い、すれ違う。

 なんだよこれ、カッケーな。とか思っているとシー坊の声が通路に響く。


「階層を変えない場合今の様に。行き先が被る場合、大抵は一戦ごとに追い越し合います。最初にすれ違う際は声を掛け合うのがマナーです」


「確かに、稼ぎに来てるんだもんな。マナーは守らないと弾かれちまうな。」


「それは怖いねぇ。気を付けなくちゃ」


「それは怖いねぇじゃないです。物理的に弾かれる事もありますよ」


 俺はまたかと思ったが、確かに今のアイラの声は気が抜けてた。

 本当に殺される事もあるのなら、そのくらい強く言う必要もあるだろう。


「そうする奴がいるって事は、無法地帯と考えるべきだよな」


 ガチだとは思って無かったが、物語風の本で読んだことがある。

 ダンジョンの中で会った冒険者だと思っていた男は実は盗賊だった的な。


「昔は良くあったそうですよ。今もあると考えておいた方が良いです。近い事は経験あります」


「近い事って……なんだ?」


 恐る恐る、どこまでの事があったんだ。とシー坊に尋ねる。

 俺は、後ろに居るおかげでシー坊の表情が確認出来ない。だから余計に気にかかる。


「有り体に言うとですね。犯させろですかね。」


 ……ああ、そうかシー坊もパーティーくらい入ってるよな。


「なるほど。当時の仲間が言われたのだな?」


 そう言われる程に綺麗だったのか、がちょっと気になるな。


「……私に言って来ました」


 ハイハイ、言って見たかったんだろ?

 可哀そうだから自然に流してやる。だから早く続きを話せ。


「見栄はいい。それからどうなった。」


「…………私が、言われました」


 まだ続けるのか。


「良いから続きを話せ。気になるだろ」


「……ここまでは黙って譲歩してやる。頭に来たので武器を向けたら襲い掛かって来ました」


 はっ? 何で俺が譲って貰った見たくなってるの? お前が調子に乗ってたんだろ?

 いや、こいつも生まれた時からデブだった訳じゃ無いか。

 そう言えばいつからこうなったのか。すら知らないな。

 いつか聞いて見るか。だが今は。


「それで、どうなったんだ?」


「今私がここに居ます。ぶち殺したに決まって居るでしょう」


 あれ? それだけ? いや、それだけって事も無いんだけど、話が簡潔過ぎる。


「え? 人を、殺したの?」


 恐る恐る聞いていたアイラが目を見開いて尋ねる。


「ええ、手の数じゃ足りない。アイラも気を付けた方がいい。私は家族をも殺した」


 シー坊はアイラに脅しをかける様に、振り向いて冷たい視線を向ける。

 だが、脂肪の多い顔は表情が読みにくいのかアイラは顔より話について考えて居る。


「おい、シー坊。魔力で正気を失った時を入れるな。大丈夫だ。俺は信じてる」


「ランスがそう言ってくれる度に、私は自分を取り戻せて行く気がする」


 そう言ってシー坊は細い目つきをさらに細め、前に向き直った。

 ずっと近くにいる俺には、今のシー坊の気持ちが何となくだが分かる。

 さっき人を殺したの? と言われたシー坊はかなり本気で沈んでいた。

 シー坊にとって人に関する殺しネタはタブーになってるんだな。


「はぁ、こういう話は気になるのに掘り出した後に後悔するんだよな」


「あ~、そうだね。分かる気がする。シーちゃん私も信じてるからねっ」


「何の足しにもなりませんね」


 アイラには悪いが、事情を知らないで言っている以上、確かに何の足しにもならないだろう。ああ、掘り出さなきゃ良かった。

 そんな後悔をしている時の事だった。シー坊が腰の金具に引っ掛けていた武器を両手で持ち、構えた。


「来ます。多分三匹」


 シー坊は前を向いたままこちらに告げる。


「俺も前に出るか?」


 俺は問う。何故ならシー坊もダンジョン毎に魔物が変わるから何とも。と言っていた。足の速い魔物だと、アイラを直接守った方が良いらしい。

 遅いのなら二人とも前でブロックすると。俺が問いかけたのはシー坊が前に出たからだ。と言う事は遅いのか? と思ったのだ。


「アイラを守るか前に出るかは任せます。アイラ後ろの警戒怠らない様に」


 状況を見ろと? ならば、接敵まではアイラとだな。

 遅そうならシー坊の援護に付けばいいだろう。


「うん。任せて」


 俺はアイラの隣に立って剣を抜いた。前方に視線を向け、緊張が走る。

 だが、俺の視界の先には、今日は妙に頼りになる大きな背中がある。

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、敵を見据える。


「面倒ですね。アイラのお守りを頼みます。数は四匹」


 何? 面倒とはどういう事だ? 

 俺はシー坊の言葉に不安を駆られながらも、元より居た場所で剣を構えて待つ。


「分かった。きついのか?」


 戦闘中は出来るだけ私語は慎むものだが、気になって仕方が無かった。

 何故、面倒だと言ったのか、その意味を知りたくて俺は問いかける。

 そうして、やっと見えた。50センチを超えるネズミが四匹。

 まあこれならば、と思ったのだが、シー坊が問いに答える。


「速く小さい。弱者が最も狙われやすい敵って意味でっすっ!!」


 シー坊は答えながら横からの地面擦れ擦れの綺麗なスイングを、腰を落とし数歩分を一息に移動しながらやってのけた。

 シー坊が移動した周りに居たネズミ二匹が壁に当りバウンドして地面に落ちた。

 俺はすげぇと目を取られていたが、シー坊の「ちっ」と言う舌打ちで我に返る。


「ランス、二匹です。すみません」


 シー坊はこちらに戻りながらも、俺に謝罪する。


「任せろ。これなら大丈夫だ。最悪でも死なないだろ」


 そう言いつつも、剣先を苦手な下段に構え一歩前に出ながら剣を地面ギリギリで振り上げた。今回は切る事より当てる事を意識したからだ。

 浅く当たったネズミは軽く転がりつつもすぐに身を起こして身構える。一瞬だが、足は止まった。

 確実に当てて一匹はシー坊に任せる。それがベターだと自然と感じた。

 まあ、シー坊が瞬殺を見せてくれたからだが。

 そして、もう間合いに入って来ているもう一方のネズミには振り上げた上段からの打ち下ろしで本気で力を込めた。

 綺麗に真っ二つに割れたネズミは即座に魔石へと変わる。

 最後の一匹はシー坊にお願いするつもりだったが、明らかにネズミの態勢の立て直しのが早く、再度こちらに向かって来ていた。

 おそらく上段の振り下ろしの時に飛び出したのだろう。


「くそっ、早えんだよっ!」


 俺はそう言いながら、再度当てる事を優先して膝を付きながら、力が入らない態勢で横に一閃して迎え撃つ。

 今度は割と深く入り、体半分近くまで刃が入った所で魔石と変わった。

 そして、授業で習った通り、終わったに辺りを見回してから話し始めた。


「ランス様、ちょっとカッコ良かったです」


 シー坊は息が荒く、鉄の鈍器を横に構えていた。

 その姿はさながら鬼の様だなどと考えつつも、先ほどの二匹を一瞬で吹き飛ばした姿を思い出し、カッコいいのはそっちだろうと考える。

 だが、同時にその鬼の様な存在からカッコいいと褒められた事を嬉しくも思う。


「物凄くカッコ良かったよ。ビックリした」


 うん。ありがとう。やっぱり女の子からの誉め言葉もいいね。

 ん? シー坊が今ちょっとハッとした顔をしなかったか?


「黙りなさい小娘。次は倒せなかったふりして倍の数逃しますよ」


 こいつは、もう最初に言った事を忘れたのか? 気持ち悪いからカッコいいにランクアップしそうだったものを……


「おーい、シー坊今日は真面目に行くんだろ。まあ、お前にダメだしされなくて良かったよ」


 俺は、変な空気を喚起するかのようになるべく自然に振る舞い、今更ながら剣を収めた。


「上出来です。初戦と言う事を加味すれば大満足です」


 シー坊も表情が戻って一つ頷き、誉め言葉を言うと前方に振り返り、再度進行を始めた。


「シー坊が居たからな。あの強さを見せて貰って無かったら、焦りが出てたかも」


 それに倣い、俺達はまた一列になり歩き出しながらも、シー坊にさっきの戦いの本音を漏らす。

 シー坊は少し落ち着かない様に、空いた方の手を握ったり閉じたりしている。そうして居るうちに武器を持ったままな事に気が付いた様だ。

 武器を腰の金具に引っ掛けようとして、場所が分からずに何度もカシャカシャやっている。脂肪に埋まって引っかからないのだ。

 

「ぷくっ……」「しっ……」


 俺が笑いそうになったのをアイラが止める。だが、分かっているぞアイラ、肩が震えている。止めた理由はこれ以上は我慢できないからだろう。

 よし、確かめてやろうと俺は後ろを確認しつつもシー坊の隣に行く。


「ほーら、シー坊。ここに埋まっているぞぉ。ほらっ! もう大丈夫だ」


 俺はシー坊の手を取り、肉に埋まった金具を引っ張り出して引っ掛けた。

 そして、やはりその姿を見たアイラは我慢の限界を超えた様だ。


「ちょ……まっ……ごめ、そんなつもりゃははは、ごめ、もうダメあははははは」


 アイラは両膝と片手を地に付け、お腹を片手で押さえて笑い出した。

 シー坊が振り返り、アイラに向かって歩き出す。だか、俺はシー坊の肩辺りの肉を掴み制止した。


「まあ、待て。アイラも悪気は無いんだ。こいつは俺達程、笑い耐性が無い。そう怒ってやるな」


「覚えていますかランス。奴隷って割と気分次第で色々出来るんです。私の我慢は今二度目です。後ちょっとの事で弾けるでしょうが、二度我慢した私を誇って下さいね」


 シー坊はそう言って再び向き直った。笑いが収まって来たアイラは罪悪感に苛まれている様だ。俺は同士が増えた様で安心した。

 だが、先ほどのシー坊の発言が気にかかる。確かに珍しく報復ゼロで我慢した。

 今回はしっかりやってくれているし。これは少しは労ってやらねばならないか?

 今後の俺の安全の為にも。


「そうだな。今回お前は本当に役に立ってくれている。最後までしっかり我慢して役に立てたら褒美を上げようかと思う。高い物は無理だが。まあ、考えて置け」


「プ、プレゼントですか? 武器とかじゃ無くてガチの? もっと早く言って下さい。我慢します絶対に。ちゃんとプレゼント貰ってから爆発させますから」


「シーちゃん。私が言うのもあれだけど。爆発させたらダメだよ?」


「……今私はお前と話す事を我慢しています。それ以外にありません」


 俺はこのやり取りでシー坊を責める事は出来ず「さてっ」と言って意識を集め、後ろに戻りつつ探索を再開する事を示した。

 俺達のダンジョン探索はまだ終わらないのだ。

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